エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-X-18

2024-02-28 14:19:35 | 地獄の生活
 「ヴァロルセイはもはや一銭の金も持ってはいない、と証明できますよ。この一年彼は警察沙汰になってもおかしくない怪しげな弥縫策に頼って生計を保ってきたのです」
 「そうなのですか!」
 「彼が真っ赤な偽物の書類を見せてド・シャルース氏を騙そうとしたことを証明できます。また彼がフェライユール氏を陥れるためド・コラルト氏と共謀したことを明らかにすることが出来ます。どうです、お嬢様、ちょっとしたものではございませんか?」
マルグリット嬢は微笑んだが、その笑い方はフォルチュナ氏の虚栄心を大層傷つけるものであった。彼女は、信じがたいがまぁ大目に見ようという口調で言った。
「口では何とでも言えますでしょう」
「それを実行することだって可能です」とフォルチュナ氏は素早く言い返した。「私が出来るとお約束するときには、それを可能にする方法を手中にしているということです。人はなにか悪事を企んでいるときにはペンなど持つべきではありません。自分の悪しき計画を詳しく書き残すなどという愚か者はどこにもおりませんでしょう。が、人は四六時中警戒しているというわけには行きません。手紙を書く際、うっかり一言漏らしてしまうこともあり、別の機会には何らかの文言を、また別の場合に仄めかしを言ってしまうことも……。で、これらの片言隻句を集め、較べ合わせ、整理し、配列し直しますと、糾弾するに十分な完璧かつ決定的な記録となります……」
ここで彼は言葉を止めた。今の彼の不用意な発言に、マルグリット嬢の表情が変わったことにハッとし、口をぽかんと開けた。
彼女は不快感を覚えたように身を引き、彼をまじまじと凝視していた。
「ということは、あなたはかなり前からド・ヴァロルセイ侯爵の信任を得て親しくしておられたのですね!」と彼女は言った。「あなたが彼の一味として働いていなかったと断言お出来になれますか?」
沈黙の立会人として、この場から忘れられていたヴィクトール・シュパンだったが、内心大喜びしていた。
「うわっ、やったね! まさに痛いところをズバリと。凄いや! ボスの方は窮地に追い込まれたぞ、やられましたね!」
実際、フォルチュナ氏はまさに図星を指されたので、否定しようにも出来なかった。少なくとも全面的に否定することは出来なかった……。
「その、正直申し上げまして」と彼は答えた。「ド・ヴァロルセイ氏の相談役としてかなり長い間務めてきたことは事実です……2.28


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2024-02-20 14:37:22 | 地獄の生活
 「ド・ヴァロルセイ侯爵がいまだにのうのうとしていられるのは何故なのか? それは私には奇跡のごとく思われます。もう既に六か月前、彼の債権者たちは彼を差し押さえると脅していたのですよ。ド・シャルース伯爵の死後、一体どのようにして彼らをなだめて来られたのでしょうか? こればかりは私にも分かりません。確かなことはですね、お嬢様、侯爵が貴女様との結婚という野望を諦めてはいないということです。それを実現するためなら、どんなことでも、よろしいですか、どんなことでも彼はやる気だということです……」
今やすっかり落ち着きを取り戻したマルグリット嬢は、まるで関係のない話を聞くかのように全く表情を表さず聞いていた。フォルチュナ氏が一息吐いたので、彼女は氷のような冷たさで言った。
 「そのことはすべて存じております」
 「な、何ですと! 御存知だったと仰るのですか?」
 「ええ。ただ、私の理解力を越えていることが一つあります。ド・ヴァロルセイ様はただ私の持参金だけが狙いというわけですわね? それでは、何故いつまでも私との結婚に固執していらっしゃるのでしょう、私には持参金など全くありませんのに?」
 フォルチュナ氏の得意そうな姿勢が少しずつ崩れ始めていた。
 「そこでございますよ」と彼は答えた。「私も最初にまずそのことを自問いたしました。で、その理由を突き止めたと考えております。さよう、侯爵は亡きシャルース伯爵から何らかの書面を受け取っているに違いないと、私、断言してもようございます。証書、あるいは遺言書に類する書類です。つまり、貴女様の出生を証明し、従いまして貴女様に相続権があることを証明する記録です」
 「で、その相続権を、彼が私の夫になれば行使できるということですか?」
 「そのとおりでございます」
 フォルチュナ氏と全く同じことを、かの老治安判事も言っていた。ド・ヴァロルセイ氏の行動の動機としてはそれしか考えられない、と。しかし、マルグリット嬢はそのことを言うのは差し控えた。警戒することが習慣になっている彼女は、この男が彼女に対して抱いているらしい並々ならぬ関心に不安を覚えずにいられなかった。これには何かの罠が隠されているのではなかろうか……? そこで彼女はフォルチュナ氏には守りとおすことの出来なかったある決心をした。相手には好きに喋らせておき、自分からは知っていることを何も話さない、という。
 「貴方の仰るとおりなのかもしれません」と彼女は言った。「でも、そのように申し立てられるからには、根拠がおありになるのでしょうか」2.20
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2-X-16

2024-02-14 10:46:47 | 地獄の生活
フェライユール氏が卑劣な手段で陥れられたのは、貴女様が目的だったからに他なりません。そしてこの私は、氏を破滅に追い込んだ悪党どもの名前をお教えすることができます。この犯罪を画策したのは最も大きな利益を得る人間、ド・ヴァロルセイ侯爵です……。その手先となったのはド・コラルト子爵と自称している凶悪なる人物。その者の本名及びその恥ずべき過去については、ここにおりますシュパンがお伝えすることができます。お嬢様はフェライユール氏という方を見初められました。それ故その方が邪魔になったのです。ド・シャルース様はド・ヴァロルセイ侯爵に貴女様との結婚を約束なさったのではありませんか? この結婚こそが侯爵にとって起死回生の手段、まさに溺れる者を救ってくれる舟だったのでございます。というのも侯爵にとって状況は破綻寸前だったのですから……人は侯爵を裕福だと見ていますが、実際はそうじゃない。破産状態、すっからかん。もう何も残ってはいない、情けない男です。こうなれば後はピストルで頭を撃ち抜くしかないと思っていたそのとき、貴女様と結婚するという希望が立ち現れたのでございます……」
 「さぁさぁ、おいでなすった!」とシュパンは思っていた。「喋りまくりが始まってるな」
 そのとおりだった。ド・ヴァロルセイという名前を口にするだけで、フォルチュナ氏は怒り心頭に発していた。かつて自分の依頼人であった侯爵のことが頭に浮かぶ度、彼はすっかり冷静さを失ってしまうのだった。冷静さこそが彼の一番の売りであったのに。頭に血が上った所為で彼の打算が表に出てしまった。彼のもともとの目論見とはどのようなものであったか? マルグリット嬢を驚かせ、彼女にあり得ないような考えを抱かせるように仕向け、こちらが何も言わないうちに彼女の方からぺらぺらと喋るようにさせ、自分は冷静に事態を把握する、というものであった。ところが実際は全然そうではなく、ぺらぺらと洗いざらい喋っているのは彼の方だった。
 はっと気がついたときは遅く、もう後戻りできなくなっていた。マルグリット嬢が自分に投げかけている強い視線で、彼はそのことを理解した。2.14
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2-X-15

2024-02-08 12:49:13 | 地獄の生活
「私どもへの御依頼の具体的内容については、確かにまだ伺ってはおりません。ですが、失礼ながら推理をさせていただきました……」
「まぁ!」
「つまりこうでございます。お嬢様は私めの経験、それにささやかな能力を頼みと思って下さったと理解しております。憎むべき中傷をお受けになった弁護士のパスカル・フェライユール氏の無実を晴らし、名誉を回復せんがための……」
マルグリット嬢はぱっと立ち上がった。真から驚き、恐ろしくなったのだ。
「どうしてそのことをご存じなのです!」と彼女は叫んだ。
フォルチュナ氏はいつのまにか自分の椅子を離れ、暖炉の前でチョッキの袖つけ線に親指を差し込んだ姿勢で立っていた。それが自分を最も良く見せるポーズだと思っていたのだ。そして奇術師が自分の術の意図を述べるときのような口調で答えた。
「驚かれるのはごもっとも……が、これはごく簡単なことでございまして……。私を信頼してくださる方々の意図を推し量る、これが困難かつデリケートな私の職業のまさに真髄といったところでございます……というわけで、私の推理は正しかったのでございますね、お嬢様が何も反論なさらないところを見ますと?」
マルグリット嬢は何も言わなかった。最初の衝撃が去ると、彼女はフォルチュナ氏が情報をどこから得たのか、頭の中で懸命に探していたのだ。彼が得々として自分の洞察の深さを述べ立てるのを聞きつつ、信じやすいお人好しを装ってはいたが、彼女は実際は全然そうではなかったからだ。
フォルチュナ氏の方では、彼女から得られた反応に満足して続けた。
「お驚きになるのはまだ早ようございます。他にもまだまだ明らかになった事実がございますので……。よろしゅうございますか、私どもに依頼しようというお考えを思いつかれたのは、貴女様の守護天使のお導きでございます。これまでどのような危険に晒されておられたか、お知りになれば、きっと身震いなさいますでしょう。ですが、もうご心配には及びません。私がついております。私がお護りいたします。お嬢様に対して張り巡らされた大胆な陰謀の全容を私は握っております。やつらが狙っているのはお嬢様ご自身、そしてお嬢様の財産です。2.8
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2-X-14

2024-02-03 14:38:25 | 地獄の生活
しかし彼女のそのような感情は全く表には出なかった。気品ある美しい顔の筋を一本も動かすことはなく、目は誇り高く澄んだままだった。内心は緊張で一杯だったが、澄んだよく響く声で彼女は言った。
「わたくしはド・シャルース伯爵に後見を受けておりました者でマルグリットと申します。貴方様はわたくしの手紙を受け取って下さいましたか?」
フォルチュナ氏は、結婚相手を探すために出かけて行くパーティでするような、この上ない優雅さでお辞儀をし、やり過ぎなほど気取り返ってマルグリット嬢に椅子を勧めた。
「お嬢様のお手紙は確かに届いてございます」と彼は答えた。「お越しをお待ち申しておりました。私どもに信頼を寄せて頂くとはまことに名誉なことと存じます。お嬢様から以外の依頼はすべて断ってございます……」
マルグリット嬢が座ると、しばしの沈黙があった。双方が相手を観察し、なんらかの判断を下そうとしていた。フォルチュナ氏の方は少し戸惑いを感じていた。この威厳に満ちた美しい令嬢が、あの製本職人の工房にいた少女であったとは俄かに信じられなかった。だぶだぶのサージの作業着を着、乱れた髪で、紙の裁断作業から出る裁ち屑を全身に浴びていたあの少女と同一人物だとは。
マルグリット嬢の方では、この男を頼ったことを後悔する気持ちであった。というのは、相手を観察すればするほど、何かいかがわしく、信用できないものを感じ取ったからである。このいかにも物柔らかな紳士然とした偽善者よりは、世間からはみ出した悪党のような男の方がまだましに思えた……。
彼女が口を開くまでに間を置いたのは、フォルチュナ氏が傍らの作業着姿の若い男を下がらせるのを待っていたからだった。彼女には何故彼がここにいるのか理解できなかったが、シュパンの方はうっとりとした表情で無言のままその場に立ち尽くしていた。視線はずうっと彼女に釘づけになっており、その目には大いなる驚きとこれ以上ないほどのあからさまな賛嘆が現れていた。いくら待っても埒が明かないので、彼女は口を開いた。
「わたくしが参りましたのは、ある重要なことで貴方様にご相談があるからでございます。それも、ごくごく内密にお願いしたいのです」
シュパンはその言葉の意味を理解し、顔を赤らめ、出て行こうと一歩踏み出した。が、フォルチュナ氏は親愛のこもった身振りで彼を押し留めた。
「ヴィクトール、ここに居てくれ」
それからマルグリット嬢の方を向いて言った。
「この青年から秘密が漏れるようなことは決してございません。その点はご安心くださいませ」と彼は言い切って、更に続けた。「いろいろな方面の情報収集をこの者にさせておりまして、もう既に大いにお嬢様のお役に立つような情報をもたらしてくれました」
「え、どういうことなのか、よく分かりませんけれど……」とマルグリット嬢は呟いた。
『相続人探し人』たるフォルチュナ氏の口元に御機嫌取りの微笑が漂った。
「つまりはこういうことでございます、お嬢様。私は既にお嬢様の案件に取り掛かっているのでございます。お手紙を頂いてから一時間後には、私はもう調査を開始していたというわけでございまして……」
「でも、わたくし、まだ何も申し上げておりませんけれど……」2.3
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