彼女の考えでは、この扉のところまで来てマダム・レオンと話をする人間といえば、ド・フォンデージ氏かド・ヴァロルセイ侯爵のどちらかしかあり得ない……つまりマダム・レオンはスパイとして雇われ、自分の言動を事細かに報告する命令を受けているのだ……。
最初に浮かんだ感情は怒りであった。そしてあの性悪女の計画を挫き、追い出してしまおう、と思った。しかしド・シャルース伯爵の寝室まで戻る間に、ある考えが浮かんだ。狡猾な外交官も顔負けの策である。マダム・レオンの素性が明らかになった今、もはや彼女は恐れるに足りぬ存在であると考えた。然らば、彼女を手放す要などないではないか! こちらは見破っているが自分では何も気づいていないスパイは、役に立つ道具として使えるだろう。
「あの性悪女を利用することが出来ない筈ないわ」とマルグリット嬢は思っていた。「知られたくないことは隠しておけばいい。それにちょっとした手練手管を使えば、なんらかの私の計画に沿った情報を彼女から雇い主に伝わるようにもできる筈だわ。彼女をよく監視していれば、敵が私から何を得ようとしているのかが分かるでしょうし。それに、ことによったら、私に付き纏うこの不幸の真相が突き止められるかもしれない……」
ド・シャルース伯爵の寝室に戻ったときには、彼女はすっかり冷静になり、固く心を決めていた。マダム・レオンを遠ざけないばかりか、かつてなかったほど彼女に信頼を置いている風を装うことに決めた。このような芝居をするのは、彼女の持って生まれたまっすぐな気質とは相容れないもので、嫌悪を感じないではいられなかったが、理性の声がこうささやいた。悪人相手の戦いには彼らの武器を使うことも役に立つので、そうすることは自分の名誉と自分の未来を護ることになるのだ、と。
一旦行動計画を立ててしまうと、彼女はそれを厳密に忍耐強く守る人間だった。何ものも道を逸らせたり思い留まらせたりすることはなかった。それは時の経過とともに弱まるのではなく、却って強まっていった。毎朝、昨日と同じ意志を持って目覚めることを何年もの間続けられる人間だった。
それに、ある奇妙なもやもやとした疑いが彼女の心を捕らえており、ともすれば弱りそうになる彼女の気持ちを奮い立たせ、躊躇いを払いのけていた。今夜初めて、パスカルの身に起きた惨事と彼女の身の上との間に何か不可思議な関係があるのではないかという考えが浮かんだのである。このように二人の身に同時に同じようなやり方で不幸が生じたのは偶然であろうか?
彼女はただ一人熟考を重ねることで、かの運命的な箴言に行き当たったのである。多くの司法上の誤りの原因ともなったものだが、それは『その犯罪によって利益を得る者が犯人である』というものであった。5.30