僕は彼女に手紙を託し、彼女はすぐにマルグリット嬢から返事を貰えると約束してくれました。あの邸では今夜お通夜のために皆起きているので、そっと数分間抜け出すことは簡単に出来る筈、と。それで、今夜十二時半の鐘が鳴ったら彼女が庭の小門のところまで出てきてくれ、僕がちゃんとその時間に行けば彼女からの返事が貰える筈です……」
フェライユール夫人はまだ何かあると思い、待っていたがパスカルが何も言わないので尋ねた。
「大変なことになった、とあなたは言ったわね。それはどういうことなの? ……私にはよく分からないのだけど……」
彼は脅すような身振りをした。それから沈んだ声で言った。
「大変なことというのは、僕が陥れられた卑劣な行為を別にして、マルグリットが一か月後に僕の妻になるということなのです。今や彼女は自由な身の上ですからね。自分の意志と心に従って行動することが出来るようになったので」
「なのにあなたは何を嘆いているの?」
「ああ、お母さん!……彼女を妻に迎えることなど出来ますか! 汚された名前を彼女に与えることなど考えられません!……もし僕がこの汚名を晴らすより前に、彼女への愛や僕たちの未来を口にしたとすれば、それは卑劣な行為のように思えるのです、犯罪よりももっと酷い……」
後悔、怒り、そして自分の無力さの自覚により彼は涙を流した。フェライユール夫人はその涙が自分の心に溶かした鉛のようにどろどろと入り込んでくるのを感じたが、彼女は気丈な態度を装った。
「であるからこそ」と彼女は冷静な口調で言った。「いまは一秒でも無駄にしてはなりません。あなたは名誉回復のために自分の持てるあらん限りの力を振り絞らなければならないのです」
「ああ! 復讐は果たしますとも……そうしてみせます……しかし彼女は、その間彼女はどうなるのでしょう? 考えてもみてください、お母さん、彼女はこの世に一人ぼっちで、味方もなく、見捨てられているのです! 正気を保ってなどいられませんよ!」
「その娘さんはあなたを愛している、とあなたは言ったわね。なら、何を心配することがあって? いまや彼女は押し付けられようとしていた執拗な求婚者を厄介払い出来たではありませんか。その、ド・ヴァロルセイ侯爵とかいう人を、そうでしょう?」
この名前を聞くとパスカルの頭に身体中の血が押し寄せた。
「ああ、あの卑怯者めが!」彼は叫んだ。「もし天に神がいるなら……」
「何ていうことを言うの!」とマダム・フェライユールは遮った。「神を冒涜してはなりません。既に神はあなたの側におられるではありませんか! 今、どっちがより苦しんでいると思うの? 自分の潔白で身を護っているあなたと、自分が無意味な犯罪を犯してしまったことを知った彼のどちらが?」11.30