「彼があのような人間だということは幸運だと感謝しよう」と彼はきっぱりと言った。「頭脳と情を持った若者なら、私の書く筋書きをそのまま演じたりはしないだろうから。そしてあの誇り高いマルグリット嬢と彼女の財産を私に譲ったりなどしないだろう……。私が心配なのは、彼が果たしてマダム・ダルジュレに会いに行くだろうか、ということだ。彼の憤慨ぶりを見ただろう」
「ああ、その点なら心配は要りませんよ。安心していてください。彼は行きます。高貴なド・ヴァロルセイ侯爵に行けと命じられたら、どこへなりとも彼は行きますよ」
フェルナン・ド・コラルト氏はウィルキー氏のことならお見通しだった。
ド・ヴァロルセイ侯爵のような貴族から『勇気がない』と思われるのではないかという心配が、彼の躊躇をすべて吹き払い、常軌を逸した無鉄砲な行為さえ辞さないところまで彼を高揚させていた。なんなら、更にもっと先までも……。
彼にとってド・コラルト氏が神の言葉を伝える預言者であるなら、ド・ヴァロルセイ侯爵は『上流階級』の更に一番高いところから世の中を俯瞰している神のごとき存在と言ってもよかった。マダム・ダルジュレ邸への道を元気よく辿りながら、彼は考えていた。
「へん、だ。彼女の屋敷に行けない筈がないじゃないか。俺はなにも彼女に危害を加えたわけじゃなし。彼女だって俺を取って食おうとはしないさ……」
それから彼はこの会見について報告せねばならないことを思い、自分自身を卓越した存在のように見せ、同時に冷静で嘲笑的であらねばならぬ、と心の準備をした。ド・コラルト氏がそのようにするのを何度となく見てきたので……。
「何と言っても、彼には洗練された雰囲気があるよな」 と、ちょっぴり嫉妬を感じながら彼は思っていた。「ああ!洗練されてる。それに何という品格!」
しかし、ダルジュレ邸が見慣れない様相を見せていたので、彼は驚き、理解に苦しむこととなった。門の前に途方もなく大きな引っ越し用の馬車が三台停まっており、はち切れるほどの荷が積まれていたのだ。
屋敷の中庭にも同じような馬車があり、十数人の引っ越し人夫が袖をまくりあげて作業をしている最中であった。
「えっ、これは!」とウィルキー氏は呟いた。「ちょうど良い時に来たもんだ! これって本当についてる。彼女、逃げ出すつもりなんだ、現金持ち逃げした会計係みたいに」
彼はすぐに召使いたちが玄関の石段の上に集まって何やら相談をし合っているところに近づいて行き、出来る限り尊大な調子で言った。
「マダム・ダルジュレは?」
召使いたちはまず驚いた視線を交し合った。この訪問者が誰か、彼らはすぐに分かったのだ。彼らは彼が昨夜ここにやって来たことを知っていて、そのとき起きたおぞましい事件の後で再びのこのこと姿を現すずうずうしさと羞恥心のなさが理解出来なかった。
「マダムはおられる」と、ようやく一人がとても丁寧とは言えない口調で答えた。「面会なさるかどうか聞いてくる……ここで待て……」
その召使いはその場を離れ、ウィルキー氏は石段の下で、取りつけ襟の中で首をまっすぐ伸ばし、自慢そうに細い口髭を捻り上げながら待っていた。が、実際は自分がどういう態度を取ればいいか分からず当惑しきっていた。1.3
「ああ、その点なら心配は要りませんよ。安心していてください。彼は行きます。高貴なド・ヴァロルセイ侯爵に行けと命じられたら、どこへなりとも彼は行きますよ」
フェルナン・ド・コラルト氏はウィルキー氏のことならお見通しだった。
ド・ヴァロルセイ侯爵のような貴族から『勇気がない』と思われるのではないかという心配が、彼の躊躇をすべて吹き払い、常軌を逸した無鉄砲な行為さえ辞さないところまで彼を高揚させていた。なんなら、更にもっと先までも……。
彼にとってド・コラルト氏が神の言葉を伝える預言者であるなら、ド・ヴァロルセイ侯爵は『上流階級』の更に一番高いところから世の中を俯瞰している神のごとき存在と言ってもよかった。マダム・ダルジュレ邸への道を元気よく辿りながら、彼は考えていた。
「へん、だ。彼女の屋敷に行けない筈がないじゃないか。俺はなにも彼女に危害を加えたわけじゃなし。彼女だって俺を取って食おうとはしないさ……」
それから彼はこの会見について報告せねばならないことを思い、自分自身を卓越した存在のように見せ、同時に冷静で嘲笑的であらねばならぬ、と心の準備をした。ド・コラルト氏がそのようにするのを何度となく見てきたので……。
「何と言っても、彼には洗練された雰囲気があるよな」 と、ちょっぴり嫉妬を感じながら彼は思っていた。「ああ!洗練されてる。それに何という品格!」
しかし、ダルジュレ邸が見慣れない様相を見せていたので、彼は驚き、理解に苦しむこととなった。門の前に途方もなく大きな引っ越し用の馬車が三台停まっており、はち切れるほどの荷が積まれていたのだ。
屋敷の中庭にも同じような馬車があり、十数人の引っ越し人夫が袖をまくりあげて作業をしている最中であった。
「えっ、これは!」とウィルキー氏は呟いた。「ちょうど良い時に来たもんだ! これって本当についてる。彼女、逃げ出すつもりなんだ、現金持ち逃げした会計係みたいに」
彼はすぐに召使いたちが玄関の石段の上に集まって何やら相談をし合っているところに近づいて行き、出来る限り尊大な調子で言った。
「マダム・ダルジュレは?」
召使いたちはまず驚いた視線を交し合った。この訪問者が誰か、彼らはすぐに分かったのだ。彼らは彼が昨夜ここにやって来たことを知っていて、そのとき起きたおぞましい事件の後で再びのこのこと姿を現すずうずうしさと羞恥心のなさが理解出来なかった。
「マダムはおられる」と、ようやく一人がとても丁寧とは言えない口調で答えた。「面会なさるかどうか聞いてくる……ここで待て……」
その召使いはその場を離れ、ウィルキー氏は石段の下で、取りつけ襟の中で首をまっすぐ伸ばし、自慢そうに細い口髭を捻り上げながら待っていた。が、実際は自分がどういう態度を取ればいいか分からず当惑しきっていた。1.3