第三部 未知への挑戦(1) 安全のカルテ 地域再生へ作付け再開
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/95/cc4e7e8c451e96b3b8634787784bab87.jpg)
東京電力福島第一原発事故に伴う特定避難勧奨地点が解除された福島県伊達市霊山町の小国地区(旧小国村)。山あいの集落を流れる清流・上小国川沿いに大小の田んぼが広がる。
「農業が廃れれば、小国地区全体が廃れる。安全でおいしいコメをもう一度作りたい」
上小国で4代続く農家、佐藤久男(62)は11、12の両日、5枚の水田計50アールにコシヒカリを植えた。昨年は水田約10アールで試験栽培しただけで、本格的な作付けは2年ぶりだ。「コメを作って食べるという当たり前のことができる」。格別な思いで田植え機のハンドルを握った。
だが、豊かな水をたたえたかつての田園風景は戻らない。周囲には草に覆われた田んぼがいくつもある。小国地区で今春の作付けを市に希望した農家は51戸で、平成23年の約4分の1にとどまる。「安全なコメを作ることができれば、『俺も、俺も』と続く人が出てくるのではないか」。久男は地域の農業が再生する日を見据えた。
■ ■
旧小国村を含む伊達市の旧6町村は、24年の試験栽培で基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回った。国は出荷前の全袋検査や放射性セシウムの吸収抑制対策などを条件に25年産の作付けを認めた。
一方、作付け制限などに伴う東電の賠償は10アール当たり5万7000円。休耕地の除草や耕運などのため行政から助成される制限区域保全管理費もある。両方もらえば作付けしない方が得だという農家も少なくない。
明治31年に創設された上小国信用組合は日本の農業協同組合の先駆けとされる。「先祖から受け継いだ土地、農業を後世に残したい」。久男は損得勘定なしで作付けを決めた。
24年の試験栽培で久男の水田で収穫されたコメは検出限界値未満だった。しかし、25年産もそうとは限らない。久男の脳裏には原発事故後に作付けした23年産米をめぐる苦い記憶がよみがえる。
■ ■
23年11月28日。小国地区で収穫されたコメから1キロ当たり580ベクレルと780ベクレルの放射性セシウムが検出されたと県が発表した。当時の暫定基準値(同500ベクレル)を超えていた。知事の佐藤雄平(65)が県産米の「安全宣言」を出してから1カ月半後のことだった。
県産米への消費者の信頼は大きく揺らいだ。久男の23年産米は1キロ当たり最大18ベクレルだったが、旧小国村が出荷停止となった。買取先の業者がコメを廃棄処分にした。「あのむなしさは忘れられない」
失った信頼を回復するためには、基準値超えの原因を解明し、科学的な根拠に基づいた対策が不可欠だった。久男は24年の作付けが制限されることを見込み、放射性セシウムの吸収を低減させる資材を使わないで試験栽培すべき-と小国地区の住民組織「放射能からきれいな小国を取り戻す会」に提案し、会員の多くの賛同を得た。
何も手を打たないでイネのセシウム吸収はどれだけ低下していくのか-。資材を使った場合と比較できるデータを集め、「水田のカルテ(診療録)」を作りたかった。市は農家の意向を酌んで、小国地区独自の試験栽培を認めた。24年4月のことだった。
◇ ◇
東京電力福島第一原発事故は、県内の農林水産業に大きな打撃を与えた。事故から2年がたち、放射性物質が農作物に与える影響など科学的な研究が進んでいる。農林業の再生と漁業の再開、風評払拭(ふっしょく)に向けた取り組みを追う。
(文中敬称略)
2013/05/13 11:26 福島民報
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東京電力福島第一原発事故に伴う特定避難勧奨地点が解除された福島県伊達市霊山町の小国地区(旧小国村)。山あいの集落を流れる清流・上小国川沿いに大小の田んぼが広がる。
「農業が廃れれば、小国地区全体が廃れる。安全でおいしいコメをもう一度作りたい」
上小国で4代続く農家、佐藤久男(62)は11、12の両日、5枚の水田計50アールにコシヒカリを植えた。昨年は水田約10アールで試験栽培しただけで、本格的な作付けは2年ぶりだ。「コメを作って食べるという当たり前のことができる」。格別な思いで田植え機のハンドルを握った。
だが、豊かな水をたたえたかつての田園風景は戻らない。周囲には草に覆われた田んぼがいくつもある。小国地区で今春の作付けを市に希望した農家は51戸で、平成23年の約4分の1にとどまる。「安全なコメを作ることができれば、『俺も、俺も』と続く人が出てくるのではないか」。久男は地域の農業が再生する日を見据えた。
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旧小国村を含む伊達市の旧6町村は、24年の試験栽培で基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回った。国は出荷前の全袋検査や放射性セシウムの吸収抑制対策などを条件に25年産の作付けを認めた。
一方、作付け制限などに伴う東電の賠償は10アール当たり5万7000円。休耕地の除草や耕運などのため行政から助成される制限区域保全管理費もある。両方もらえば作付けしない方が得だという農家も少なくない。
明治31年に創設された上小国信用組合は日本の農業協同組合の先駆けとされる。「先祖から受け継いだ土地、農業を後世に残したい」。久男は損得勘定なしで作付けを決めた。
24年の試験栽培で久男の水田で収穫されたコメは検出限界値未満だった。しかし、25年産もそうとは限らない。久男の脳裏には原発事故後に作付けした23年産米をめぐる苦い記憶がよみがえる。
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23年11月28日。小国地区で収穫されたコメから1キロ当たり580ベクレルと780ベクレルの放射性セシウムが検出されたと県が発表した。当時の暫定基準値(同500ベクレル)を超えていた。知事の佐藤雄平(65)が県産米の「安全宣言」を出してから1カ月半後のことだった。
県産米への消費者の信頼は大きく揺らいだ。久男の23年産米は1キロ当たり最大18ベクレルだったが、旧小国村が出荷停止となった。買取先の業者がコメを廃棄処分にした。「あのむなしさは忘れられない」
失った信頼を回復するためには、基準値超えの原因を解明し、科学的な根拠に基づいた対策が不可欠だった。久男は24年の作付けが制限されることを見込み、放射性セシウムの吸収を低減させる資材を使わないで試験栽培すべき-と小国地区の住民組織「放射能からきれいな小国を取り戻す会」に提案し、会員の多くの賛同を得た。
何も手を打たないでイネのセシウム吸収はどれだけ低下していくのか-。資材を使った場合と比較できるデータを集め、「水田のカルテ(診療録)」を作りたかった。市は農家の意向を酌んで、小国地区独自の試験栽培を認めた。24年4月のことだった。
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東京電力福島第一原発事故は、県内の農林水産業に大きな打撃を与えた。事故から2年がたち、放射性物質が農作物に与える影響など科学的な研究が進んでいる。農林業の再生と漁業の再開、風評払拭(ふっしょく)に向けた取り組みを追う。
(文中敬称略)
2013/05/13 11:26 福島民報