ぽかぽかと行きましょう

急がず、後れず。自分の歩幅でぽかぽか行くようなブログです。

二股かけて、泣いた人もいるけど。

2012年05月05日 | ときに思うこと。
二兎を追う者一兎をも得ず。の諺があるとおり。二人ともの好きな人に結局振られたのかしら。
私的には、どちらか本当に愛する人が残って欲しい。の想いだがな。
二兎でなく、三兎も、四兎も行列の出来るいけメンなら、「順番、順番、この黄色い線のところでお待ち下さい。」と言って待ってもらうか、あるいは整理券をお渡しするか、ほかに方法がなかったのか。冗談、冗談。
いやはや、本人の優柔不断がまねいた結果だね。
吾輩も、あれもこれも手当たり次第に、趣味と言うか、仕事を増やし、一時に集中出来なかった結果、どれも物にならなかった。
いわゆる器用貧乏で一生を終える事になるのではないか。他山の石、反省しきりだ。
ブログだって、自慢じゃないが三つも開いている。どれも毎日更新できなくて間が開いてしまう。

ミツマタという木がある。コウゾなどと同様立派な和紙の原料になる。しかも花はうつむいて咲く、しおらしい花だ。
フタマタでなく、ミツマタなら良かったのかもしれない。


平常心

2012年03月27日 | ときに思うこと。
悔しい時も、馬鹿らしい時も、平常心。平常心。
自分が、甘かったので侮られたのだ。
こんなことでストレスかけない。
ひとつのストレスに、南無阿弥陀仏と一つ唱えよう。
あほらしくて他人にも言えない。
だから、黙って南無阿弥陀仏とお念仏を唱えよう。

どんな、刺激にも心静かに。

2012年02月12日 | ときに思うこと。
まだ、修行が足りない。
心静かに平常心で居られるようでありたい。
挑発に乗らないためには、同じレベルで対峙しないことだ。
些事に拘泥しない大きな心をもって臨むことだ。
主観だけで食らいついて来る人には、間違いを指摘しても無駄な争いでエネルギーを消耗するだけ。
客観的な立場で是非を論じるには、時間をおいて環境を整えてから静かに話し合うことである。
しかし、火急の場合は相撲の禁じ手のような変化で対応するか、柳に風と受け流しておくかである。
自己中心的な考えの人は、年とともに固執して不治の性格になっている。
そんな挑発的に刺激されてストレスで傷を負うことはない。
おおらかに心静かに受け止めて、黙って自分のやることをやってればいい。


クリスマスのプレゼントでも考えてみたが・・

2011年12月09日 | ときに思うこと。
ほほ笑みを返すだけで、好いのだ。
しかしもう一歩前進したい。
何かプレゼントでもしたいが、
でも負担に感じさせたくない。
このままそっとして、会う機会があれば、さりげない会話を交わす。
お早う。寒くなったね。
好意も関心もあるのに、つっ込んでゆかない。
単なる常連さんではないこと、お互いに意識しているような、そんな間柄なのに。
今日も会えた。会えた日は一日ハッピーな気分で過ごせる。
透明なガラス越しのように、触れることも無くひたすら想いがつのる。
また会えると好いな。こんどは、名前で呼びかけてみよう。


やたら時の過ぎてゆくのが、気にかかる。

2011年11月23日 | ときに思うこと。
霜月、師走と早いこと。
「来年は来年はと暮れにけり」
テレビとか、新聞とか、あまり見たり読んだりしないで、
自分のやるべきことをきちんとやって、
それでも、カレンダーが飛んで行くのは仕様がないか。
この地にやってきて、もう2年半経つ。
その間に、達成感の持てること遣っていないから、
なお月日のたつのが速く感じられるのであろう。
目標を立て、達成に向けて突き進む意志の強さを持とう。

健康管理が第一

2011年11月21日 | ときに思うこと。
転ばぬ先の杖
日頃の健康管理で、病気の予防。
今年は、寒暖ままならない。秋になって夏日の陽気かと思えば、急に寒くなる。
その上、雨風の日があったっりして、着る物に迷ってしまう。
風邪をひく人も多い。
インフルエンザの予防接種もやっておいた方が良い。
秋はまた味覚の秋、つい食べ過ぎる、飲みすぎる。
血糖値も上がるが、胃腸の方も大変だ。
ウォーキングなど、軽い運動を続けることだ。
夜更かしも、よくないと知りながら、インターネットに励む。
自分の健康は自分で意志を強くして守るようにしよう。

現在・過去・未来

2011年11月13日 | ときに思うこと。
過去は消えて無い。
未来は未だない。
現在のみ現実である。今パソコンのキーボードを打っている現在のみ。
それも打ち終えれば、過去のもの。
ただいまの瞬間こそ、現実の現在である。それも即時過去に移りゆく。

今日公園のイベントで、小さな女の子がオレンジ色の風船を貰った。
帰り道、その子の手から、風船が離れた。
風船は、みるみる高く舞い上がり、昇ってゆく。
青い空に、オレンジの風船は、吸い込まれ小さくなり、点のようになり、ついに見えなくなった。
現実が、手から離れて過去になり、どんどん消えて、思い出の世界からも消えて、遠く、とおく、そして無くなった。

今日、同級生の友人のお通夜があった。明日の告別式を過ぎるともう帰らぬ人になって、形をとどめない。
写真や、思い出は、現実の現在ではない。遺族の彼の子や孫は、現実を紡いで新しい世代の現実を歩んでゆく、未来に向かって。

霜月と言うのに、結構気温が高い。の悩み。

2011年11月06日 | ときに思うこと。
昨年の今日あたりは、気温16度だったが、今年は20度の日もある。
昨年10月半ばに買った革ジャンは、秋冬春のスリーシーズン着られると言われて求め、その日から着用した。
今年は、薄でのダウンのアウターが、一斉に売り出されている。たためばコンパクトになるという。

流行とは勝手なものだ。
この気温では、ラム革とはいえ、革ジャンに手を通すに、ためらっている。
朝夕寒いと言っても、日中手に持って歩くことになり不細工だ。
軽い木綿のブルゾンならシャツの上から羽織っても丁度良い。
その木綿のを、襟が擦り切れるほど長年着たので、先日捨ててしまった。
今度も、メンズの専門店で、流行のない確りした木綿のブルゾンを求め長く着ようと思う。

当分とはいえ、革ジャンの着られる気温の時期になるまで、シャツ姿で通すのはつらい。
スーツか、ブレザーで外出することにしようか。

和服なら、何枚もあるのだが、長襦袢がダメになっているので、洗張り仕立替しないといけない。
新調すればいいのだ。やはり、予算がない。

家にいる時は、有るもの着て過ごせるのだ。外出するときは、変なもの着られない。
 
こんな悩みは、2・3万円のお小遣いがあればすぐ解決する。
目についたもの、次々と買って着られる身分でありたいと思うよ。