しかし、何も恐れることはなかった。今は堂々としているべきときだ。
「ご主人のことはもう良いではありませんか」と彼は言った。「印紙付きの用紙を買って戻って来られたのなら、私も無駄足を踏んだのではなかった、ということになります」
ヴァントラッソンは用紙を一枚だけでなく、二枚買ってきていた。酔っ払いの思考とはこのようなものである。粗悪なペンと泥水のようなインクが探し出して来られ、フォルチュナ氏は決まった様式に従い、証書の文言をしたためた。しかし、債権者の名前を記さねばならなかったのだが、自分の名前を書きたくなかったので、(ヴィクトール)シュパンの名前を記しておいた。シュパンはこのとき戸口でずぶ濡れで凍えそうになっており、自分にこのような役割が振り当てられているとは夢にも思わなかった。
「シュパン、てお名前なんですね」とおかみさんがその名前を記憶に刻みつけようと、繰り返した。「ヴィクトール・シュパンね!この人に会うことになるんですね……」
書面は作成され、ヴァントラッソンを起こして署名させなければならなかったが、彼はおとなしく署名し、妻もまた夫のものに添えて自分の署名をした。そこでフォルチュナ氏は口実として役に立ってくれた小切手を引き換えに手渡した。
「それでは、くれぐれも」と彼は帰るためにドアを開けながら、今一度念を押した。「毎月必ずなにがしか返金をお忘れなきよう……」
「あいよ、心配はいらないよ!」ヴァントラッソンのおかみさんは呻るように口の中で言った。
それは彼の耳に入らなかった。彼の横で一緒に歩き始めたシュパンもまた聞いてはいなかった。
「ああ、やっと出てきましたね、旦那、あんまり長いんで、賃貸契約でもしてるんじゃないかと思いやしたよ……今度来るときは小型コンロでも持って来なくちゃね……」
真実を追求することを固く心に誓った者は深いもの思いに囚われるものだが、今のフォルチュナ氏がまさにそれであった。彼の意識からは外界のことが一切消えていた。来るときは希望に胸を弾ませていてのに、帰途を辿る今は意気阻喪していた。暗闇も泥も、再び降り始めた雨も意に介せず、彼は道の真ん中を歩いていた。鉄格子の前で、シュパンは彼を立ち止まらせ、馬車が彼らを待っていることを思い出させねばならなかった。
「ああ、そうだったな……」と彼は答えた。
彼は馬車に乗り込んだが、明らかに上の空だった。帰る道すがら、彼はまるで容器に一杯詰まった液体が口からこぼれるように、独り言をつぶやいていた。そのうちの数語がシュパンの耳に入った。
「なんということだ……なんという! 七年間うまくやって来たというのに、こんなわけの分からんことは初めてだ……ああ、俺の四万フランの運命は大いに危ういな。確かに俺は、相続人たちがその存在すら知らなかった金を見つけてやったことがある。だが、いつもなにかしら手がかりがあったものだ……。ところが今度は何一つない。真っ暗闇で光は一筋も見えない。なにか分かりさえしたらなぁ! それにしても、名前も分からない人間をどうやって探したらいいんだ? ヨーロッパか? アメリカか? ああ頭が変になりそうだ。ド・シャルース伯爵の何百万て金は一体誰のところへ行くんだ!」
馬車がブルス広場でいきなり停まったので、フォルチュナ氏は現実に引き戻された。
「さぁ二十フラン渡すよ、ヴィクトール」と彼はシュパンに言った。「御者に払いを済ませるんだ。残りは取っといていいよ」
そう言って、彼は敏捷に地面に降り立った。彼の家の前に二人乗りの箱馬車が停まっており、二頭の高価な馬が繋がれていた。
「ド・ヴァロルセイ侯爵の馬車だ!」フォルチュナ氏は呟いた。「辛抱強く待っていてくれたんだな。俺を待って、というより俺の一万フランを待っていたんだ。それじゃ会うとしよう!」8.22