田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

妻とみしいつもの桜咲きたるか 麻屋与志夫

2022-03-05 19:10:26 | 俳句
サイレンや夜寒の底のうめき声

サイレンやこの世の終わり寒き夜

妻とみしいつもの桜咲きたるか

桜散り食べかすもちり人も散り

落ち椿せりあげている霜柱

落ち椿霜の柱を覆いけり


小説を書くのに疲れて、俳句をひねりました。


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私にとっては「世界樹」九十年見続けてきた鹿沼今宮神社のケヤキの切り株にヒコバエの芽が…… 麻屋与志夫

2022-03-04 18:17:11 | ブログ
3月4日 金曜日
鹿沼の鎮守様、市役所前に今宮神社がある。
境内の北東の隅にケヤキの大木がいまは切り株となっている。
枯れ枝がめだっていた。
まだまだ樹勢はなかなかのものだと見上げていた。
数年前に切り倒されてしまった。
樹齢はわからないが800年は越えていたのではないか。
いやもっと古いのかも。
切り株の周囲だって半端ではない。
四畳半くらいの広さがある。
家のすぐそばなので、境内は、わたしたちの遊びばだった。
このケヤキの根元にホームベースを書き石で描きよく草野球をしたものだった。
千手チームというネームは中津の晴美さんがつけた。
上沢の広ちゃんの家の裏の物置にチームのたまりばがあった。
チームの仲間はみんなもういない。
あるとき、幹に祈り釘をみつけた。
丑の刻まいりの、藁人形、五寸釘。
そのおどろおどろした様子はいまでも記憶に鮮明に残っている。
後に帝国繊維の野球部で活躍した福田の勇さんなんかはどうしているだろうか。
東京にいってしまったので消息はわからない。
栗山村の木こりがきて、よく枝をおろしていた。
ロープ一本を命綱として、枝から枝に飛び移るアクロバットのような妙技にはよくみとれたものだ。
わたしにとっては、世界樹のような存在だった。
樹冠をなす繊枝の芽がいまごろであれば膨らみだす季節だ。
散歩のたびに「お前さん長いことよくがんばつているな」と声をかけていたのに。
切り株がぽろぽろとはげ落ちていく。
「よくがんばった。よくがんばった」根元をたたいていたのに……。
おどろくではないか。
ヒコバエの芽がちらほらでていた。
はたしてこのケヤキの木の芽かどうかはいまのところわからない。
そうであってほしいものだ。
明日からの散歩が楽しみとなった。


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退学処分にするにしても、自主退学するにしても慎重に。 麻屋与志夫

2022-03-03 07:37:09 | ブログ
3月3日 木曜日
数日前。
「千葉の看護系学校でパワハラか。入学したばかりの一年生の四割が退学」という記事をパソコンのニュース欄で読んだ。当事者でないから、うかつにコメントはできない。
中津君のことをブログに書いているときだった。
中津君が旧制の宇都宮工業に入学して、すぐに教師のパワハラにあって退学処分にあった。
これもいまとなっては、何が起きたのかわからない。
当時、彼は泣いて退学させられたという事実だけをわたしに告げた。
担任教師の逆鱗にふれるようなことがあったのだろう。
それにしても、退学とはあまりに厳しい処分だ。
なにがあったのだろう? 
終戦の翌年のことだから、教育界もすごくむずかしい時期だった。
ただ退学させる方は、その時だけのことだ。
だがせっかくレベルの高い宇工にせつかく進学したのに勉学の道を絶たれた彼の人生はおおきくかわってしまった。
秀才の誉高い彼が学歴に関係のない絵描への道を選んだ。
彼の苦渋の人生のはじまりだった。
兄弟同様のつきあいをしていたわたしには、そばでみていてつらいものだった。
いま受験シーズンにあたり、いろいろなことをかんがえてしまった。


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侵略者には断固立ち向かう――ルナの気概 麻屋与志夫

2022-03-02 19:06:17 | ブログ
3月2日 水曜日
わたしの足元からルナがダッととびだした。
威嚇している。
小さな野獣の吼え声だ。
何ごとが起きたのだ。
見れば、街猫がまさに門の敷居レールを踏んで庭に入ってくるところだった。
庭に侵入してきた。
ルナはその猫を自分のテリトリーに無断で入りこんできた、侵略者とみなしたようだ。
その外猫に怯えるどころか厳しい威嚇で立ち向かっている。
雌猫のルナがこんなに勇ましく、毅然とした態度でだんじて外猫を追い出す。
そういう態度をとるとは思ってもみなかった。
部屋に逃げ込んでくると思ったのに――。
威嚇のたけだけしいうなり声をあげつづけている。
外猫はそのルナの激怒にたじたじとした。
門扉から退散した。
それでもルナは怒りにまかせて追いすがる。
ようやくわたしは動き出すことができた。
「ルナ、ゆるしてあげなさい。ルナのところにあそびにきたのかもしれないよ」




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自分史を書いてはいかかですか。ブログも楽しいですよ。 麻屋与志夫

2022-03-01 07:10:29 | ブログ
3月1日 火曜日
昨日のブログを書いた後で考えた。
たとえ小さな田舎町でも、歴史はある。
町の歴史もだが。
もつと狭い範囲の交流を書き留めておくのも粋なものだろう。
むかし、誰ちゃんが、誰ちゃんのこと好きだった。
とか、あいつは大酒のみで好色だったとか。
噂話、その場だけで立ち消えとなるような些細な人と街の出来事、そこには真実もある。
のちになると何ともいえないノスタルジーをかんじるものだ。
それにはみんなが文章を書く勉強をしてもらいたいものだ。
市民教室で大人のための「文章教室」を開いたらどうなのだろうか。
俳句や短歌、詩のように、散文にはなんの制約もない。
だからかえってむずかしいのかもしれない。
目の前にいる人に語りかけるように書けばいい。
といわれても、そうやすやすと書けるものではない。
じぶんたちの世代の噂話集でもだせるようにがんばってみたらどうですか。
家族史。
自分史。
交遊録。
毎日、ブログが書けたら楽しいですよ。


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