「まぁご親切に、本当に有難う! ああ、おかげさまで心配が吹き飛ばされましたわ。義理の兄が様子を知らせてくれたのよ……これは彼の筆跡よ……」
この後でドアが再び閉められた。マルグリット嬢は部屋の真ん中に立ち、顔は蒼白、額には汗がじっとり浮かんでいた。不安が彼女を駆り立て、あらん限りの力を振り絞って聞き耳を立てた。手紙の封を開ける音が聞こえた。内なる声があらゆる分別をしのぐ強さで彼女に語っていた。彼女の名誉、未来、そして命さえもこの手紙に掛かっているのだということを!
しかしこの不思議な虫の知らせが現実のものかどうか、どのようにして知ることが出来るだろうか? もし彼女が自分の自然な衝動に従ったなら、今すぐレオンの部屋に押し入り、有無を言わさず手紙をひったくったことであろう。しかし、そんなことをすれば騙されやすい娘を演じてきた自分の真の姿を暴露することになる。このことだけが彼女の唯一の武器であり、救いへの道であったのに。
マダム・レオンの姿を少しでも見ることができれば、彼女の表情や体の動きから何か有用なヒントを得ることが出来るかもしれないのに。しかし、鍵穴は向こう側から鍵が差し込まれたままになっていたので、それは出来なかった。途方に暮れたが、そのとき仕切り壁に亀裂があるのに彼女は気づいた。もしかして、このひび割れが壁の向こう側まで突き抜けていたら……。向こう側の様子を窺い知ることができるかもしれない。音を立てないようにそおっと爪先立ちで、息を殺し、彼女はその亀裂に近づき、屈みこんだ。そして見た。
マダム・レオンは手紙の中味を早く知りたくて堪らなかったのか、ベッドに戻らず、いそいで封蝋を破り捨て、シャツ姿で素足のまま、壁の亀裂のちょうど前の床の上に立って読んでいた……。彼女は一行一行、一語一語読んでいったが、眉の顰め具合、唇の歪み具合からして真剣に読み取ろうとしながらも、ある程度の不満が見て取れた。
ついに、彼女は肩をすくめ、二言三言呟いたがそれは隔壁のために聞き取れなかった。やがて手紙を開いた状態のまま、みすぼらしい化粧箪笥の上に置くと服を着替え始めた。椅子二脚とベッドを除けば、それがこの部屋の家具のすべてであった。
「ああ、どうか……」とマルグリット嬢は祈る思いだった。「彼女が手紙を置き忘れてくれますように……」
マダム・レオンは忘れなかった。
身支度をすっかり整えると、彼女はもう一度手紙を読み返した。それから大事そうに化粧箪笥の二番目の引き出しにそれをしまい、鍵を二重に掛けた後、ポケットに鍵を入れた。
「それでは何が書いてあったか、分からないのね」 とマルグリット嬢は思った。「分からない! そんなことがあってたまるものですか。どうしても知らなければ。何とかしてみせるわ!」6.27