エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IV-14

2022-11-29 13:46:29 | 地獄の生活

「ええとですね」と彼はついに言った。「貴方が僕をかついでいるとすれば、人が悪いですね……。お金を借りている、ということは紛れもない事実です。貴方には二十五ルイの借りがあります……。だから今は何百万という大金の話をするときではないでしょう。僕の親戚は僕に仕送りを送ってくれなくなりました。僕の債権者たちは証紙を貼付した書類を送り付けてきます……もうにっちもさっちも行かない状態です……」

ド・コラルト氏は彼を圧し止め、もったいぶった様子で言った。

「名誉にかけて申しますよ。私は冗談を言っているのではありません。貴方はいかほど支払うつもりがおありですか……」

「ああ! その人がもたらしてくれる額の半分をお支払いしますよ……」

「それは多すぎます」

「いえいえ、そんなことはありません!」

彼は間違いなく本気だった。金がどうしても必要で喉から手が出るほどなのに一文もないというとき、金を約束してくれるという男が現れたら、心の底から正直な気持ちで謝礼を差し出さないことがあろうか……。どれほど手数料を要求されても法外とは思えないものだ。後になっていざその期日が来たときだ、その利率の高さに思いを致すのは。

「私が半分は多すぎる、と言うのは、このことが現実だからですよ。私以上にそのことをよりよく判断できる人はいません。貴方の手に巨大な富を握らせることの出来る人間は……この私だからです」

ウィルキー氏は一歩後ろに退いた。驚きでぼうっとして口もきけなかった。

「驚かれたようですね!」と子爵は言った。「どうしてですか? 私が手数料を要求するからですか?」

「ああ、いや、そんなことはありません」

「こういうことはあまり、その、品の良いことではありませんね。だが実際的なことだ。私も当事者の一人になってしまった。ビジネスはビジネスです。午後の時間には、私はレストランやクラブや綺麗どころを訪れ、そこでは単なる子爵であり貴族以外の何物でもありません。金の問題などは私をうんざりさせる。鷹揚で金に糸目をつけず、友人たちに義理を欠くこともない。しかし朝には、私は一市民のコラルト氏となり、請求書は厳しい目で精査してからでないと支払わず、財産管理はしっかりとする。投資で大損をしたくはないし、どこかの外人部隊で一兵卒として輝かしい経歴を終えたくはないのでね……」11.29

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2-IV-13

2022-11-27 16:41:21 | 地獄の生活

彼の偽りの輝きが失われ、転落し泥にまみれるとしたら、それは何によってもたらされるか? 偶発的な事故、無分別、不手際……そのようなものだ。こういう思いに捕らわれると、彼の髪の毛穴から冷汗が噴き出るのだった。彼は単なる役者にすぎなかった。ほんの少しでも失敗すれば即終わりとなる。もっとしっかりした基盤を持ちたい、日々のパンを保証してくれるささやかな資産があれば貧困という悪夢を遠ざけておけるのに、と彼は熱望していた。フォルチュナ氏と同じ計画を思いつき、すぐさま実行に移したのはまさにこの切なる思いの故であった。

「ウィルキーに知らせてやったらどうだろう?」と彼は考えた。「莫大な財産が手に入るということをあの大馬鹿に教えてやったら、俺にまずますの返礼をしてくれる筈だ……」

思い切ってこの計画を実行すれば、マダム・ダルジュレを敵に回し、復讐される危険性もあり、そうなれば深刻な事態になる。彼女について彼は多くのことを知っていたが、それは向こうも同じで、彼のすべてを彼女は知っていた。彼を情け容赦のないやり方で世の指弾を受けるようにしたいと思えば、彼女は簡単にそうすることができた。それでも、利益と危険を天秤に掛け彼は行動に移すことにした。うまく立ち回りさえすればマダム・ダルジュレは彼の裏切りを知ることはないだろうと考えてのことだった……。そして彼がこんなに朝早くウィルキー氏の小サロンの間に姿を現したのは、真相を知っているのは自分一人だけではないのではないか、誰かに機先を制されるのではないか、と恐れたためであった。

「こんな朝早くから貴方のような方が! 一体何事があったのですか?」

ウィルキー氏は小サロンの間に足を踏み入れるや否やすっかり驚いた様子で尋ねた。

「私には何もありませんよ」と子爵は答えた。「ここに来たのは貴方のためです」

「え、それは一体! なんか心配になるじゃありませんか」

「ああ、ご心配御無用! 良いことをお知らせに来たのですから」

「私がここに来たのはですね、親愛なるウィルキー君」と彼ははっきりと言葉を続けた。「貴方にお尋ねするためです。貴方に何百万という財産を所有する権利があるということを教えに来た男にいかほどの謝礼をする気があるのかを」

十秒ほどの間、ウィルキー氏の顔は赤くなったり青くなったりを数回繰り返した。やがていつもとは違う声で彼は答えた。

「ああ、そりゃ傑作だ……面白い話ですね! これから数日間は食事の間は除いて、笑って過ごすことでしょうよ……」

彼はおふざけとして調子を合わせることにしたが、気は動転していた。実際彼はとっぴな妄想をさんざん夢見ていたので、どんなことでも起こり得るような気分になっていたのである。

「私は真から真面目な話をしているのですよ」と子爵は固執した。

ウィルキー氏は最初は返事をしなかった。彼の眼は、ひょっとしたらという期待と悪ふざけの犠牲になるのではないかという不安との間を揺れる葛藤を物語っていた。11.27

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2-IV-12

2022-11-19 07:49:53 | 地獄の生活

通常ならばウィルキー氏をベッドから引きずり出すことは至難の業なのだが、召使が発した名前の効果は奇跡に近いものがあった。彼はぴょんとベッドから飛び降りると急いで着替えをした。

「あの子爵が、こんな時間に、家まで訪ねてくるとは」と彼は呟いていた。「凄いことだ! ひょっとして決闘でもしようっていうのかな。で、俺に介添人になってくれとでも? こりゃいいぞ! それで俺の評判もちっとは上がるってもんだ。何にせよ、ただごとじゃないことは確かだ……」

彼がこのように推論するのに大した洞察力は必要なかった。ド・コラルト氏は深夜の二時か三時より前にベッドに入ることは決してなかったので、起きるのはいつも非常に遅かった。もし彼が通りで朝の九時前に青い箱馬車に乗ったその姿を見せるとすれば、それは無粋の最たるもので、何か深い理由があるに違いなかった。

彼の理由というのは確かに非常に深刻なものであった。数か月前、この目端の利く子爵はマダム・ダルジュレの秘密の一部を知るところとなり、彼はそのことを誰にも話していなかった。彼が口外しなかったのは思い遣りの心からでは全くなく、話しても彼には何の得にもならなかったからである。しかしド・シャルース氏の突然の死が状況を一変させた。彼がその悲劇を知ったのは翌日の夕方であり、大変衝撃を受けたのでバカラのゲームが始まったばかりであったが、それに参加することを断ったほどであった。

「なんてこった!」と彼は思っていた。「ちょっと考えてみよう……マダム・ダルジュレは相続人なわけだ。彼女は莫大な相続財産を受け取るために名乗りをあげるだろうか? 俺の知っている彼女の性格からすれば、その可能性はまずない。自分の素性を明かすことはしたがらない筈だ。ウィルキーに会いに行って、自分、マダム・ダルジュレがシャルースの一族であり、ウィルキーという私生児を生んだことを認めるなんて、あり得ない。そんなことをするくらいなら、自分のためにも息子のためにも、そんな財産は放棄するだろう。あの女は古くさい時代遅れの女だから!」

それから、彼の知り得た事実をどのように利用できるかと考え始めた。というのは、現在とても口に出せないような恥ずべき嘘の上に危うくバランスを取っているような生活をしている人間に共通したことなのだが、ド・コラルトという男は将来に大きな不安を持っていた。今のところは贅沢な上辺を保つのに必要な三万か四万フランを手に入れる技は持っていた。しかし蓄えは一文もなかった。そして金の出どころはいつ枯渇するかもしれなかった。11.19

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2-IV-11

2022-11-16 09:02:44 | 地獄の生活

そして相手の反応が好ましいものか否かによって、へりくだったり無礼になったりして見せた。そういう態度の差があまりにも明け透けだったので、友人たちは彼の髭の様子を見るだけで彼の懐具合を押し当てるのだった。しかしこうした経験が積み重なって行き、彼が今までに受け取った額を合計してみると、その総額にいささか怖れの念を抱かずにはいられなかった。そして、これほどの金をくれるとは自分の親戚は相当な金持ちに違いないと思うに至った。そうなると彼は自分の出生や幼少期に関する謎に頭を巡らし始め、友人たちを驚嘆させようと考えた。彼らが信じやすいのをいいことに、自分はイギリスの大貴族であり貴族院議員の息子として生まれたのだと自分に言い聞かせ、とてつもない金持ちだと信じるようになった。彼が借金取りたちに、自分の父親は卿であり、いつの日か自分の負債のすべてを支払いに来てくれる筈だと話したとき自分でも半分それを信じていた。

しかし不幸にも彼の父親はやって来ず、来たのはかのパターソン氏からの手紙で、次のように書いてあった。

『あなた様に不測の事態が生じた場合に備え、相当な額の金子を私はお預かりしておりましたが、あなた様からの再三にわたっての催促に応じ、そのすべてをお送りしてしまいました。もはや一サンチームも残っておりません。これをもちまして私への委託は完了いたしました』

『これよりは新たに請求なさいましても無駄とご承知置きください。こちらから返信はいたしません。今後は決められた手当以上には一ペニーたりともお受け取りになれません。その手当はあなた様の年齢の方には十分すぎる額であると私は愚考いたしております……』

これは棍棒の一撃を頭に喰らったかのようであった。どうすればいいか? パターソン氏がこの決意を翻すことはないであろうということは彼にもよく分かっていた。それでも彼は二、三通泣き落としの手紙を送った……が無駄だった。

彼の金欠状態はそれまでにないほど差し迫ったものになった。債権者たちは行動を起こし始めた。証紙を貼った書類がアパルトマンの管理人の上に雨霰と降り注いだ。四半期毎の手当てはまだ当分先だった。公営質屋だけが、いくばくかの金を得る手段だった。

彼は破産が目の前に迫っていると察した。馬車を手放し、『ナントの火消し』の所有権を売る羽目に陥り、気の利いた友人たちに対し面目を潰すことになるのだ。彼の絶望は測り知れなかった。そんなある朝、召使が彼を起こしに来たとき、ド・コラルト子爵が非常に緊急の要件で話がしたいといって小サロンの間で待っている、と告げた。11.16

 

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2-IV-10

2022-11-12 08:59:59 | 地獄の生活

年二万フランと言えば一日三ルイという計算になる。しかるに、毎日の食事を一流レストランで取り、ズボン一本百フラン以下では作らないという有名な仕立て屋の手になる服しか着ないと豪語するお気楽な若者にとって三ルイがどれほどのものであろうか? 劇場の初日公演のボックス席を買い占め、賭けゲームをし、夜食を食べ、黄色い髪の女たちを引き連れ、競走馬に出資するような馬鹿者にとって一日三ルイがどれほどのものか?

自分の野望と懐具合とを天秤に掛けてみると、ウィルキー氏はそれらがかけ離れていることを認めない訳には行かなかった。

「他のみんなは一体どうやってるんだろう?」と彼は不思議に思った。

これは深遠な問いではなかろうか? 毎日夕刻になるとアンタンの車道からモンマルトル地域まで何千人という紳士が通って行く。みな煌めくばかりの装いで、口にはロンドレス葉巻、ボタンホールには花を飾り、誰もが知っており、彼らの方でも皆を知っている紳士方だが、その暮らしぶりは永遠の謎である。彼らは何をしてそんな生活ができるのか? 世襲財産があるわけではない。それは分かっている。何の仕事もしていない。それは見れば分かる。それでいてどんな出費にも驚かない。労働を小馬鹿にし、節約など頭から考慮外だ。一体いかなる不正な鉱脈から金を得ているのだろうか? どんないかがわしい事業から栄誉を佩用しているのか? ウィルキー氏はその答えを求めて長時間を費やすことはしなかった。

「俺のこと、飢え死にさせる気だな」と彼は思った。「そうは行くものか! そんな目に遭う俺様かよ!よし、見てろ……」

そして実際に彼がやったのはパターソン氏に手紙を書くことだった。謹厳なイギリス人であるパターソン氏は返信と共に千フランを送ってきた。焼け石に水の金額である。ウィルキー氏の借金は既に遥かにその額を越えていたので、彼は憤然とした。

「ああそうかい、焦らし作戦だな」と彼は考えた。「よし、そんならこっちも同じことを何度でも繰り返してやろうじゃないか。お笑いだよ」

そして彼はまた新たに手紙を書いた。今回、返事はなかなか来なかった。しかし結局ついに、ふんだんに叱責の言葉を連ねた長い長い書簡が届き、二千フランが送られてきた。したたかな若者の方はその書簡を火の中に投げ込み、さっさと月極めの馬車と召使を一人雇いに出かけた。

この日以来、彼の生活は金の無心と送金を待つことで過ぎていった。少しづつ彼は親代わりの人物の心に訴えかける技術を研ぎ澄ませ、がっちり守られている金庫から金を引き出させる術策に長けていった。やれ病気になったの、口約束に基づく賭けゲームに負けたの、金にだらしのない友人に金を貸してしまったの、このままでは逮捕されてしまうだの……。11.12

 

 

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