田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 35 異次元の愛  麻屋与志夫

2013-05-12 06:41:24 | 超短編小説


●愛してくれていることは、わかっていたのよ。
でも、わたしには父のきめた婚約者がいたの。
そのひとのことは、すきでも、きらいでもなかった。
しいていえば、すこしだけすきだったのかな。
わざわざ、愛を拒むほどいやだ、ということはなかったの。
父の期待をうらぎってまで――。
ほかのひとをすきになるだけのエネルギーがあのころのわたしにはなかったのよ。
あなたが、わたしに関心をもっていてくれたことは、かんじていた。
だって、あんな熱っぽい視線で受講中に、みつめられれば、わかるわよ。
父は、わたしに青山の医院をついでもらいたかった。
医学部に落ちたわたし。
もう、教え子のなかのKに婿にきてもらうほか。
つまりわたしがかれと結婚するいがいに。
医院をけいぞくしていく方法はのこされていなかつたの。
あなたの、あの熱い視線にこたえられなくて、ゴメンナサイ。

●わたしは、待合室のむこうがわにいる中年の女性をみつめていた。
喉のあたりに赤いマーキングも顕な患者。
喉頭がんの末期らしい。
声もでない。
顔色も土気色。
あのマーキングの箇所に放射線をあててもらうのだ。
部屋の長椅子にすわったひとたちは。
そのおちこんだようすからみて。
末期患者がほとんどだった。
最後のほのかな希望の明かりをもとめてここにきている。
彼女なのだろうか。
名字もかわっていない。
もちろん名前も。
ほぼまちがいないとおもうのだが。
その初恋のひとが時空をこえて、いまわたしのまえにいるというのに――。
わたしはいまになっても、声をかけられないでいる。
もっとも話しかけても、彼女には声は出せないのだろう。
ふるびて、黄ばんだかき損じの原稿用紙をもみくしやにするみたいな声しかでないだろう。
その声をわたしは、放射線科の初診の時に聞いた。
たまたま、ケアルームでとなりのベッドに彼女がよこたわっていた。
こんな病気になって、父のいた大学病院で宣告されるのはいやだったの。
治療をうけるのは、いやだったの。
ききとれないような乾いた声で、彼女が看護師にいっていた……。
そして、それからなんどもこうして、地下の放射線科の治療室の廊下で彼女とあうことになった。
わたしは、彼女をいまもじっと、みつめているだけだ。
万感の愛をこめて。
いまでもすきだ。
あれから、ずっと麗子さん。
あなたのことを、想わない日はなかった。

●わかっていたわ。
わたしたちに声はひつようない。
わたしも、あなたが、次元のちがう、世界でいきだしたことをしっていた。
あなたが、小説家としていきていることをしっていた。
でもあなたのほんはよまなかった。
よめなかった。
もし、わたしえの恨みごとでもかいてあったら、どうしょう。
それがこわかった。
あなたの愛をうけいれるべきだった。
ゴメンナサイ。
いまさらあやまっても、もうおそいかもしれないけど。
これからはいつもあなたの傍にいてあげる。

●やっぱり、麗子さんなのだ。
目の光はむかしのままだ。
黒い瞳がじっと、わたしをみている。

●愛していたのよ。
きつと。
ことばにして、自覚できていなかっただけよ。
昭和の古い女だから、それを口にだせなかったのよ。
 

●ありがとう。これからはずっと一緒だ。
 

●わたしたちは愛の絆でむすばれていたのね。
最後にこうしてあえてよかった。
もう、死ぬことなんかこわくはない。
でも、あなたはいきつづけて。
死ぬのははやすぎるわ。
いい小説かいてね。
わたしのわずかだけど余命をあなたに捧げるわ。
わたしのぶんまでながく生きてくださいな。

●一瞬にして理解しあった愛でも――。
生涯を共にした愛でも――。
愛にはかわりない。
むしろ、瞬間的に感じた愛の方が濃厚で、ふかいのかもしれない。

 
●最後にあなたに会えてうれしかったわ。
 

●麗子はよろよろ放射線照射室にきえていった。




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