〔週刊 本の発見〕青木美希『いないことにされる私たち』 (labornetjp.org)
毎木曜掲載・第205回(2021/5/20)
原発被災者を見捨てる政治
『いないことにされる私たち―福島第一原発事故10年目の「いってはいけない真実」』(青木美希、朝日新聞出版、2021年4月刊、1500円)評者:志真秀弘
本書を貫いているのは、政治への強い怒りとジャーナリストとしての著者の誠実な姿勢だ。
復興庁は、いま原発避難者は40331人(2021年4月)としている。ところが本書によると各市区町村の集計を一つひとつ加えていくと7万人になる。区域外避難者を含め集計基準も明示されているのに、これほど実数と違う。この問題は東日本大震災避難者の会「Thanks & Dream」(代表・森松明希子)はじめいくつかの団体が17年に大坂の避難者数を調査して発覚した。これはたんに数字だけの問題ではない。著者は避難者を含め原発被災全体をなかったことにしようとする政権の意図が背後にあって、数字の問題に現れているとみる。9基もの原発を再稼働しさらに増やすため、アンダーコントロールを売り物にしたいのか。
だが、その思惑こそ被災者の心身と生活をいっそう破壊する。
南相馬に住む庄司範英さんは、被災直後子供4人を車に乗せて新潟に向かう。市役所で新潟県阿賀町に行くように教えられたからだ。その後指示されるままに南魚沼市、そして湯沢町へ。最後に長岡市に避難先住宅を見つけ、親子5人で暮らすことになる。ところが15年6月避難指示区域外の人たちへの住宅提供が打ち切られる。このとき今村雅弘復興相は、「帰れない人はどうするのか」と問われ「それは本人の責任でしょう」と言い放つ。*写真右=著者
庄司さんはやむを得ず南相馬の自宅に戻ることを考える。だが子供たちは学校で友達ができ帰るのを嫌がる。自宅の線量も高いため戻るのをあきらめ、ローン残額と同じ金額で自宅を売って、庄司さん一人が働き口を見つけて南相馬に住む母親宅に戻ることに決める。妻が長岡に来て働き始めたので母子避難の補助が受けられる事情もあった。
庄司さんは、ようやく南相馬の清掃会社の正社員に決まり、この年6月12日から初出勤することが決まった。ところが初出勤当日の朝庄司さんの携帯電話がなる。長男の黎央くんが冷たくなっていたのだ。
黎央くんが死を選んだのは慕っていた父親の自分がいなくなったからだ。庄司さんは自身をそう責めて鬱病になる。著者はそれからずっと今に至るも病院を紹介し、訴えを聞き庄司さんを励ましている。
福島県が毎年行っている重症精神障害相当の人たちの調査によると県平均は全国平均の倍近い。生活を壊された被災者の震災関連自死(認定)は15年23人、16年21人となっているがその実態は徐々にわからなくなっている。
庄司さんを診た精神科の蟻塚亮二医師はこういう。「パワハラで加害者が被害者に謝ると被害者の精神状態は良くなるんですよ。東電も国も謝ってませんよね。それが人々を苦しめているんです。原発事故は国と東電による『国策民営』の人災。国が謝罪してきちんと賠償することが必要なのに国は向き合っていない」。
いつから「自己責任」という卑劣な考えは蔓延したのか。先日の〈あるくラジオ〉で、根津公子さんは広がったのは2004年のイラク人質事件の時からと指摘していた。菅政権の「自助・共助・公助」なども、もちろんその延長線上にある。困っている人など助けなくて当然という風潮さえ生まれている。被災者はそれにも苛まれる。
原発被災者をめぐる報道は、だがどんどん減ってきている。著者はそれを自分たち記者の責任と受け止め、記者職を解かれてなお原発被災者を取材し、前作『地図から消される街』に続く本書を仕上げた。記録しなければすべて無かったことにされてしまう。そうさせてたまるか。その憤りと危機感が本書から迫ってくる。
*青木美希さんが出演したレイバーネットTV第156号 : 特集「フクシマから10年ー終わらせてはいけない真実」 アーカイブ録画
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