田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢19  麻屋与志夫

2019-11-15 07:19:14 | 純文学
19

 父のイメージが消えた。
 ぼくの手から離れて祭壇にある骨壺は、いまはすっかり冷えたろうか。
 看病に明け暮れた。妻とぼくの全精力を傾けて介抱し続けた苦労。
 重くのしかかっていた父への呪いが消えていく。
 生活のなかで棘ある言葉でののしられたいやな記憶が消える。
 ぼくは泣いていた。
 周りの人に知られまいと懸命にこらえた。
 涙はとまらない。
 膝の円形の焦げ跡に涙がとめどもなくこぼれおちた。
 その涙は木魚の音に誘発されているようだった。

 ぼくはあいかわらずまだ、新大阪に向かう新幹線の車中にいた。
 ……いいえ、あのとき、あなたは、泣かなかったわ。
 ふいに隣の席に現れた彼女が激しい口調でとがめるように言った。
 ぼくは眠におちこむ。裂けた空から堕ち込むような失墜感があった。

 耳鳴りがするのは木魚の音を想いだしたからなのか。
 暗い体内にすいこまれるように列車がトンネルにはいったせいだろうか。
 あのとき、あなたは泣かなかったわ。
 どうしてそんなことが言えるのだろう。
 彼女こそあの現場にいなかったのに。それを言ってしまっては、おしまいなので、さしあたりはなにも知らないことにしておこう。
 あのとき、あなたは泣かなかったわ。まだくりかえしている。
 泣く。
 泣かない。
 ということが、この情念の世界を支配している呪文のキーワードなのだろうか。
 すごく肉感的なトンネルの胎内で、文学にはなにが必要か? 
 などと粋がった設問をし、それを解明しょうとつと努めなながら、こんどこそ……深い眠りにおちていくのが……わかった。


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