彼の表現を借りれば、その女性はメッチャ綺麗でかなり背が高く、金髪だった。その美しい髪の白っぽい輝きと量の多さは驚くばかりだったという。彼以外の人間だったら、このような惨めな子供時代の思い出には苦々しい思いを抱いたであろうが、彼はタフな精神の持ち主だったので、笑い飛ばした。
「貧乏の極みだったのさ、諸君!」 この話をする段になると彼はこう言ったものだ。「極貧だよ」
しかしこの悲惨さは長くは続かなかった。その後すぐ彼は大変立派なアパルトマンに住むことになり救われたからだ。毎日、ムッシュ・ジャックと呼ばれているまだかなり若い男---彼はまだこの名前を覚えていた---がやって来て彼にお菓子や玩具を持ってきてくれた。その頃彼は四歳ぐらいだったようだ。この安楽な暮らしに入って一カ月経つか経たないかというある朝、見知らぬ男が訪ねて来て母親、あるいは母と名乗っていた女と長い間話をしていた。彼らが何の話をしていたか彼は全く分からなかったものの、何か怖い気持ちだったことを覚えている。やがて起きた出来事が彼の本能的な不安を裏付けることになった。その話し合いが終わると、彼の母は彼を膝の上に抱き上げ、迸るような愛情を込めて接吻し始めた。彼女は咽び泣きながら、抑えた声で繰り返し彼に言い聞かせた。
「ウィルキー、私の可愛い坊や、可哀想な子! もうお前にキスすることは二度と出来ないのよ……二度と! ああでも、こうするしかないのよ……神様、どうか私に勇気をお与えくださいまし!」
彼女が言ったのはこの通りの言葉で、そのことに彼は確信があった。彼女の絶望に満ちた別れの声は今も彼の耳に残っていた。それは本当の別れだった。その見知らぬ男は、彼が泣き叫んで必死にもがくのをものともせず、彼を連れていった。しかし彼が泣いて母親を求めたのも最初のうちだけだった。やがて少しずつ彼は母を忘れていった……。
その男は寄宿学校の主であった。彼はそこで不自由なく過ごした。きちんと世話をされ、他の生徒たちより大事にされていた。とりわけ何であれ厳しく躾けられることのないよう配慮がなされていたので、彼のそこでの日々の大半はテラスの上で遊ぶか、そこら中をぶらぶらして過ごすかであった。しかしこの素敵な生活も永遠には続かなかった。
彼の計算では十歳になった頃のことだったが、十月の末頃のある日曜日、黒い服をきちっと身に着けた厳めしい顔つきの男がやって来た。赤毛の長い頬髯をし、白いネクタイを締め、パターソンという名前のその男は、彼に更なる教育を受けさせるため高等学校に入学させるよう彼の親族に言われて来たのだと告げた。10.31