ところが彼の見立ては間違っていた。マダム・ダルジュレは家に帰るのではなかった。彼女の御者は指示を受けるとシャンゼリゼー通りを下り、コンコルド広場を横切り、グランブールヴァールまで行くとダンタン通りに交差する角で馬車を停めた。
マダム・ダルジュレはすぐに分厚いヴェールを顔に掛けると地面に降り立ち、遠ざかって行った。
これはあまりに素早く行われたので、シュパンは自分の御者に二フランを投げ渡し馬車を降りるのがやっとだった。すでに彼の言う『お客さん』はエルダー通りの角を曲がり、その通りをかなりの早足で上って行くところだった。時刻は五時を少し過ぎており、日が暮れようとしていた。
「じりじりするなぁ、もう」とシュパンは呟いた。「一体何なんだ」
そうこうするうち、マダム・ダルジュレは奇数番号の番地側の歩道を歩き始めた。四十三番地はオンブールの館のある場所だったが、彼女はそこまで来ると歩調を緩め、傍目にもありありと分かるほど注意を集中させて向かいに立ち並ぶ家の一軒、四十八番地の家の門をじっと注視していた。しかし彼女の観察はほんの一分足らずで終わった。どうやら安心したらしい。彼女はそこでくるりと回れ右をし、先ほどと同じように早足で元来た道を戻り大通りまで来た。が、そこで通りを横切り、また新たに元の道を辿り始めたが、今度は非常にゆっくり店という店の前で立ち止まりながらであった。
シュパンは目的に近づいていると確信を持ったので、自分も通りを横切り、マダム・ダルジュレのすぐ後ろをついて行った。まもなく彼女が身震いをしたかと思うと、歩を速めるのが見えた。一人の若い男が逆の方向から姿を現したかと思うと、非常な早足で歩いてきたので彼女は避け損ね、危うく正面衝突しそうになった。その若い男は罵り言葉を口にした。面と向かって卑劣な侮辱を浴びせ、立ち去っていった。シュパンは背筋が寒くなった。
「もしあの野郎が彼女の息子だとしたら……」と彼は思っていた。そしてショーウィンドウをうっとり眺める振りをしながら可哀想な婦人を観察していた。彼女は立ち止っていたのでシュパンは殆ど彼女に触れそうな位置まで近づいていた。彼女はベールを持ち上げ、たった今彼女を侮辱した相手を目で追っていた。その目は見紛う余地のないほど明らかなものであった。
「あぁ!」とシュパンは恐ろしさに捉われながら思った。「彼女に侮辱を浴びせたのは息子だったんだ……」1.31