夫人は立ち上がり、きびきびした動作で引き出しから一枚の汚れてくしゃくしゃになった紙を取り出し、息子の前に置くとこう言った。
「これをよく読んで頂戴」
それはマダム・レオンがパスカルに手渡した鉛筆書きの走り書きのメモだった。パスカルはこれを街灯の灯りで読むというより推測しながら目で追ったものだった。彼は帰宅するなり、それを母の手に投げ捨てるように渡したのだったが、母はそれを残していた……。
この走り書きを受け取った夜、彼はその内容の残酷さにショックを受け、何も考えられない状態だったが、今はそんな支障もなく至って冷静な判断が出来た……。ほんの数行に目を通しただけで、彼は身体を硬直させ、顔は蒼白に険しくなり、いつもとは全く違う声で言った。
「これを書いたのはマルグリットではありません!」
この意外な発見にパスカル自身も仰天していた。
「僕は頭がどうかしてたんだ」と彼は呟いた。「完全に狂ってた!……こんなお粗末な偽物、一目見るだけで分かりそうなものを!僕はなんでこんな物に騙されていたんだろう?」
それから、一つ一つ論証する必要があるかのように、母に対してというより自分自身に対して言葉を続けた。
「筆跡は、確かにマルグリットのものにかなり似ている。文字を真似ることに関しては、そこそこ上手く出来ている……しかし鉛筆で走り書きされた文字は多かれ少なかれ似通っているものではないだろうか……一つはっきり言えることは、率直そのものというのがマルグリットの特徴だ。彼女なら、こんなわざとらしい書き方はしない。これじゃまるで俗悪なメロドラマの長台詞じゃないか……。全く!これが彼女の書いたものだなんてよく思えたもんだ。
『死の床にある人にどうしてもと懇願され、立てた誓いに背くことは出来ません。たとえ私の胸が張り裂けようとも、私は誓いを守ります……』 これは本当に陳腐だな。それにこの個所もそうだ。『かつて貴方を深く愛した女のことはもうお忘れになって。その女は今や別の方の婚約者です。そして女の貞節が、貴方の名前までも忘れろと命じているのです!』」
彼は通俗的な芝居で使われる抑揚をつけてこれらを朗読した。そうするとその滑稽さがくっきり浮き出た。実際、彼のこの行為はいささかやりすぎであった。望外の喜びが脳に伝えられ、この高揚感を促したのであろうか。
「それにこれらの綴りの間違いはどうです」と彼は続けて言った。「お母さんも気づいたんですね。『命じる(commander)』はmが一つしかないし、『懇願(supplier)』にはpが一つ、『厳かな(solennel)』はlが二つ、nが一つだけです。急いでいたからうっかり間違えてしまった、とは考えられない。無知であることの証明です。なぜなら同じ間違いが殆ど常に繰り返されているから。この偽手紙を書いた人間は繰り返される文字を一つ省略する癖がある……」
フェライユール夫人は無表情で聞いていた。これらの欠陥について彼女は既に頭の中で何度も反芻していた。この三日間というもの、何らかの手がかりが得られるのではないかとこの走り書きを矯めつ眇めつ眺めていたのだから。5.31
「これをよく読んで頂戴」
それはマダム・レオンがパスカルに手渡した鉛筆書きの走り書きのメモだった。パスカルはこれを街灯の灯りで読むというより推測しながら目で追ったものだった。彼は帰宅するなり、それを母の手に投げ捨てるように渡したのだったが、母はそれを残していた……。
この走り書きを受け取った夜、彼はその内容の残酷さにショックを受け、何も考えられない状態だったが、今はそんな支障もなく至って冷静な判断が出来た……。ほんの数行に目を通しただけで、彼は身体を硬直させ、顔は蒼白に険しくなり、いつもとは全く違う声で言った。
「これを書いたのはマルグリットではありません!」
この意外な発見にパスカル自身も仰天していた。
「僕は頭がどうかしてたんだ」と彼は呟いた。「完全に狂ってた!……こんなお粗末な偽物、一目見るだけで分かりそうなものを!僕はなんでこんな物に騙されていたんだろう?」
それから、一つ一つ論証する必要があるかのように、母に対してというより自分自身に対して言葉を続けた。
「筆跡は、確かにマルグリットのものにかなり似ている。文字を真似ることに関しては、そこそこ上手く出来ている……しかし鉛筆で走り書きされた文字は多かれ少なかれ似通っているものではないだろうか……一つはっきり言えることは、率直そのものというのがマルグリットの特徴だ。彼女なら、こんなわざとらしい書き方はしない。これじゃまるで俗悪なメロドラマの長台詞じゃないか……。全く!これが彼女の書いたものだなんてよく思えたもんだ。
『死の床にある人にどうしてもと懇願され、立てた誓いに背くことは出来ません。たとえ私の胸が張り裂けようとも、私は誓いを守ります……』 これは本当に陳腐だな。それにこの個所もそうだ。『かつて貴方を深く愛した女のことはもうお忘れになって。その女は今や別の方の婚約者です。そして女の貞節が、貴方の名前までも忘れろと命じているのです!』」
彼は通俗的な芝居で使われる抑揚をつけてこれらを朗読した。そうするとその滑稽さがくっきり浮き出た。実際、彼のこの行為はいささかやりすぎであった。望外の喜びが脳に伝えられ、この高揚感を促したのであろうか。
「それにこれらの綴りの間違いはどうです」と彼は続けて言った。「お母さんも気づいたんですね。『命じる(commander)』はmが一つしかないし、『懇願(supplier)』にはpが一つ、『厳かな(solennel)』はlが二つ、nが一つだけです。急いでいたからうっかり間違えてしまった、とは考えられない。無知であることの証明です。なぜなら同じ間違いが殆ど常に繰り返されているから。この偽手紙を書いた人間は繰り返される文字を一つ省略する癖がある……」
フェライユール夫人は無表情で聞いていた。これらの欠陥について彼女は既に頭の中で何度も反芻していた。この三日間というもの、何らかの手がかりが得られるのではないかとこの走り書きを矯めつ眇めつ眺めていたのだから。5.31