重陽の節句。
誠に凌ぎ良い一日でした。
『無花果(一軸)に柿(書き)したためし「憂い梨(無し)」栗(繰り)ごともなく芋せ(妹背)睦まじ』 吉天
秋の味覚を織り込んだ狂歌を作ってみました。
古文は苦手です。間違いがあればご指摘のうえ、添削お願いします。
妹背は、男女、夫婦のこと。
『「憂い無し」と大書して、軸にいたしました。繰り言(愚痴)も言わずに夫婦仲のよろしい事。』 こんな意味合いのつもりなんですが。
もとの諺。
「うそも方便」 物事を円満に運ぶ為についた嘘。
ニュー・諺。
「KUSOも芳便」
好きな人のは、たとえUNCHIであっても、かぐわしいものである。
客観的に芳香と言えるかどうか。
(USO+K=KUSO)
*
もとの諺。
「どんぐりの背競べ」 どれもこれも、平凡で誰が優れていて、誰が劣るか、大差ないこと。(今の自民党の総裁候補の皆さんのように。)
ニュー・諺
「どんぐりの銭比べ」
庶民の懐具合は、誰が金持ちで貧乏か比較しても大きく格差があるものでない。
どんぐりから、税金取るのはやめてもらいたい。
安岡正篤先生の人間学講話「運命を開く」プレジデント社刊から引用して、総裁選立候補者に捧ぐ。
国事を憂えて泣いた桂と小村
世界の奇蹟と言われるほどに日本を発展・勃興させた明治時代の政治家と、今日の議会などを通して見る政治家とのどこに相違があるか。第一の相違は、情緒・精神の問題です。
至醇な熱烈な情緒・精神というものを、今どきの政治家は持ち合わさない。持っている人が誠に少ない。これがたくさん出てくれれば、世の中は問題ないのです。必ず良くなるのです。
左内(橋本左内)一五歳(註)の時の彼の感想から思いついて申しますと、たとえば明治時代の政治家・大臣などは、ひとたび天下国家の事になると、よく泣いた。今は天下国家のために泣く、人民のために泣くなどという政治家は少なくなりました。
日露戦争の頃、桂首相の秘書官であった中島久万吉(くまきち)翁の話に、当時、なにしろ皆、興奮して何かというと激論が多かった際に、桂さんや小村さん(寿太郎。外相)が抱き合って泣いている光景をよく見かけることがあった。いま国事を憂えて抱き合って泣く政治家がいましょうか。
*
註・橋本左内=吉田松陰と並び称された幕末の志士。
『 この橋本左内、十三、四のころ、お父さんから、いろいろ経書や史書を教えられたが、どうも性質がよく伸びず、ぐうたらで、これでは、とうてい学問も進歩するあてもないように考えられて、毎晩、寝床の中で泣いた。
親から、教えを受け、勉強して、どうも俺は人間がだめで、とてもこれじゃ偉くなれそうもない。学問が進歩しそうもないと考えて、毎晩布団をひっかぶって泣いたという、これが大事なところです。
この情緒、感動を持たねばならないのです。この精神があるかないかで人間が決まるのです。この情緒を、年とともに、何になっても変わらず、それ相応に持ち続ける人が本当に偉いのです 』
安岡正篤・人間学講話「運命を開く」同書より
安岡正篤(1898~1958)
東洋政治哲学・人物学の権威。東洋思想の研究と更新の育成に従事。戦後、昭和24年に師友会を設立、政財界リーダーの啓発教化につとめ歴代首相より諮問を受ける。
朝夕涼しくなって、伸びた枝を高枝バサミで切り落とし、湖子庵の庭もすっきりし庵からの眺めも良くなりました。
さそっく、小さな訪問者があらわれ、チッチと囀っています。
シジュウカラのつがいです。
こちとらは、四十からでなく、もう七十からの、この年になって いろいろ勉強させられましたよ。
北京のオリンピックで、メダルとった人、惜しくもとれなかった人、明暗分かれても勝負に打ち込んだアスリート達の尊い言葉の数々から教えられることども多かったのです。
一方、勝負を投げ出した首相の突然の辞任で、こちらも反面教師として学ぶこと多かりし。 です。
このタイミングでの辞任は、今、批判が多くても(自分を客観的に見れる?)首相としてはベストな決断と自認して「あんたと違う」と憤りの感情が出てしまいました。
おそらく、今批判の矢面に立っても、歴史が評価してくれるとの自任からでしょうか。
歴史の評価どころか、歴史からも忘れ去られることでありましょう。
今年の流行語大賞に、揶揄をこめてその言葉をとどめるのがオチです。
ここ二代の首相は、精神面で、立派な師にめぐり逢うことが無かったのでしょうか。
かっての歴代の首相は、有事に際して参禅したり、儒学、哲学の立派な師を尋ねたりして、精神面の強化をはかったと聞いています。
首相ならずとも、一般人も長い人生において行き詰まりや、壁にぶち当たるのは世の常であります。
しかし、あきらめず乗り越える努力をする気概は持ち合わせなければなりません。
「火事場の馬鹿力」と言うか、危機に臨んでは不思議な力も出るというものです。
*
パラリンピックも、障害を持つ人が勝負にでる。スポーツの世界も人生の師としてみるならば、学ぶ事は多い。
本人の実力を よりよく伸ばしてくれる監督、コーチの存在は欠かせない。
その気になれば、周りは「師」として学ぶ事は多い。
どんな道も、先達や、師に学ぶ謙虚さからはじまる。
親や、身内の秘書だけやったぐらいでは、政治家になれない。
商人の後継者も「他人の飯を食わせに出して」育てる。
政治家として、修練の未熟な総理に続けて行き当たった国民は運が悪いとしか言いようが無い。
今夜九時半、突然の記者会見で福田首相は辞任表明。
惣菜は、日替わりで好いが、総裁(自民党)はちょくちょく替わって、政治はどうなるの。
昨年の安倍総理は突然病気と言うことで降りられたが、今度の福田総理も突然お辞めになる。
二度ある事は、三度ある。次の首相になる方も途中で投げ出すかもしれないよ。
九月一日は、防災の日。
四月一日は、四月馬鹿(エプリルフール)。
突然ですが、お父さんが、父親業を辞めます。明日からはお母さんが父親役をやってください。或いは、新しいお父さんが替わってやってきます。
子供はどうすれば良いのでしょう。家庭崩壊ですよね。
オリンピックで、リレーはメダルを取りましたが、政治はバトンがうまく渡せないで、世界の国々から、日本はまたまた低く見られますよ。