田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

ポインセチアの赤/吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-07-05 04:41:21 | Weblog
          

2

ひとが落ちる。
幸橋から欄干をこえてひとが落ちる。
いまはひとが渡るはずのない橋。
ひとの姿があるわけのない橋。
その橋からひとが飛び降りようとしている。
止めなければ。
「やめて」彩音は叫んでいる。はずだった。
金縛りにあって、彩音は動けない。
たいへんよ。ヒトガオチル。
でも、彩音の口はパクッと開いたままみたい。
橋にふいに現れた人影。娘だ。
国産繊維の女工さんだ。
彩音とおなじ年くらいの少女らしい。
モンペをはいている。
いまではテレビドラマでしかおめにかかれない服装だ。
昔のだいぶ古い服装をしている。
アイツに、また、噛まれるくらいなら死んだほうがいい。
そうだ、これはさきほど高い所から聞こえた声だ。
この声だった、と彩音は気づく。
まちがいない。
いま、橋の上にいる少女の声だ。
アイツに血を吸われるくらいなら、川に身を投げたほうがいい。
アイツに、また噛まれるとアイツの従者にされてしまう。
あのひとは、まだきていない。
あのひとは、まだこない。
純平さん。
はやくきて。
はやくきて。
約束の時間はもう過ぎている。

もういちど。もういちどだけでもいい。
会いたい。
会いたかったのに。
黒川に身を投げることは、わたしに許された最後の自由。
少女の想いが彩音にながれこんできた。
首筋のアイツに噛まれた傷がうずく。
でもすごい快感だった。
もういちど噛まれたい。
「ダメ。そんなこと思わないで」
彩音は夢中で少女に呼びかけた。
「ダメ。死なないで」
アイツにとりこまれる。
アイツとおなじに、わたしがなってしまう。
アイツとおなじ獣の顔になってしまう。
般若の顔になってしまうだろう。
少女の意識は混濁していた。
女のこらしく、じぶんが醜い顔にかわってしまうことを恐れていた。
死にたくない。
もういちど愛する純平に会いたい。
会えるだろうか。
さいごまで、迷っていた。
欄干をこえて少女が川に落ちていく…………。
首筋に血。ポインセチアの赤のような血が雪のように白い胸元までそめていた。
彩音はアアアッ。悲鳴をあげていた。
この距離から橋の上の出来事を目撃できるのはおかしい。
少女が等身大でみえているのもおかしい。
見ているんじゃない。感じているのだ。
少女になっているのだ。少女の意識とわたしの意識がシンクロしている。
わたしは、六角澄江。
わたしは澄江。いま死にます。
純平さん。
さようなら。
来世でまた逢いましょう。
岩手にいるおかあさん。
さようなら。ごめんなさい。
先立つことゆるしてください。
おかあさん。もういちど会いたかった。
純平さん。もういちど、会いたかった。
この幸橋の上であなたがくるのを待っていました。
いつまでも待っていたかった。
でも、アイツがそこまできている。
ごめんなさい。
あなた、ああ、わたし純平さん、わたし最後にあなたって呼びかけている。
あなた、あなた、あなた。
毎日、そう呼びかけていたかった。
毎日、いっしょにいたかった。
毎日、暮らしを共にしたかった。
この、鹿沼で生きていきたかった。
 
川の水が冷たい。
 
白日夢。それとも幻想かしらと彩音は思っている…………。
 
「彩音。どうしたの? 彩音」


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