田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

死んでいたN

2007-10-11 17:19:07 | Weblog
10月11日 木曜日 晴れ
●「ぼけちゃか、ぼけちゃか、ぼけちゃっちゃ」
わたしは酔うとよくわけのわからない言葉を口ずさむ癖がある。

●家の横の側溝を市で修復してくれることになった。60数年会っていなかった友だちが土建屋さんになっていた。挨拶が済んだ後で聞いた。
「Nと親戚だったよね」
「いとこ同士だ」
「どうしてる」
「死んじゃったべな」
「いつごろで」驚いて、つい土地言葉になった。
「とっくだべな。もう7年くらいになっかな」

●そのころのクリスマスにNを訪ねた。そのときのことは、随筆に書いて「全作家」に発表してある。調べてみればいつであったか正確にわかる。あのあと、すぐになくなったことになるのだろう。このところ無性にNのことが気にかかりじつは訪ねていったばかりだった。引っ越してしまっていた。そう、おもっていたのだが……すでに泉下に移ったとはしらなかった。

●「いちばんやろう」Nが将棋盤をとりだした。わたしは将棋をやらない。わたしが勝負事はやらないのを彼はよく知っているはずだった。ぐびりとコップ酒を飲みほす。
「脳梗塞で倒れたんだ」足を引きずっていることのいいわけらしい。絵筆を持っていた手に、いまはペンキの刷毛をもっているんだ。寂しそうにつけくわえた。
「まあ飲めよ」わたしのグラスに鬼殺しのパックからなみなみと注いだ。

●「将棋しょう」
「絵は描かないのか」
「クレヨンで描く」
グラスを持った手で欄間を指す。なつかしい千手山の裏道らしい絵がはってあった。
「おれとおまえだ」
小道をいく少年が、彼の記憶の中のわたしだった。
「たのしかつたな」
「ああ、たのしかった」そう返事をした。もっとはやく、会いにくればよかつた。

●「将棋やろうよ」
将棋くらい覚えておけばよかった。わたしは、初めて駒を指先に挟みでたらめにうちだした。彼にはなにもわからなくなっていた。わたしは、涙をながしながら将棋の駒をうごかしていた。そのうち、Nは畳に横になった。うたたねをしてしまった。

●ボケる。痴ほう症。認知症。といろいろ表現はかわってきた。でもわたしには、晩年のNの寝姿だけがいつまでも脳裏に残るだろう。これからは、ぼけちゃかぼけちゃかと酔って歌うときいつもNよ、おまえと一緒だ。


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