古里で子どもを産む「里帰り出産」の件数が福島県で少しずつだが増加し、回復傾向にあることが、県産婦人科医会の調査で分かった。
原発事故の影響が心配で、県内での出産に不安を感じる女性もいるだろうが、同医会は里帰り出産の回復傾向について「母親の放射線への不安が軽減してきたことが一因ではないか」とみている。
調査によると、里帰り出産は2010(平成22)年度は月平均で186件あったが、原発事故後の11年度は88件に激減した。12年度も低い件数で推移したが、11年10月~12年3月の6カ月間の平均が71件だったのに対し、12年4月~9月の平均は80件で、徐々に持ち直している傾向が表れている。
出産を迎える女性にとって、自分を産み、育ててくれた母親がそばにいてくれることはとても心強いことに違いない。
大阪から戻り、福島市で初産した女性は、多少の不安を抱えながらも「母がそばにいてくれて本当に良かった」と話している。親元で出産前後に助けを受けられる里帰り出産は、不安を大きく和らげてくれるのだろう。古里を愛する気持ちの表れとも受け止めたい。
里帰り出産だから、県外に戻る母親がほとんどのはずだ。子どもには将来、自分が生まれた古里がどんな所で、過去にどんな災害が起こり、今はどういう状況にあるのかを教えてあげてほしい。そして、古里を思う気持ちを大切にしながら、親子そろってまた里帰りしてくれるよう願いたい。
里帰り以外の県内での出産全体も徐々に回復しつつある。一方で、産婦人科医が不在となり、古里で子どもを産みたくても産むことができない地域も出ている。医師不足はかねて深刻な問題だが、特に産科医療はとても改善しているとはいえない状況だ。医師の確保を急がなければならない。
本県からは、今も5万5000人以上の県民が県外に避難し、推計人口は今年4月1日現在で38年ぶりに195万人を割った。人口の減少率は依然として全国最大だが、それでもマイナス幅は縮小している。
県内での出産件数の激減、県外への人口の流出など、原発事故による被害や影響が改善傾向にあることが調査結果に表れ始めている。わずかでも、明るい兆しが見えてきたといえるだろう。
里帰り出産の増加は、母親が居住地に戻ってから、本県の現状をその地域の住民に知ってもらう機会が増えることにもつながる。
県をはじめ市町村、関係機関には、原発事故の影響の正しい情報を発信しながら、県内で安心して子どもを産むことができる環境の一層の充実に力を入れてもらいたい。
2013年5月3日 福島民友新聞社説
原発事故の影響が心配で、県内での出産に不安を感じる女性もいるだろうが、同医会は里帰り出産の回復傾向について「母親の放射線への不安が軽減してきたことが一因ではないか」とみている。
調査によると、里帰り出産は2010(平成22)年度は月平均で186件あったが、原発事故後の11年度は88件に激減した。12年度も低い件数で推移したが、11年10月~12年3月の6カ月間の平均が71件だったのに対し、12年4月~9月の平均は80件で、徐々に持ち直している傾向が表れている。
出産を迎える女性にとって、自分を産み、育ててくれた母親がそばにいてくれることはとても心強いことに違いない。
大阪から戻り、福島市で初産した女性は、多少の不安を抱えながらも「母がそばにいてくれて本当に良かった」と話している。親元で出産前後に助けを受けられる里帰り出産は、不安を大きく和らげてくれるのだろう。古里を愛する気持ちの表れとも受け止めたい。
里帰り出産だから、県外に戻る母親がほとんどのはずだ。子どもには将来、自分が生まれた古里がどんな所で、過去にどんな災害が起こり、今はどういう状況にあるのかを教えてあげてほしい。そして、古里を思う気持ちを大切にしながら、親子そろってまた里帰りしてくれるよう願いたい。
里帰り以外の県内での出産全体も徐々に回復しつつある。一方で、産婦人科医が不在となり、古里で子どもを産みたくても産むことができない地域も出ている。医師不足はかねて深刻な問題だが、特に産科医療はとても改善しているとはいえない状況だ。医師の確保を急がなければならない。
本県からは、今も5万5000人以上の県民が県外に避難し、推計人口は今年4月1日現在で38年ぶりに195万人を割った。人口の減少率は依然として全国最大だが、それでもマイナス幅は縮小している。
県内での出産件数の激減、県外への人口の流出など、原発事故による被害や影響が改善傾向にあることが調査結果に表れ始めている。わずかでも、明るい兆しが見えてきたといえるだろう。
里帰り出産の増加は、母親が居住地に戻ってから、本県の現状をその地域の住民に知ってもらう機会が増えることにもつながる。
県をはじめ市町村、関係機関には、原発事故の影響の正しい情報を発信しながら、県内で安心して子どもを産むことができる環境の一層の充実に力を入れてもらいたい。
2013年5月3日 福島民友新聞社説