エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-xII-16

2024-09-30 12:10:23 | 地獄の生活
「いや、それは有難いが必要ない。ただもう一つある……」
「何でございましょう?」
「この……何と言うか、取り決めにはいくらかかるのかな?」
この問いをパスカルは予期していたので、自分の役割にふさわしい答えを用意していた。
「通常の料金をいただきます。すなわち六パーセント、そして一・五パーセントの手数料でございます」
「ふうん、それだけか……」
「それと私への謝礼金を頂きます」
「ほう! でその謝礼金とやらは、いくらに設定しているのかね?」
「千フランでございます。高すぎましょうか?」
侯爵がまだ疑いを持っていたとしても、それは消え去った。
「ふふん」と彼は鼻で笑った。「千フランは私には良心的な額と思えるよ」
しかし彼が代理人だと思っている相手がこの言葉をどう受け取ったかを見たとき、彼は嘲笑的なにやにや笑いを後悔したようであった。
パスカルは白いネクタイの上に昂然と顔を上げ、いかにも気持ちを傷つけられたという態度で、前言を取り消そうとする人間の凍るような口調で言った。
「何も決定したわけではありません、侯爵。この方法では負担が大きいとお思いのようですので、この話はなかったことに……」
「いやいや、そんなことは言っていない」とド・ヴァロルセイ侯爵は慌てて遮った。「そんなこと思ってさえいませんよ……」
パスカルが自分の計画を明らかにする機会がついにやって来た。彼はそれを逃さなかった。
「他の人たちは相手を気に入っているというだけの理由で金を用立てる約束をいたしますが、私はもうちょっと危険のない方法を選びます……私が取引をするのは、そこに利益があると見るからです。私の仕事がどれくらい求められているか、その程度によって報酬の額を決めます。私のような仕事をする者が固定した報酬を定めることはあり得ません。おそらく侯爵もご存じの、ある紳士を私は二度も破産の縁から救ったことがございます。最初のとき私は一万フランを要求いたしました。二度目のときは一万五千フランです。これは法外でございましょうか? もう一つの例を引きますと、ある若い子爵が求婚をなさっている三か月の間、その方の債権者たちを引き留めておきました。無事婚礼が行われた翌日、その方は私に二万フランを支払ってくださいました。これはふさわしい報酬ではないでしょうか? もし侯爵閣下がほんの一時持ち金に不自由しておられるだけのことでなく、破産状態であれば、私の要求額は千フランなどでは収まらないでしょう。私は貴方様の資産状況を調べ、私がそこから得られるであろう利益に基づいて貴方様と契約を結びます」
このシニカルな宣言のうち、ド・ヴァロルセイ侯爵の悪しき本能を刺激すべく張り巡らされたエサとして、前もって計算されていないものは片言一句もなかった。それでもパスカルは逸る心を抑えきれなかった。用心に用心を重ねるべきであったとすれば、やや性急であったかもしれない。しかし侯爵は眉を顰めることさえしなかった。9.30
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2-XII-15

2024-09-25 09:57:05 | 地獄の生活
 「おお、土壇場で俺は助かるのか」と彼は思っていた。「ここをうまくやれば……」
しかし彼の顔は殆ど無表情で、内心では喜びが彼を圧倒していたのに、それをなんとか隠した。出来る限りむっつりした態度を取り続け、しなをつくり、もったいをつけていた……。あまりにも素早く応じてしまえば、秘密を知られ、この男爵の使いの男の意のままに操られてしまうのではないか、と彼は恐れた。
「あなたのお申し出をお受けしようと思います、モーメジャンさん」と彼は言った。「もしも、そこに不都合な点がなければ……」
「たとえばどのような?」
「男爵が私にひどい仕打ちをしたとしても、その尻ぬぐいを彼の代理人にさせるのは、道に叶ったことでしょうかね?男爵に雇われている人間に……」
パスカルは昂然として相手の言葉を遮った。
「お言葉ですが、私は誰にも雇われておりません。私の依頼人は他にも三十人、四十人とおられますが、トリゴー様はそのうちのお一人に過ぎません。なにか厄介な問題に発展する可能性のあるデリケートな交渉事があると、私に依頼なさいますので、私は出来る限りのことをいたします。そこで氏は私に料金を支払い、それで我々の関係はおしまいです……」
「ああ、そういうことでしたか……」
公爵がパスカルをじろじろと上から下まで見る様子からは、彼の心になんらかの疑いが浮かんでいるかのようであったが、実際はそうではなかった。確かに奇妙で突飛ではあるが、全くあり得ないわけではない一つの考えが頭をよぎったのである。
「そうか!このモーメジャンが仲介となって俺に金を貸してくれる人間というのは、ひょっとして男爵自身ではないのか? あの男爵め、俺に親切がましくしておいて、その実、面と向かってはとても要求できないような高利を俺から毟り取ろう、と目論んだのではあるまいか?」
あり得ない話ではない! そのような前例はあるではないか! 誰でも知っている話としてこのようなものがある。かの厳格な仕事ぶりで知られる金融業者のN兄弟は友人のためだからといって便宜を図ることは決してしない。自分たちの父親には常に敬意を持って接しているが、仮にその父親が彼らに百エキュを一カ月貸してくれ、と頼んだとしても、彼らは他の人にするのと同じ返答をするであろう。『現在手元不如意ですので、代わりに我々の代理人B氏と話をしてください』と。このB氏というのは身代わりの藁人形として実に愛想よく次のように言う。『お父様であらせられるN様が十分な担保を御提示くださいますならば、他の場合と同じように十二から十四パーセントの仲介料と《ほんの気持ち程度の手数料》でご子息からお金をお借りいたします』と。
こういったことを頭の中で反芻した侯爵は、少なからず普段の落ち着きを取り戻した。
「では、そういうことに」と、ディマンシュ氏をあしらうドン・ジュアン(モリエールの「ドン・ジュアン」で不信心な放蕩者の主人公ドン・ジュアンは商人のディマンシュ氏から金を借りるが、返済を求められても応じない)のような軽い口調で彼は言った。「あなたのお申し出を喜んでお受けいたします……但し……」
「ああ、但し、が続くのですか!」
「いつでも、但し、はつきものですよ……あなたに前もって断っておかねばなりません。この二万五千フランを二か月以内に返済するのは難しい、ということです……」
二か月というのが、目的を達するのに必要と彼が見積もった時間であった。
「問題はありません。それよりもっと遅い期限でも大丈夫でございます」9.25
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2-XII-14

2024-09-21 18:22:07 | 地獄の生活
しかし、ちょっとした身振り、眉を持ち上げることすらも彼の計画を挫くことになりかねないので、パスカルはじっと無表情を保った。
 「これは意外でございます、侯爵」と彼は冷たい口調で言った。「このように激されるのは合点が行きませぬ。貴方様が不快に思われるのはよく分かります。しかし、そこまで怒りをぶちまけられますのはいささか……」
 「ああ、それは貴殿が知らないからだ……」
 彼はぴたりと言葉を止めた。今だ。真実が口まで出かかっている。
 「何を、でございますか?」とパスカルは尋ねた。
 しかし、もうド・ヴァロルセイ氏は再びガードを固めていた。
 「私には今夜どうしても返済しなくてはならない借金がありましてね」と彼は用心深く答えた。「延期は出来ないのですよ……ゲームの借りでね」
 「十万フランの、ですか?」
 「いや、それほどではない。二万五千フラン……」
 「貴方様のような裕福なお方が、そんなことのために心を砕いていらっしゃるのですか。それしきの金額なら用立ててくれる方はいくらもおられましょうに……」
 ド・ヴァロルセイ侯爵は皮肉な調子で口笛を吹き、パスカルを遮った。
 「そんなことをいつまでも信じているのかね」と彼は小馬鹿にした笑いを浮かべた。「モーメジャンさん、あなた自身たった今言われたではないですか。今の時代、現金を手元に置いておく者などいない、と。商売で稼いでいるのでなければね。最も裕福な私の友人たちは、腐るほど金を持っていても、手元に余分な金は一切置かない。ああ、こつこつ節約した金を毛糸の靴下の中に一杯詰めておく、などというのは過去の話です。金貨を詰め込んだ戸棚を壁で塞いだりなどして……。では銀行家のもとへ行くとしますか? 検討するのに二日は必要だと言うでしょうな。それに友人の二、三人にサインをして貰わねばならない、と。公証人のところへでも行こうものなら、更にもっともっと煩雑な手続きが必要となる。ぐちゃぐちゃと忠告を聞かされた上に、だ……」
 しばらく前からパスカルは椅子の上でもぞもぞしていた。提案をしようと機会を窺っているかのように。ド・ヴァロルセイ氏が一息ついたのを見計らって彼は口を開いた。
 「あの、ちょっとよろしいですか……」
 「なんですか?」
 「貴方様に二万五千フランご用立てする方法がございます」
 「あなたにですか?」
 「はい、私に」
 「今夜六時前に?」
 「はい、そのとおりです」
サハラ砂漠の真っただ中で乾きの為息も絶え絶えになった旅人にコップ一杯の水が差し出されたとしても、このときの侯爵が味わった恍惚とした喜び以上のものではなかったであろう。文字通り、彼は生き返った。死の淵から。
 今夜中に二万五千フランを集めることが出来なければ、彼は終わりだった。その金があれば、それはいっときの猶予を意味し、時間稼ぎこそ彼にとっては頼みの綱だった。それに、こういう提案が示されたのは、彼の悲惨な状況がまだ明るみに出ていないことの証拠ではなかろうか……。9.21
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2-XII-13

2024-09-14 10:24:52 | 地獄の生活
「なんと!七百万、いや八百万ほどはお持ちの方が……」
 「いや一千万は下らないでしょう」
 「それなら、尚のこと」
 パスカルは軽蔑的に肩をすくめた。
 「侯爵、貴方様の口からそのような言葉をお聞きするとは驚きでございます」と彼は有無を言わさぬ口調で言った。「所得の大きさが即ゆとりに繫がるわけではございません。すべてはそれをどう使うか、に依っております。今日のような常軌を逸した享楽の時代にあっては、裕福な方々は皆お金に困っていると言えます。男爵は一千万フランからどれくらいの年利収入を得ているでしょう?五十万リーブルがせいぜいというところです。これは大変な額で、私どもなら十二分でございますが……男爵は賭け事をなさいます。そして男爵夫人はパリで一番エレガントなご婦人と言われています。お二人とも豪奢な暮らしがお好みで、お二人のお住まいは王族のそれの如くまことに贅を尽くしたものでございます。新年から大みそかまでシャンデリアが煌々と邸の隅々まで灯されております。このような暮らしぶりであれば五十万フランなど何でありましょう。私の知り合いにも何人か百万長者がおりますが、男爵の状況も彼らと同じようなものではないかと思われます。四半期の終わり頃になると、年利収入が入るのを待ちかねて公設質屋に銀器を持って行くという……」
 この言い訳は真実ではないにしても、もっともらしく聞こえた。贅沢や享楽を求める欲求に突き動かされているパリの上流階級の家庭内はどこも苦しいものであることはよく知られているではないか……。最近の裁判記録では、想像を超える未曾有の事件が明らかにされている。年利収入十万リーブル以上ある金持ちが、堂々と盗みを働くお抱え御者を六か月間首にすることが出来なかったという。御者に支払うべき八百フランの調達ができなかったためと言うのだ……。
 ド・ヴァロルセイ氏もこのことを知っており、ある不安が彼の心を締め付けた。彼が破産しているということが察知されたのではないだろうか? 噂が流れているのでは? トリゴー男爵の耳にまで達しているとしたら……?
 この点ははっきりさせねばならなかった。
「要するにこういうことですか、モーメジャンさん」と彼は言った。「男爵は今日のところは約束して下さった金子を用立てることは出来なかった、と。ではいつになったら用立てていただけるのですかな?」
 パスカルは、あり得ない話を聞いたかのように大きく目を剝き、世にも無邪気な様子で答えた。
 「私の印象では、この十万フランについては、男爵はもう御自分の手を離れた問題と思っておられるようです。私がどうしてこう思ったか、と申しますのは男爵の最後の言葉がこうだったからです。『多少なりとも気が楽になるのは、ド・ヴァロルセイ侯爵が大変裕福で非常に顔の広いお方だということだ。これぐらいのことなら喜んでお役に立とうという友人が十人はいる筈……』と」
 この瞬間に至るまで、ド・ヴァロルセイ侯爵にとって、これは単に遅延の問題に過ぎないと思われ、その希望だけが彼を支えていたのであった……。が、借金がはっきりと断られたと知って、彼は打ちのめされた。
「俺の破産が知られたのだ!」と彼は思った。
身体から力が抜けるのを感じた彼は、無意識にマディラワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。ワインは一瞬、まがい物の元気を彼に与えた……が、血の気とともに憤怒が頭に上り、節度もなにも忘れ、顔を紅潮させると立ち上がった。
 「実にけしからん話だ」と彼は叫んだ。「何たる卑怯! トリゴーとかいう奴は厳しく糾弾されねばならん。立派な大人を三日もじりじりさせておいて、挙句の果てにアッカンベを噛まして逃げるとは! もしも最初からはっきりと断られていたら、こちらとしても対策の立てようがあったものを。こんな窮地に追い込まれずに済んだのに! まったく、紳士ならば、こんな卑劣な真似など出来ぬ筈。こんなやり口は小汚い酒場、小商人、小銭をちまちまと切り詰める老いぼれ守銭奴の匂いがする……。あのようなチャンチャラ可笑しい成り上がり者を、ただ金を持っているというだけの理由で上流社会に迎え入れるからこんなことになるのだ。金を貯めるだけなら豚肉業者でもできる! 奴らに垢を落とさせ、身ぎれいにするよう教え込み、劇場の平土間を闊歩させれば、殆どの人はきちんと教育を受けた紳士だと思う。ところが実際は全然違う。何かの拍子にたちまち化けの皮が剥がれ、正体がばれる……」
 このように男爵に向けられた罵詈雑言を聞くのは、パスカルには非常に辛いことだった。しかもその原因を作ったのは自分自身だったため、その辛さは一層身に突き刺さった。9.14
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2-XII-12

2024-09-09 10:49:38 | 地獄の生活
この言葉はまるで重い石のように、ド・ヴァロルセイ侯爵の禿げかかった頭に打撃を与えたようであった。彼の顔は蒼白になり、ぐらりと身体が揺れた。彼が昔傷め、季節の変わり目に痛くなる脚が体重を支えることを拒否したかのようであった。
「な、何ですと」と彼はもごもごと呟いた。「まさか、そ、それは何かの冗談!」
「いえ、大真面目でございます」
「しかし、私は男爵からしかとお言葉をいただいておる」
「ああ、口約束でございますね!」
「それでも、正式な約束だ!」
「ときには約束を果たすことが不可能な場合もございます、侯爵」
この約束不履行はド・ヴァロルセイ侯爵にとって重大な結果を意味し、場合によってはすべてを破綻させかねないものであった。それでも彼は必死になって動揺を押し隠そうとした。この代理人にこれがいかに手酷い打撃かを悟られてしまえば、と彼は自分に言い聞かせた。今までひた隠しにしてきた秘密をばらしてしまうことになる、為すすべなく戦いに敗れ、武器を放棄して地にひれ伏すことを意味するのだ、と……。
彼は渾身の力を振り絞り感情を抑え、絶望したのではなく、ただ単に苛立ちと思い通りに行かぬ無念さを感じているだけ、という風になんとか見せかけることが出来た。
「つまり」と彼は再び口を開いたが、その声は今までのとは違っていた。「金はないというわけか。十万フランの金が今朝届くと当てにしていたのだが……駄目というわけか……なんと素敵な羽目に陥ったことか。ふう!私をどういう立場に追い込んだか、男爵は分かっておらんのだろうな……」
「こう申しては何ですが、侯爵。男爵はよく分かっておられます。単なる書面ではなく私を遣わしたことが、男爵がいかに遺憾に思っておられるかの証でございます。私が一時間前に男爵邸を後にしましたとき、男爵は真に申し訳なさそうにしておられました。このことが男爵の責任でないことを重々ご説明するように、と言われております。実は、男爵には大変高額の貸金が二件ございまして、その返済を受け取ることになっておりましたが、それが何とも都合の悪いことに二件とも駄目になってしまいまして……。昨夜は一晩中金策に駆け回っておられましたが生憎調達することが出来なかったのでございます」
ド・ヴァロルセイ侯爵は最初のショックから少し立ち直りを見せていたが、まだ顔は蒼白のままで、パスカルの方に信用していないという視線を投げた。彼とて、洗練された人々が拒否の苦々しさをどんな甘やかな言い訳でくるみ込むか、知らないわけではなかった。
「なるほど男爵は」と彼は隠しきれない皮肉を帯びた調子で言った。「心痛められているというわけですかな」
「衷心から、と存じます」
 「それはそれは! ああ、お気の毒なことだ……まことにもって」
 まるで法律の条文のような冷徹さで、パスカルは自分の持ってきた伝言がどれほど侯爵に打撃を与えたか、またそれを隠そうとする涙ぐましい努力に全く気がつかない振りをしていた。
 「冗談と思われるかもしれませんが、侯爵」と彼ははっきりした口調で言った。「現在男爵のもとには現金が欠乏しておりまして……」9.9
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