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黒の水引とんぼ   その6

2007-08-06 08:10:59 | ある被爆者の 記憶
 この時の話が、永松から我が家に早速伝わったのであろう。「はずかしがり屋のてるほちゃん」の汚名か愛称かのいずれかで、両家の大人たちは、私をわざと確認するみたいだった。そうでなくとも、私は「はずかしがり屋」に相違なかった。そして実を言うと、対人的にはずかしがり屋というよりも、私自身の抱く妄想を見破られぬために、私の心を閉鎖する。
 私自身の中に、こっそりと抱いた妄想というのを、今になって言葉にしてみると、人間の肉体に関してであった。しかし、肉体に関しているからそう言うまでだけれど、その時の幼な心が、そう知っていたわけではない。知るというのと感じるというのは別だ。私ははっきりと、四郎さんの胸元から肩先へかけての映像が、私を魅了していたことを憶えている。特に、胸元高く巻き上げた晒の白さも手伝って、少年の心に、男が美の対象たり得ることを悟らしめた最初であったといえる。
 その四郎さんの男の肌に、私が手を触れる機会がこようなどとは、私は息の根が止まるほど、動悸が打って苦しかったことを思い出してしまう。
 例の橋を渡って、私の家の前を通り、四郎さんは仕事を了えると、すぐ近くの銭湯へ行くのが日課であった。
 右手に洗面具を持ち、仕事の時と同じように、上半身を蔽うものといえば、例の晒だけだった。風呂に行くときに仕替えるのであろうか、それは汗ばみもしていなかった。まさしく純白であった。
 私のはずかしがり屋が喧伝されて間もない頃である。家の前の通りに、打ち水をみずほといたずら半分にしていたのだから、おそらく夏の夕方にちがいない。
 「や、お利口だナ。」
相変わらず威勢がよく、歯切れのいい四郎さんが、私たち兄弟に声をかけた。その途端、私の体がすっと宙に浮いた。私は目の前のみずほが、あの四郎さんの腕の中に抱えられているのを見て、自分も同じ状態にいることを知った。
 「いいかい。兄(あん)ちゃんがお風呂につれてっちゃう。」
 兄弟ふたりとも、これ以上の不安がないほどに不安でありながら、つとめてその不安を隠し、またこれほどの欣快も味わったこともないのに、手放しで欣快であることをつとめてひかえた。 
 
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