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国際情勢の分析と予測

地政学・歴史・地理・経済などの切り口から国際情勢を分析・予測。シャンティ・フーラによる記事の引用・転載は禁止。

衛藤征士郎衆院副議長ら、日朝国交正常化推進議員連盟の北朝鮮訪問計画が示すもの

2011年11月08日 | 韓国・北朝鮮
●衛藤衆院副議長が訪朝計画、家族会は反対声明 (2011年11月3日08時56分 読売新聞)

衛藤征士郎衆院副議長は2日夜、都内で記者団に、自らが会長を務める超党派の「日朝国交正常化推進議員連盟」が北朝鮮訪問を計画していることを明らかにした。

 北朝鮮政府の招待があれば、今月8日にも訪朝するという。

 衛藤氏は「国交正常化を一歩でも二歩でも前進させたい。二元外交にならないようにする」としており、野田首相にも既にこうした考えを伝えたという。

 これに対し、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会と支援組織「救う会」は2日、訪朝計画に反対する緊急声明を同会全国協議会のホームページに掲載した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111103-OYT1T00163.htm




●衛藤衆院副議長:訪朝を延期 民主許可せず、国会閉会後調整  毎日新聞 2011年11月5日 東京朝刊

 超党派の国会議員で作る「日朝国交正常化推進議員連盟」の会長を務める衛藤征士郎衆院副議長は4日、今月計画していた議連有志の北朝鮮訪問を延期する方針を決めた。衛藤氏が同日夜、毎日新聞の取材に答えた。9日から北朝鮮を訪問する予定だったが、民主党が4日、参加を許可しない方針を決定。「迷惑をかけないよう、超党派でさわやかに行きたい」(衛藤氏)として、延期を決めたという。

 衛藤氏によると議連有志は、停滞している正常化への歯車を動かすため訪朝を計画。与野党議員に参加を呼びかけた。日本を8日に出発し、中国を経由して9日に北朝鮮入りし、12日まで北朝鮮に滞在する予定だった。北朝鮮側からの招待状は4日に届いており、要人との会談の可能性もあったとしている。

 しかし、核、ミサイル、拉致の問題で進展がない中での訪朝に、政府・民主党内から反発が噴出。玄葉光一郎外相は4日の記者会見で、衛藤氏に渡航自粛を要請したことを明らかにした。民主党の樽床伸二幹事長代行も同日の記者会見で11年度第3次補正予算案の審議日程と重なるとして「(民主)党から人を出すことを了承するのは難しい」と述べた。

 このため衛藤氏らは、国会閉会中に訪朝する方向で再調整することを決め、4日に北朝鮮側に伝えた。【西田進一郎】
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111105ddm002010112000c.html




●日朝国交正常化推進議員連盟 - Wikipedia

日朝国交正常化推進議員連盟(にっちょうこっこうせいじょうかすいしんぎいんれんめい)は、自民党の山崎拓と公明党の東順治、民主党の川上義博らが中心となって北朝鮮との交流を重視する議員を集めた超党派の議員連盟。2008年(平成20年)5月22日に設立総会を開き結成された。

概要 [編集]北朝鮮の核、ミサイル、拉致問題といった諸問題を解決するためには、日朝平壌宣言に基づき交渉を進めるべきとして、政府に働きかける一方、議連として訪朝するなどして、日朝国交正常化の早期実現を目指す。

当初100名近い参加者を予定していたが、国民世論の反発によって参加を渋る代議士・議員も増え、実質的に70名余りの参加者に留まった。しかし、参加・表明こそしていないがこの考えに近い代議士、議員、元議員もいる。

参加議員 [編集]会長

山崎拓(自民党、前衆院議員、元副総裁、党幹事長、元防衛庁長官、元建設大臣)
顧問

加藤紘一(自民党、衆院議員、元党幹事長、元防衛庁長官、元内閣官房長官)
菅直人(民主党、衆院議員、総理大臣、党代表、元厚生大臣)
東順治(公明党、衆院議員、党副代表)
福島瑞穂(社民党、参院議員、党首)
亀井静香(国民新党、衆院議員、党代表代行、元運輸大臣、元建設大臣)
筆頭副会長

岩國哲人(民主党、前衆院議員、元出雲市長)
副会長

衛藤征士郎(自民党、衆院議員、元防衛庁長官、元外務副大臣)
遠藤乙彦(公明党、衆院議員、元財務副大臣)
笠井亮(共産党、衆院議員)
又市征治(社民党、参院議員、副党首)
自見庄三郎(国民新党、参院議員、党副代表、元郵政大臣)
事務局長

川上義博(民主党、参院議員、元自民党亀井派所属で郵政造反組)
幹事

中谷元(自民党、衆院議員、元防衛庁長官、元加藤紘一 秘書)
土肥隆一(民主党、衆院議員、日本基督教団所属の牧師)
山下芳生(共産党、参院議員)
山内徳信(社民党、参院議員、元沖縄県読谷村長)
会計監査

田野瀬良太郎(自民党、衆院議員、元財務副大臣)
役員

安次富修 (自民党、衆議院議員)
石田真敏 (自民党、衆議院議員)
石原伸晃 (自民党、衆議院議員、元国土交通大臣、元行政改革担当規制改革担当大臣)
大野功統 (自民党、衆議院議員、元防衛庁長官)
大前繁雄 (自民党、衆議院議員)
委員

菅野哲雄 (社民党、衆議院議員)
木村義雄 (自民党、衆議院議員)
小杉隆 (自民党、衆議院議員、前日本野鳥の会会長、次期総選挙に不出馬を表明している)
坂本哲志 (自民党、衆議院議員)
重野安正 (社民党、衆議院議員、党幹事長)
鈴木克昌 (民主党、衆議院議員)
平将明 (自民党、衆議院議員)
武田良太 (自民党、衆議院議員、元亀井静香 秘書、郵政造反組)
冨岡勉 (自民党、衆議院議員、国境なき医師団に参加する医師でもある)
中川正春 (民主党、衆議院議員)
並木正芳 (自民党、衆議院議員)
野田毅 (自民党、衆議院議員、日中協会会長、元保守党党首)
馳浩 (自民党、衆議院議員、元プロレスラー)
鉢呂吉雄 (民主党、衆議院議員、日本教職員組合を支持基盤に持つ)
林幹雄 (自民党、衆議院議員、元国家公安委員長、元内閣府特命担当大臣)
日森文尋 (社民党、衆議院議員)
平岡秀夫 (民主党、衆議院議員、弁護士)
平沢勝栄 (自民党、衆議院議員、元内閣府副大臣)
船田元 (自民党、前衆議院議員、元経済企画庁長官)
茂木敏充 (自民党、衆議院議員、元内閣府特命担当大臣、元外務副大臣)
森山裕 (自民党、衆議院議員、元財務副大臣、中国長沙市栄誉市民)
保岡興治 (自民党、衆議院議員、元法務大臣、弁護士)
渡辺具能 (自民党、衆議院議員、元国土交通副大臣)
井上哲士 (共産党、参議院議員)
加賀谷健 (民主党、参議院議員)
神本美恵子 (民主党、参議院議員、日教組を支持基盤に持つ)
谷博之 (民主党、参議院議員)
遠山清彦 (公明党、元参議院議員)
外山斎 (民主党、参議院議員)
浜田昌良 (公明党、参議院議員)
藤末健三 (民主党、参議院議員、立正佼成会を支持基盤に持つ)
藤谷光信 (民主党、参議院議員、浄土真宗本願寺派僧侶)
松岡徹 (民主党、参議院議員、解放同盟中央書記長)
峰崎直樹 (民主党、参議院議員)
山下栄一 (公明党、参議院議員)
山下八洲夫 (民主党、参議院議員)
吉村剛太郎 (国民新党、参議院議員、元国土交通副大臣)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%9D%E5%9B%BD%E4%BA%A4%E6%AD%A3%E5%B8%B8%E5%8C%96%E6%8E%A8%E9%80%B2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E9%80%A3%E7%9B%9F





●自由民主党朝鮮半島問題小委員会 - Wikipedia

自由民主党朝鮮半島問題小委員会(じゆうみんしゅとうちょうせんはんとうもんだいしょういいんかい)は自由民主党政務調査会の外交調査会のもとの小委員会。「政府の対北朝鮮外交をバックアップする」ために2007年12月に結成された。
委員長 衛藤征士郎 - 衆議院大分2区
最高顧問 山崎拓 - 衆議院福岡2区
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%B0%8F%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A




●衛藤征士郎 - Wikipedia
来歴  大分県玖珠郡玖珠町出身。29歳で大分県玖珠町長に当時史上最年少で当選を果たし注目を集める。1977年に参議院議員に初当選し、大平正芳に師事して宏池会(大平派)に所属する。1998年、河野洋平を中心とする大勇会(河野グループ)旗揚げに参加した。中央省庁再編後の第2次森改造内閣では外務副大臣に就任し台湾の李登輝訪日を実現したが、外務大臣だった河野洋平が李へのビザ発給に難色を示したことに抗議し、大勇会を離脱した。その後清和政策研究会(森派)に所属し顧問を務める。

2007年12月、北朝鮮との関係を検証するため自民党政務調査会外交調査会に、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、委員長に就任した。

最近では清和政策研究会における親福田康夫派議員の筆頭格として知られる。福田親衛隊を自認し、テレビ番組などで安倍晋三支持の山本一太らと討論する姿も見られた。2006年自由民主党総裁選挙では派閥内にて福田擁立の中心的存在であったが、福田は不出馬。2007年自由民主党総裁選挙ではいち早く福田擁立を表明し、福田康夫内閣の実現に動いた。

2008年自由民主党総裁選挙では、清和政策研究会に所属する小池百合子の推薦人代表を務めた。

2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬。公明党の推薦も受ける。小選挙区では落選も比例区で復活当選[2]。

同年9月16日に開会された臨時国会にて衆議院副議長に就任。自民党からは鯨岡兵輔以来16年ぶりの就任となった。 2011年5月4日、衆議院副議長として、台湾訪問を果たす。衆参両院の正副議長の台湾訪問は、1972年の日中共同声明が調印されてから、初めてのことである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9B%E8%97%A4%E5%BE%81%E5%A3%AB%E9%83%8E





●山拓 - Wikipedia
山 拓(やまさき たく、1936年(昭和11年)12月11日 ‐ )は、日本の政治家。自由民主党総合政策研究所所長、近未来政治研究会会長。本名は山 拓(やまさき ひらく[1][2])。自身のウェブサイトおよび報道等では山崎 拓(やまさき たく)と表記される。

福岡県議会議員(1期)、衆議院議員(12期)、内閣官房副長官、防衛庁長官(第47代)、建設大臣(第57代)、自由民主党政務調査会長、自由民主党幹事長などを歴任した。

経歴 [編集] 出生から政治家になるまで [編集]満鉄調査部員であり後に相模女子大学学長を務める山崎進の子として、関東州大連市(現在は中華人民共和国の大連市)で生まれる。たまたま、同じ日に母方の祖父の山口慶八が、福岡県三池郡開村(現在のみやま市の一部)で炭鉱開発に成功したため、父親に生まれてきた子の名を「開」とするよう電報を打った。父親は開拓の「拓」の字を名付け、読み仮名を炭鉱開発と満州開拓を掛けて「ひらく」とした[1][2]。父方の祖父の山崎和三郎は、飯塚炭鉱を経営し、玄洋社の幹部であった。

第二次世界大戦の終戦後に帰国し、福岡県福岡市で育つ。小学校3年生の時に、片目を失明し、隻眼となる。福岡教育大学附属福岡中学校、福岡県立修猷館高等学校、早稲田大学商学部卒業。付属福岡中学校の後輩に、中選挙区時代同選挙区で「拓・誠戦争」を争った太田誠一。なお、朝日ジャーナル編集長、朝日新聞編集委員などを務めた伊藤正孝とは、中学・高校・大学での同期で親友であった。学位は商学士(早稲田大学)。大学卒業後は、大手タイヤメーカーのブリヂストンで、5年間のサラリーマン生活を送る。

政治家としての経歴 [編集]1967年に福岡県議会議員に当選。当時から演説では並はずれた弁舌で聴衆を引きつけ、大いに期待される存在であった。この頃に中曽根康弘に見出され、1969年の総選挙に無所属で出馬するも落選。浪人生活[3]を経て、1972年に衆議院に初当選。同年輩の自民党議員の中では数少ない、非世襲の叩き上げで、防衛族として頭角を現していった。防衛庁長官、建設大臣を歴任する。

1985年、中曽根首相がドイツのボン・サミットに出席した際、山崎は官房副長官として同行。中曽根はレーガン米大統領・ゴルバチョフソ連書記長・サッチャー英首相・ミッテラン仏大統領・コール西独首相と個別に首脳会談を行った。この時、山崎は会談内容を全て記録した上で編集し、同行記者団に発表する重責をこなした。なお、ブリーフィングする際には、外務官僚の手を借りずに自分で行い、中曽根の意図を汲み取って国際世論をリードする内容にすることを心掛けていた。

1990年ごろから、旧経世会主導の自民党の政治運営を批判し、小泉純一郎、加藤紘一とともに、YKKを結成して活動していた。1995年に、橋本龍太郎自民党総裁の下で自民党政調会長に就任。1998年に、旧渡辺派から独立し、近未来政治研究会(山崎派)を結成。

1999年、自民党総裁選に出馬し首相の座を狙う。総裁に選出されなかったものの小渕恵三、加藤紘一に次ぐ51票を集め3位であった。これ以降、自民党総裁の有力候補として注目される。

2000年に森内閣の加藤の乱で倒閣に失敗し、加藤とともに政治生命の危機とも言われた。しかし、自民党主流派による山崎派への猛烈な切り崩し工作に遭ったにも関わらず、山崎派内の議員で山崎を裏切る者は殆どいなかった。このことから、多くの脱落者を出して派閥分裂を招いた加藤と比較して、山崎の人望や求心力は党内からも高く評価され、翌年以降の復権につながっていった。

2001年、YKKの盟友である小泉純一郎政権が成立すると、自民党幹事長に抜擢される。小泉からは貴重な理解者として厚い信頼を寄せられ、党内基盤が弱い小泉を抵抗勢力から守る役割を担い、外交経験の乏しい小泉の貴重な補佐役としても活躍した。小泉とジョージ・ブッシュ米大統領による日米首脳会談の地ならしを行い、東南アジアや中東諸国を歴訪するなどして奔走。アーミテージ米国務副長官や盧武鉉韓国大統領とも会談している。また、アメリカ同時多発テロ事件の際には、与党3党米国テロ事件緊急対策協議会の座長として自衛隊法改正について協議する等、外交・安全保障政策の分野でも活躍した。

こうした働きぶりで再び総裁候補に目されるようになったが、2003年9月、幹事長を事実上解任され副総裁に棚上げされる。同年11月の衆議院選では落選、31年間保持していた衆議院議員の席を失い、副総裁も辞職。2004年、小泉に乞われる形で民間人の首相補佐官に就任。2005年の衆院補選に当選[4]して議席回復し、同年の郵政民営化法案を審議する特別委員会理事として小泉の郵政民営化に尽力していたが、郵政解散の頃から小泉とは距離を置くようになる。これ以降は、アジアとの関係をより重視する加藤紘一や福田康夫、古賀誠と連携を密にする。2006年に政権に就いた安倍晋三とは、対北朝鮮政策を巡って度々対立。安倍の圧力に傾倒した外交姿勢では、日本の孤立化を招き、国益を損ねるとして批判した。

2007年1月、北朝鮮を電撃的に訪問し、行き詰まった北朝鮮の核問題や拉致問題の状況打開を図る。平壌で北朝鮮の宋日昊・日朝国交正常化交渉担当大使と会談。北朝鮮の核放棄や拉致被害者の日本帰国を迫ったが、実現には至らなかった。

2007年、安倍政権が崩壊すると、ポスト安倍に福田康夫を支持した。福田政権が成立すると、外交調査会長に就任、引き続き外交や安全保障政策を中心に活動を行う。次いで麻生政権においても再任された。自民党が大敗した2009年の衆議院選で、再び落選する。しかし、議席の有無に関係なく、山崎派会長職を派閥結成以来一貫して任されている。

2010年夏の参院選に比例区からの立候補を目指していたが、自民党の定年制度により公認されなかった。2010年3月頃には、国民新党代表亀井静香に同党入党を前提とした内閣参与入りを要請されたが、即時拒否している[5]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E6%8B%93




●前原外相と北朝鮮の気になる関係 訪朝で「よど号」実行犯と接触 - 政治・社会 - ZAKZAK  2011.02.21

 前原誠司外相(48)と北朝鮮の気になる関係が、21日の衆院予算委員会で取り上げられた。国会会期中に訪朝し、日航機「よど号」乗っ取り事件の実行犯と会っていた事実。また、前原氏の講演録に、元北朝鮮工作員や総連幹部と接点があると書かれていることも暴露された。

 これまで、前原氏は1992年(京都府議時代)と99年(衆院議員時代)、2回の訪朝歴を認めている。

 自民党の稲田朋美議員は99年の訪朝時、国会が国旗・国歌法案などで紛糾していたことや、前原氏が直前に「日朝間の経済交流を進めるべき」などと発言していたことを指摘し、「訪朝目的は」「よど号犯との面会を事前にセットしていたのか」「(北朝鮮に工場を持っていた)企業の顧問としてビザを申請し、その名刺を配ったのでは?」などと追及した。

 前原氏は「私は外交安保が専門。北の事情を知るいい機会だと思った」「国会に請暇願を出して堂々と行っている」「(よど号犯とは)高麗ホテルの玄関で偶然お会いした。写真も一緒に撮った」などと答えたが、ビザと名刺の件は「調べて答弁する」とした。

 稲田氏は「前原氏の対北朝鮮観には違和感を覚える」といい、2003年3月の労組系雑誌に掲載された、前原氏の講演録の一部を読み上げた。

 「新宿で商売をされている元工作員の方、あるいは総連幹部で財務局長までやった人。私の国会での質問のネタは基本的に在日の方から聞いている」

 ぜひ、前原氏の答弁を聞きたかったが、中井洽予算委員長は「これで質問を終わります」と打ち切った。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110221/plt1102211625006-n1.htm




●前原氏「訪朝記念写真」考 博士の独り言
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-4183.html





【私のコメント】

衛藤征士郎衆院副議長らの日朝国交正常化推進議員連盟の11月9日からの北朝鮮訪問計画は延期になったが、国会閉会中の再訪問が計画されている。この日朝国交正常化推進議員連盟のメンバーは興味深い。衛藤征士郎、山崎拓などの保守派議員が中心となっているが、川上義博、福島瑞穂などの左翼系議員も名を連ねている。外国人参政権問題などで激しく対立する両勢力が一緒になっているのは異様だ。

川上義博議員は北朝鮮を2005年12月、2007年3月の2度にわたって訪れており、北朝鮮への経済制裁にも反対している。山崎拓も2007年1月に北朝鮮を電撃訪問している。日朝国交正常化推進議員連盟には加盟していないが親米派で外交と国防を得意分野とする前原誠司元外務大臣も、1992年(京都府議時代)と99年(衆院議員時代)の2回の訪朝歴がある。更に、かつて自民党の陰の支配者であった金丸信は、1990年、日本社会党のつてを頼り田辺誠らと訪朝団を編成、団長として北朝鮮を訪問している。金丸と金日成が、日本語を用いて差しで対談を行ったとされる。

このように、保守派と左翼の両方の政治家たちが挙って用もなく北朝鮮を訪問しているのは常識的に考えれば不可解なことだ。日本人拉致問題が存在することを考えれば、保守派の政治家たちの行動は狂気としか思えない。この謎を合理的に説明するのは、私が以前から述べている「北朝鮮=帝国陸軍亡命政権」説以外にありえない。

かつて江田島孔明氏は「日本政府はビシー政権であり、北朝鮮こそドゴールである」と述べた。北朝鮮は満州の残滓であり、帝国陸軍と大日本帝国の正義を継承した日本の亡命政権なのだ。そして、38度線の向こう側の米軍との間で大東亜戦争を戦い続けているのだ。保守派と左翼の政治家が頻繁に北朝鮮を訪問しているのは、亡命政権との連絡が目的であると思われる。そして、バブル後の北朝鮮系金融機関の不良債権への公的資金投入による救済や日本の政治家の訪朝時の支援などを通じて北朝鮮は日本からの資金で生きながらえてきたのだ。

米国はもはや軍事力を維持することが困難になり、ユーラシア大陸から撤退して北米に引きこもろうとしている。米国を支配してきた国際金融資本はもはや滅亡が近づいている。米軍が日本から撤退した時、日本の正義が回復され、江沢民や金正日などの帝国陸軍と縁の深い指導者たちが一斉に大日本帝国の正義を賞賛し始めることだろう。日本が対中戦争に踏み切ったのは、中国国民党と中国共産党がともに共産主義者の影響下にあったことが原因なのだ。同様に欧州では、ロシアを共産主義者のハザール系ユダヤ人から救い出そうとしたナチスドイツの正義と名誉が回復されることになる。ロシアと中国の共産主義を支援した国際金融資本こそが20世紀最悪の犯罪組織として糾弾されることになる。そして、米国と国際金融資本によって建国され、日本とドイツを批判することを指命としてきたイスラエルと韓国は国家の理念を否定されて滅亡することになる。








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22 コメント

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。。。 (。。。)
2011-11-09 00:05:14
オリンパスや大王製紙、真珠宮ビルなど、CIAが動いていると見られる事案が目立つ昨今ですが、これを見るに、ダメリカは衰退よりも逆襲というべき状況といえないでしょうか。

このあたり、どう見ますか?
返信する
Unknown (Unknown)
2011-11-09 00:14:22
日本の奥の院は、日本・北朝鮮・台湾枢軸(トライアングル)を目指しているのではないだろうか?
返信する
Unknown (Unknown)
2011-11-09 00:41:55
11月15日のサッカー(日朝戦)に合わせて訪朝するのでは?
返信する
Unknown (ふゆ)
2011-11-09 00:47:38
氏の仰る通り、日本が北朝鮮、ロシアと裏では緊密な関係であるとすれば

日本、北朝鮮、満州、ロシア

これらを繋ぐのはやはり、ツラン同盟ではないかと考えてしまいます
返信する
それと (Unknown)
2011-11-09 00:56:22
北朝鮮と台湾の関係は意外と深い。

元々、台湾は日朝貿易の迂回中継地の役割も担っていた(制裁中の今は分からないが)。

恐らく、北朝鮮の老幹部の中に、旧台北帝大出身者など、台湾と縁のある人脈が存在しているのだろう。

一方、台湾にも、戦前から居住している朝鮮半島出身者も結構居る。

台湾・北朝鮮双方に人脈がある衛藤氏が今回の訪朝団長であることに、深い意味を感じる。
返信する
Unknown (Unknown)
2011-11-09 20:01:28
TPP交渉の瀬戸際でミサイル発射か南進の指令を出しにいったのでしょう。

まさか北と国益が合致してしまうとはな。
返信する
微妙・・・ (Unknown)
2011-11-11 01:29:21
よくわからない理屈だなという気も・・・面白いですけれどw

元々日本の裏支配の一端を担っていた統一教会が、元々北朝鮮と密接な関係があったから、不思議じゃないでしょ。
韓国の滅亡が近づいてきた今、日本だけでなく中ロ米仏と皆、北朝鮮とお付き合いするようになっているようですし。

冷戦の後始末は北朝鮮がするのだと思います。
既に20世紀末からその準備が始まっていたと見てます。
金大中→ノムヒョン と左派親朝政権が韓国にできたのは、国際金融資本の差し金だと思いますし、
北朝鮮のスパイが公然と韓国国会の中にまで進出してきて、韓国の中はグズグズになっていると思います。
在韓米軍が撤退することで動きが出ると予想します。
返信する
。。。 (。。。)
2011-11-11 22:28:42
「役割を終えた組織は消滅する」

あの時は意見が対立したわけですが、清武VSナベツネ。。。

これはその前触れでしょうか。

TPP交渉参加表明の日にぶつけてくるとは。
あからさまなB層対策。

ヤレヤレ。
返信する
Unknown (1)
2011-11-13 16:14:02
中国バブルが崩壊してイスラエル・韓国が滅亡、合理性が無さ過ぎますな。
返信する
TPP (万里眼)
2011-11-14 10:17:50
中国の支配を嫌う北朝鮮のTPP参加もあるうる。
返信する

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