田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

パソコンの中のアダムとイブ

2008-04-06 00:28:40 | Weblog
4月6日 日曜日
パソコンの中のアダムとイブ 7 (小説)
「宇都宮の本局までいけば出せるかもしれませんよ」
 鹿沼の本局では時間外だからと押してもらえない消印が、なぜ宇都宮なら押してもらえるのだろう。わたしは、原稿を書き上げたあとの疲労でそれを訊くことができなかった。わたしは懸賞文壇のハルウララだ。と自称している。自作の拙さを嘆き、自嘲しながら、この郵便局からなんども応募原稿を投函してきた。
「わたし、宇都宮の本局までいってみる」
 済世会病院のあった付近だ。あの辺に宇都宮郵便局の本局はある。
「もう暗い。はじめての場所だ。この賞にだしたからといって、入選するわけではない。ほかの賞に応募することにする」
「でも、あなたのだいすきな作家の名がついている文学賞よ。それで応募する気になったのでしょう。わたし今日の消印押してもらって投函してくる」
 あのとき、美智子をとどめるべきだったのだ。
 村木は膝関節炎をこじらせていた。ながいこと座っているので足が弱っていた。ホリゴタツで原稿を書く。ワープロになってからというものは両手を前にだしている。頬杖をつくとか、天板の上に左手をだして体を支えるとかできなくなった。それで、腰に負担がかかる。あぐらをかく。足腰に悪いことばかりだ。
 足をひきずりながら、停車場坂を上りJR鹿沼駅に到達するのは難しかった。鹿沼駅から宇都宮までは約15ふん。駅から夜の道を30ぷんも歩かなければならない。   
もういい。もうあきらめる。ほかの文学賞に応募するから。もっと強くいうべきだった。
 妻が原稿のはいった小包(エクスパック500)をかかえて村木から遠ざかっていく。寒い薄闇の底を府中橋を渡って、駅の方角に消えていった。それが、美智子をみた最後だった。
 美智子は宇都宮までは着いた。だが縁石から足を滑らせた。釜川に滑り落ちた。冬にはめずらしい雷雨が上流の地域であった。水量が増していた。溺死。
 村木の原稿を胸にかかえていた。
必死にかかえた原稿は死んでも放していなかった。
か細い手で懸命に小包をかかえこんでいた。
 村木はいまも、妻が彼の原稿を胸にかかえて、消印を押してもらうために、夜の道をいそいでいるように思えてならない。いや、きっとそうだ。美智子はわたしの原稿をかかえて夜道をいそいでいる。
いつになっても、着くことのできない郵便局の窓口をめざして……。いまも歩きつづけている。
いつになっても、フルタイムの作家になれないわたしに期待をよせてただひたすらついてきてくれた妻。ひとり寂しく夜の片隅をさまよっている。原稿を郵送することをかんがえながら……。
 当日消印を押してもらって、応募したところで、予選通過もおぼつかない、駄作をかかえて。ごめんな。あのとき、どうしてとめなかったのだろう。ごめんな。ゆるしてくれ。
 泳げない美智子は釜川が田川に流れ込むあたりで発見された。
 釜川と田川の合流する箇所の鉄柵にひっかかっていた。1キロちかくも流されていた。

              to be continue

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