超短編小説
9 千手院観音堂の仁王門
拝殿より仁王門のほうがケバカッタ。
観音堂は立派な彫刻で四方を飾られていたが。
無垢。色彩はほどこされていなかった。
剥げ落ちてしまっていたのかもしれない。
仁王門は存在感があった。みごとな朱塗り。
その年、12歳だった。ぼくとヒロチャンは仁王門の庇におおきな蜂の巣を発見した。
クマンバチの巣。
黒と黄金色にみえる縞。ブンブンする音がみえた。その姿がきこえた。幼いぼくはそう感じた。ハチがとんでいたということは春から夏にかけての季節。
戦争がおわるまでには数か月を要した。
そうした季節と風景のなかでぼくらはのびのびとあそんでいた。
ぼくはぼくらが、オッパイ蜂の巣と命名したきょだいなでっぱりに向かって投げた。拳大の石だ。
ズボツとめりこんだ。一発で的中した。
それを誇るよりもおどろいた。
石は落ちてこない。
乳房に吸い込まれた。
あとかたもない。
庇までの距離が巣を実物より小さくみせていたのだ。
「おっきいな」
「ぼくもなげようかな」
ヒロチャンが石をひろった。
「やめたほうがいいよ」
ぼくはあわてて止めた。
ヒロチャンのお父さんは事故死。
ヒロチャンはふたりで泳ぎにいった御成橋の下の河原でケガをした。
石を投げられた。彼はそういった。直ぐそばにいた。ぼくには石のとんできた気配は察知できなかった。
ふいに耳の付け根に血が噴き出した。カマイタチだ。ぼくはそう感じた。彼は気丈にも手拭をおしあてた。
鮮血で真っ赤になった。彼の弟が竹を差して片方の眼の視力を失っていた。
「傷害の因縁があるのかもね」
四柱推命学にこっていた母がいっていたのを思いだした。
なにかあったら、守ってあげなさい。と母はつづけた。
ぼくは怖くなった。体が小刻みにふるえた。
「こわくなんかない」
彼はおおきく手をふった。ぼくはがむしゃらに彼の手にしがみついた。
「いたい」
石はかれの足の甲に落ちた。血がでた。
ぼくは彼をおしとどめてよかった。これくらいのケガですんだ。
ヒロチャンはおこって、家に帰ってしまった。
彼にはぼくの善意は通じなかった。
彼の家は紫雲山千手院の参道の直ぐ脇にあった。
ひとりとりのこされたぼくは仁王さんと向かいあった。
仁王さんにおおきな乳房があらわれた。
穴があいている。蜂が群れている。
仁王さんはぼくを睨んでいる。
ぼくはわるいことをしたのだろうか。
よかれと思ってした。それでも、友だちを傷つけた。
結果がすべてだとしたら、ぼくは友だちを傷つけたことになる。
ぼくは家から物干し竿をもってきて、あの石をとりのぞこうかと決意した。
樋を流れ落ちる雨水のように、石が竿を伝って落下してきたら。どうしょう。
体の震えはさらに小刻みな戦慄となって全身をおおった。
「気にするな。すんだことは、とりかえしがつかない」
ぼくは、仁王さんの声をきいたような気がした。
ぼくは仁王門の石畳の上にすわりこみ夕暮れをむかえた。
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拝殿より仁王門のほうがケバカッタ。
観音堂は立派な彫刻で四方を飾られていたが。
無垢。色彩はほどこされていなかった。
剥げ落ちてしまっていたのかもしれない。
仁王門は存在感があった。みごとな朱塗り。
その年、12歳だった。ぼくとヒロチャンは仁王門の庇におおきな蜂の巣を発見した。
クマンバチの巣。
黒と黄金色にみえる縞。ブンブンする音がみえた。その姿がきこえた。幼いぼくはそう感じた。ハチがとんでいたということは春から夏にかけての季節。
戦争がおわるまでには数か月を要した。
そうした季節と風景のなかでぼくらはのびのびとあそんでいた。
ぼくはぼくらが、オッパイ蜂の巣と命名したきょだいなでっぱりに向かって投げた。拳大の石だ。
ズボツとめりこんだ。一発で的中した。
それを誇るよりもおどろいた。
石は落ちてこない。
乳房に吸い込まれた。
あとかたもない。
庇までの距離が巣を実物より小さくみせていたのだ。
「おっきいな」
「ぼくもなげようかな」
ヒロチャンが石をひろった。
「やめたほうがいいよ」
ぼくはあわてて止めた。
ヒロチャンのお父さんは事故死。
ヒロチャンはふたりで泳ぎにいった御成橋の下の河原でケガをした。
石を投げられた。彼はそういった。直ぐそばにいた。ぼくには石のとんできた気配は察知できなかった。
ふいに耳の付け根に血が噴き出した。カマイタチだ。ぼくはそう感じた。彼は気丈にも手拭をおしあてた。
鮮血で真っ赤になった。彼の弟が竹を差して片方の眼の視力を失っていた。
「傷害の因縁があるのかもね」
四柱推命学にこっていた母がいっていたのを思いだした。
なにかあったら、守ってあげなさい。と母はつづけた。
ぼくは怖くなった。体が小刻みにふるえた。
「こわくなんかない」
彼はおおきく手をふった。ぼくはがむしゃらに彼の手にしがみついた。
「いたい」
石はかれの足の甲に落ちた。血がでた。
ぼくは彼をおしとどめてよかった。これくらいのケガですんだ。
ヒロチャンはおこって、家に帰ってしまった。
彼にはぼくの善意は通じなかった。
彼の家は紫雲山千手院の参道の直ぐ脇にあった。
ひとりとりのこされたぼくは仁王さんと向かいあった。
仁王さんにおおきな乳房があらわれた。
穴があいている。蜂が群れている。
仁王さんはぼくを睨んでいる。
ぼくはわるいことをしたのだろうか。
よかれと思ってした。それでも、友だちを傷つけた。
結果がすべてだとしたら、ぼくは友だちを傷つけたことになる。
ぼくは家から物干し竿をもってきて、あの石をとりのぞこうかと決意した。
樋を流れ落ちる雨水のように、石が竿を伝って落下してきたら。どうしょう。
体の震えはさらに小刻みな戦慄となって全身をおおった。
「気にするな。すんだことは、とりかえしがつかない」
ぼくは、仁王さんの声をきいたような気がした。
ぼくは仁王門の石畳の上にすわりこみ夕暮れをむかえた。
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