国際情勢の分析と予測

地政学・歴史・地理・経済などの切り口から国際情勢を分析・予測。シャンティ・フーラによる記事の引用・転載は禁止。

ミアシャイマーとウォルトのイスラエルロビー批判論文の日本語訳part7

2006年05月08日 | イスラエルロビー批判論文の日本語訳

      )シリアを付け狙う

2003年4月にイラク政府が崩壊すると、シャロン首相とその副官たちは米国政府に対してシリア政府を標的にするよう催促し始めた。4月16日にはシャロン首相はイエディオット・アハロノット紙(訳者注:イスラエル最大の発行部数のヘブライ語新聞)との会見で、米国に対してシリアに「非常に強い」圧力をかけるように呼びかけている。その一方で、彼の政権の国防大臣であったシャウル・モファズマアリヴの会見で「我々にはシリアに要求する問題の長い一覧表があり、それは米国人を通じて実行されるのが適切だ。」と語った。エフライム=ハレヴィはワシントン近東研究所で聴衆に向かって「今や、米国にとってシリアに乱暴するのが重要だ」と語った。そして、ワシントンポスト紙は、イスラエルはシリアの大統領であるバッシャール=アサドの行動についての情報報告を米国に与えることで、シリアへの反対運動に「火を注いで」いると報道した。

イスラエル系圧力団体の重要な構成員も同じ主張を行った。ウォルフウィッツは「シリアでの政権転換は必ず行われねばならない」と宣言し、リチャード=パールは記者に「次はお前だ」という「二つの単語からなる短いメッセージ」が他の敵対政権に届くだろうと述べた。4月始めには、ワシントン近東研究所は超党派の報告書を発表し、その中でシリアは「サダム様な無謀で無責任で傲慢な行動を続けるならば、彼と同じ運命を辿ることになるというメッセージを無視すべきでない」と主張した。4月15日にはヨッシー・ クライン=ハレヴィ(訳者注:ニューリパブリック誌特派員、エルサレムのシンクタンクであるシャレム・センターのシニアフェローはロサンゼルスタイムズ紙に「次はシリアに一層圧迫を加えよう」と題する記事を書き、次の日にはZev Chafets(訳者注:エルサレムポスト紙の特別寄稿者)はニューヨークデイリーニュース紙に「テロと親密なシリアにも変化が必要だ」と題する記事を書いた。ローレンス=カプラン(訳者注:ニュー・リパブリック誌主席編集者)も引けを取らず、ニューリパブリック誌に4月21日に「シリアのアサド大統領は米国にとって深刻な脅威だ」と書いた。

国会議事堂では、下院議員のエリオット=エンジェルが「シリアの実施責任とレバノンの主権回復法」を再提出した。それは、シリアがレバノンから撤退せず、大量破壊兵器保有を諦めず、テロを支援するのを止めない場合は制裁を科すと脅す内容であった。そして、シリアとレバノンに対して、イスラエルと和解するための具体的な方法を採ることを呼びかけていた。この立法はイスラエル系圧力団体、特にアメリカ・イスラエル公共問題委員会の強い支持を受けていた。そして、Jewish Telegraph Agency(訳者注:イスラエルの通信社)によれば、「議会の中のイスラエルの最高の友人たちによって組み立てられて」いた。ブッシュ政権はこれに対し殆ど熱中しなかったが、反シリア法案は圧倒的多数(下院では398対4、上院では89対4)で可決され、ブッシュ大統領が2003年12月12日に署名して法が成立した。

ブッシュ政権自体はシリアを標的にすることの賢明さについて未だに意見が内部で分かれていた。新保守主義者たちはシリア政府に因縁を付けることを渇望していたが、CIAや国務省はこの考えに反対であった。そしてこの新しい法案に署名した後でさえ、ブッシュ大統領はその執行は慎重に行うと強調した。彼のためらいは理解できる。第一に、シリア政府は9/11以後アル・カイーダに関する重要な情報を提供し続けていただけでなく、米国に対してペルシャ湾地域でのテロリストの攻撃計画を米国政府に通報し、9/11のハイジャック犯の一部を採用した疑惑のあるモハメッド=ザマーをCIAの調査官に面接させた。アサド大統領の政権を標的にすることはこれらの貴重な関係を台無しにして、その結果広義の対テロ戦争を損なうものであった。

第二に、シリアはイラク戦争の前は米国政府と不和状態ではなかった(シリアは国連決議第1441号に賛成さえした)し、シリア自体が米国にとって何ら脅威ではなかった。シリアに厳しい処置をとることで、アラブ国家を殴り倒すことへの飽くことのない欲望を持ったいじめっ子と米国が受け取られてしまう。第三に、シリアを敵の一覧表にのせることはイラクで問題を作り出すことへの強い動機をシリア政府に与えることになる。たとえ仮に圧力をかけることを求めていたとしても、まずはイラクでの仕事を終えることが良識というものだ。しかし、議会はシリア政府に焼きを入れることを主張し続けた。それは、主にイスラエル当局者やアメリカ・イスラエル公共問題委員会の様な集団からの圧力への反応であった。もしイスラエル系圧力団体が存在しなかったならば、シリア実施責任法は存在せず、米国のシリア政府に対する政策はもっと米国の国益に合致したものになっていただろう。

      )イランに照準を合わせる

イスラエル人はあらゆる脅威を最も硬直した言葉で表現するが、イランは彼らにとって最も危険な敵であると広く認識されている。それは、核兵器を持つ可能性が最も高いためである。ほぼ全てのイスラエル人は、核兵器を持った中東のイスラム教国は自分達の生存への脅威であると認識する。「イラクは問題だ・・・しかし、もしあなたが私に質問するのならば、あなたは今日イランはイラクより更に危険であると言うことを理解すべきだ。」と国防大臣のベンジャミンベンーエリゼールはイラク戦争の一ヶ月前に述べた。

シャロンは2002年11月に、タイムズ紙の記者会談で米国に対してイランと対決するよう働きかけ始めた。イランを「世界のテロの中心であり、核兵器を保有しようとしている」と述べ、ブッシュ政権はイラクに勝利した後にイランを強奪するべきであると宣言した。2003年4月末、ワシントン駐在のイスラエル外交官はイランの政権交代を求めているとハアレツ紙は報道した。サダム政権の転覆は不十分であり、米国はゴルフのスイングを振り切らねばならない、我々はシリアとイランからの大きな脅威を未だに受けている、と彼は言った。

新保守主義者達もまた、テヘランの政権転覆への主張を直ちに始めた。5月6日国策研究会(AEI)は共にイスラエルを支持する民主主義防衛基金とハドソン研究所と共同でイランについての一日がかりの会議を後援した。演者は皆強硬な親イスラエル派であり、多くは米国に対してイランの政権を転覆して民主主義にするよう求めた。いつもどおり、有力な新保守主義者達の論説の一団がイランを狙うことを主張していた。ウィリアム=クリストルは5月12日にウィークリースタンダード誌に「イラクの解放は中東の未来に向けての最初の大戦争であった。しかし、次の大戦争は—我々は軍隊による戦闘を望まないが-イランに対するものになるだろう。」と書いた。

米国政府はイスラエル系圧力団体の働きかけに対して、イランの核計画を停止させる為に余分に働くことで答えた。しかし、米国は殆ど成功せず、イランは核兵器を製造する決断を行っている様であった。結果として、イスラエル系圧力団体は圧力を増大させた。論説記事やその他の記事は現在、核武装したイランによる差し迫った危険を警告し、「テロリスト」体制へのあらゆる譲歩を戒め、外交交渉が失敗した場合の予防的行動を暗に示唆している。イスラエル系圧力団体は米国議会に対して、現在の制裁を拡張する法律であるイラン自由支援法案を成立させるよう働きかけている。イスラエルの当局者は、もしイランが核の道を進み続けるならば先制攻撃を行う可能性があるとも警告し、一部意図的に米国政府の注意をこの問題に引きつける為に脅迫している。

米国自身にイランの核武装を防ぎたいという理由があるのだから、イスラエルとイスラエル系圧力団体は対イラン政策への大きな影響力を持たないという議論もあるだろう。そこには幾ばくかの真実が含まれている。しかし、イランの核武装は米国への直接的脅威にはならない。米国が核武装したソ連や核武装した中国、更には核武装した北朝鮮とすら共存できたのであれば、米国は核武装したイランとも共存できる。そして、これこそがイスラエル系圧力団体がイラン政府と対決するように政治家に圧力を加え続けねばならない理由である。イスラエル系圧力団体が存在しないならば、イランと米国は同盟国になることはまずありえないが、米国の政策はより穏和なものとなり、予防的戦争は重要な選択枝にはならないであろう。

      )まとめ

イスラエルと米国のイスラエル支持者がイスラエルの安全に関する全てのあらゆる脅威に対処するように求めるのは驚きではない。米国の政策を方向付けるための彼らの努力が成功するならば、イスラエルの敵は弱体化するかあるいは転覆させられ、イスラエルはパレスチナ人を自由裁量で取り扱う事が出来、米国は戦闘と戦死者と再建と支出の大部分を引き受けることになる。しかし、もし米国が中東の体制転換に失敗して、ますます先鋭化するアラブとイスラム世界との争いに巻き込まれたとしても、イスラエルは結局世界唯一の超大国に保護されることになる。これはイスラエル系圧力団体の視点からは申し分のない結果とは言えないが、米国政府がイスラエルと距離を置く政策、あるいは米国がその影響力を用いてイスラエルにパレスチナと和平を結ぶように強制する政策よりも好ましい事は明らかである。

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