朝から座っている。
ここは巨大ショッピングモール。
エレベーターの前にあるベンチ。
伏し目がちに前を見る。
行き交う人々の足だけがせわしげに見える。
通り過ぎる人々が俺に興味をしめすことは無い。
子供たちは元気に走り、恋人は楽しげに話している。
いつから俺は座っているのかよく思い出せない。
昨日もここにいたか…
1週間前にもいたような気がする。
いや1ヶ月前にも座っていなかったか。
頭がぼんやりする。
そういえば開店前から俺はここにいるのではなかろうか。
ここにいる理由は?
不思議と立ち去る気にはなれない。
なぜだろう。
使命を感じる。
永遠とも一瞬とも思える時間がただ過ぎていく。
おだやかで平穏、平和な時間だ。
空腹は感じない。
一人の女性が不意に同じベンチに座った。
いつもは誰が隣に座ろうが興味は無いのだが
その女性はうつむき、さめざめと泣いた。
あまり見てはいけないなと思ったが、横目でちらりと見てしまった。
俺は息をのんだ。
美子。
俺はこの女性を知っている。
いやこの女性のことを思い出した。
妻だ。
なぜ泣いているのか。
しかもここで。
「おい」
言おうにも声がでない。
体は動かない。
何故だろう。
声を殺してひとしきり泣いたあと、美子は何事も無かったように立ち去った。
蛍の光の曲が流れた。
店内の照明は消えた。
暗い店内をがちゃがちゃと音をたててやってくるものがいる。
脚立と工具箱をもったエレベーターのメンテナンス業者だ。
ちょうどベンチの前の空間にエレベーターの主要部分があるらしい。
ライトを煌々と点灯させ、男は作業を開始した。
俺はすくっと立ち上がる。
体が動く。
男に近づく。
独り言を言っている。
「このブレーキパッドは交換したはずなのに。どうして…」
俺は男の耳元でささやく。
「締め付けトルクが足りない。規定トルクで閉めないと、9ヶ月後に同じ事がおきるぞ」
俺はすべて思い出していた。
男に言った。
「またゴンドラが落下するぞ!また死人がでるぞ!前回の事故はお前の整備ミスが原因だ!」
電流が走ったように一瞬震えた。
周囲を見回し、男は言った。
「気のせいか…」
作業は再開された。
男の手が止まり、マニュアルを取り出してページを開いた。
指先で字を追う。
ぴたりと指が止まる。
トルクレンチの設定数値を確認する。
男はトルクレンチを握ったまま、その場にうずくまった。
俺はそのベンチから立ち去った。
もう二度とあの場所に座ることは無いだろう。
ここは巨大ショッピングモール。
エレベーターの前にあるベンチ。
伏し目がちに前を見る。
行き交う人々の足だけがせわしげに見える。
通り過ぎる人々が俺に興味をしめすことは無い。
子供たちは元気に走り、恋人は楽しげに話している。
いつから俺は座っているのかよく思い出せない。
昨日もここにいたか…
1週間前にもいたような気がする。
いや1ヶ月前にも座っていなかったか。
頭がぼんやりする。
そういえば開店前から俺はここにいるのではなかろうか。
ここにいる理由は?
不思議と立ち去る気にはなれない。
なぜだろう。
使命を感じる。
永遠とも一瞬とも思える時間がただ過ぎていく。
おだやかで平穏、平和な時間だ。
空腹は感じない。
一人の女性が不意に同じベンチに座った。
いつもは誰が隣に座ろうが興味は無いのだが
その女性はうつむき、さめざめと泣いた。
あまり見てはいけないなと思ったが、横目でちらりと見てしまった。
俺は息をのんだ。
美子。
俺はこの女性を知っている。
いやこの女性のことを思い出した。
妻だ。
なぜ泣いているのか。
しかもここで。
「おい」
言おうにも声がでない。
体は動かない。
何故だろう。
声を殺してひとしきり泣いたあと、美子は何事も無かったように立ち去った。
蛍の光の曲が流れた。
店内の照明は消えた。
暗い店内をがちゃがちゃと音をたててやってくるものがいる。
脚立と工具箱をもったエレベーターのメンテナンス業者だ。
ちょうどベンチの前の空間にエレベーターの主要部分があるらしい。
ライトを煌々と点灯させ、男は作業を開始した。
俺はすくっと立ち上がる。
体が動く。
男に近づく。
独り言を言っている。
「このブレーキパッドは交換したはずなのに。どうして…」
俺は男の耳元でささやく。
「締め付けトルクが足りない。規定トルクで閉めないと、9ヶ月後に同じ事がおきるぞ」
俺はすべて思い出していた。
男に言った。
「またゴンドラが落下するぞ!また死人がでるぞ!前回の事故はお前の整備ミスが原因だ!」
電流が走ったように一瞬震えた。
周囲を見回し、男は言った。
「気のせいか…」
作業は再開された。
男の手が止まり、マニュアルを取り出してページを開いた。
指先で字を追う。
ぴたりと指が止まる。
トルクレンチの設定数値を確認する。
男はトルクレンチを握ったまま、その場にうずくまった。
俺はそのベンチから立ち去った。
もう二度とあの場所に座ることは無いだろう。