エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VII-13

2023-05-30 12:36:20 | 地獄の生活

これは『将軍夫人』から逃れられるまたとない機会だったので、マルグリット嬢はすぐさまそれに飛びついた。彼女は夫人に退出しても構わないかと尋ね、疲れて死にそうなので、と理由を言ったが、それは本当のことであった。夫人から母親のようなキスを貰い、「よくお休みなさい、可愛い子」と声を掛けられ、彼女は寝室へと引き上げた。

有難いことにマダム・レオンは出かけていたので、彼女は監視される心配もなく一人になることが出来た。そこでトランクの一つから旅行用の書き物セットを取り出すと、手早く一通の手紙を書きあげた。それはド・シャルース伯爵が雇ったことのある業者、イジドール・フォルチュナ氏宛てで、次の火曜日に彼を訪問することを告げる内容であった。

「さぁ後は明日ミサに行く途中、この手紙を誰にも見られずにポストに投函する方法を考え出すことだわ。そんなことも出来ないようなら私はとんだ不器用者ね」

彼女は急いでこの仕事を終えたのだが、それは彼女にとって幸いであった。というのは、旅行用書き物セットを元のところにしまうが早いか、マダム・レオンが大層不機嫌な様子で帰ってきたからである。

「どうだったの?」とマルグリット嬢は素晴らしく無邪気なふりを装って尋ねた。「親戚の方々とは会えて?」

「お願いですから、そのことは仰らないで、お嬢様、親戚の者たちは皆留守にしていました……芝居見物に出かけたんですって」

「あら、そうなの!」

「そんなわけですので、明日朝一番にあの人たちのところに行ってみなければなりませんの。これはとても大事なことだと分かって下さいますわよね!」

「ええ、ええ、分かるわ」

しかし、いつもなら喋り出したら止まらないこの小間使いの女中が、今夜はその気にならないらしく、お嬢様に接吻をするとそそくさと自室に消えた。

「さては」とマルグリット嬢は思った。「ド・ヴァロルセイ侯爵に会えなかったのね。自分がどういう役割を演じたらいいのか分からないので困ってしまって、それで機嫌が悪いんだわ」

マルグリット嬢の方でも今夜起こったことを頭の中で整理し、今後の行動方針を立てておきたいところだったが、二晩を肘掛椅子の上で過ごした疲れが頂点に達していた。そこで、一晩休めば明日はもう少し頭も冴えるであろうと自分に言い聞かせ、パスカル・フェライユールの名前が何度か出てくる熱心な祈りをささげた後、ベッドに横になった。それでも眠りに落ちる前に一つの発見をした。ベッドのシーツが新しくなっていたのだった!5.30

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2-VII-12

2023-05-27 08:46:37 | 地獄の生活

「言うまでもないことだけれど」と夫人は続けた。「冬が一番煌びやかな季節なのよ。楽しいときが始まるわ。十一月五日を皮切りにコマラン伯爵夫人のパーティが催される。パリ中の人々が集まるわ。七日にはボアダルドン子爵婦人邸で舞踏会があるし……十一日にはコンサートがあってその後舞踏会がトリゴー男爵夫人邸で開かれるわ。貴女もご存じでしょ。あの四六時中ゲームをしていらっしゃるという、ものすごくお金持ちで一風変わった方の奥様ですよ」

「初めて聞くお名前です……」

「まぁ本当? 貴女本当にパリに住んでいらしたのよね? 信じられないわ。これだけは知っておいてね、世間知らずさん、トリゴー男爵夫人はパリで一番目を引く方でいらして、しかも才気煥発、ファッションでもあの方の右に出る人はいないわ。ファン・クロペンのお店でのあの方の払いは年に十万フランじゃきかないでしょう。これで分かったでしょ?」

それから極めて現実に即し、十分に根拠のある自尊心と共にこう付け加えた。

「で男爵夫人は私のお友達なのよ。貴女にも紹介してあげるわ」

一旦この領域の話が始まるとフォンデージ夫人はちっとはそっとではそこから動かなかった。世間の噂に通じ、パリ中の人を知っており、社交界の婦人たちと親密な付き合いをしているということが彼女の自慢の一つだということは明らかだった。これら社交界の名花たちは、その贅沢さや突飛な振る舞い、更にもっと悪いことにその『悪名高さ』で愚か者に畏怖の念を起こさせるのだ……。確かなことは、フォンデージ夫人ほど毎日パリの社交場で交わされる些末な噂話に通じている者はいない、ということだった。一時間もこういう話を聞かされていると、パリ中のスキャンダルに通じることになる。

このような口さがない無駄話には全く興味を持てないマルグリット嬢だったが、そこから逃れようとはせず、うわべは傾聴しているふりをしていた。すると突然サロンのドアが開いた。

首を言い渡されたエヴァリストが、この上なくずうずうしい笑みを浮かべながら入ってきた。

「マダム・ランドワールがお見えです」と彼は言った。「伯爵夫人様とお話しがしたいと言っておられます……」

この名前を聞くと『将軍夫人』は、まるでクサリヘビに噛まれたかのように、飛び上がった。

「お待たせして」と彼女は慌てて言った。「すぐに行きますから、と言ってね……」

無駄な気遣いだった。当のマダム・ランドワールが姿を現した。彼女は褐色の髪をした背の高いやせぎすの女で、いかにもがさつな物腰をしていた。

「やれやれ、やっと見つけた」と彼女はずけずけと言った。「無駄足にならなくてよかった……。もうこれで四度目ですよ、この支払いをして貰おうとやって来たのは……」

フォンデージ夫人は身振りで彼女を制し、マルグリット嬢を示した。

「せめて私が一人になるまで待ってくださいな」と夫人はきっぱりした口調で言った。「そうしたらあなたの用件を伺います」

マダム・ランドワールは肩をすくめた。

「あなたが一人になるときなんて、ありゃしないじゃないですか!」彼女はぶつぶつ呟いた。「今日という今日は、きっちり片を付けて貰います」

「それじゃ私の部屋まで一緒に来てくださいな。けりをつけましょう」5.27

 

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2-VII-11

2023-05-22 16:01:21 | 地獄の生活

貴女みたいな別嬪さんなら、本当に貴女は神々しいくらいに綺麗なんですもの、どこへ行ったって女王様みたいにもてはやされるわ。さぁ、こう言ったら貴女の冷淡な心も動かされないこと? 活動的な生活、パーティ、ざわめき、目を見張るような装い、ダイヤモンドの輝き、殿方からの称賛、ライバルのやっかみ、自分の美しさを自覚すること。これほど若い娘の心を満たすものは外にはないわ。眩暈がするほどでしょうけど、その眩暈こそが幸せというものよ」

これは彼女の本心なのであろうか? 彼女は計算づくで誘惑しようとしているのであろうか? このように若い娘の目を眩ませれば、その後自分の好きなように操れるであろうと期待しているのか? 狡猾な性格の人間にはよくあることだが、彼女の中には非常に現実的な率直さと奥深い計算高さとが同居していた。彼女が口に出していることは心に思っていることであった。そしてそれは彼女の利益に叶うことであった。言わば損得勘定が彼女の好みの方向に彼女の背中を押していたのである。

二十四時間前なら、誇り高く嘘の嫌いなマルグリット嬢は彼女に黙れと命じていたであろう。気高い彼女の精神は決してそのような俗悪さに誘惑されるようなことはなく、通俗的な幸福には嫌悪感と軽蔑しか感じない、と答えたことであろう。しかし騙されやすい娘のふりをしていようと決心している今は、うっとりしているかのような態度の下に自分の本心を隠し、またこのように心と裏腹の態度が取れる自分自身に驚き、恥ずかしさを感じてもいた。

「それに」とフォンデージ夫人は更に先を続けていた。「結婚を控えている若い娘は家に閉じこもっていてはいけません。結婚相手を見つける場所はそこじゃありませんからね。……結婚はすべきものです。それが良識ある女にとって人生の唯一の目的です。だってそれは解放を意味するのですからね……」

『将軍夫人』は息子の話を持ち出すつもりであろうか? マルグリット嬢は殆どそれを確信して待っていた。が、夫人はそんな露骨な方法は採らなかった。息子のギュスターヴ中尉の名前はおくびにも出さないよう注意していた。5.22

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2-VII-10

2023-05-19 10:15:21 | 地獄の生活

マルグリット嬢は笑いを隠すのに少なからず苦労せねばならなかった。

「おば様に白状いたしますけれど、私は子供の頃からずっと自分の着る服は自分で作っていますの」

『将軍夫人』は両手を天に差し伸べた。

「自分で、ですって!」 聞き間違ったのではないことを確認するため、彼女は数回繰り返した。「自分の手で? まぁ、そんなこと、とても考えられない! 五十万か六十万リーブルもの年利収入のある方の娘である貴女が、どうしてそんな! ああでも、そうね、亡くなられたド・シャルース様は立派な方ではあったけれど、奇妙な一風変わった考えをお持ちの方でしたわね……」

「お言葉ですけれど、おば様、私は自分の楽しみのためにそうしていたんですの……」

ここに至って、これはフォンデージ夫人の理解を越えた。

「信じられない!」と彼女は呟いた。「とても本当のことと思えないわ。でも流行はどうするんです? どうやって流行に後れないようにしていたの?」

この点に掛ける彼女の情熱の大きさは疑いようがなかったので、マルグリット嬢もそれ以上真面目な顔を続けていられなくなった。

「流行は」と彼女は答えた。「ごくごく遠くから眺めるだけですわ……というわけで、今着ていますこの服も……」

「とてもよくお似合いよ。それを着た貴女はとても素敵……でもね、正直に申し上げるけれど、その手のスタイルはもう流行らないのよ。はっきり言って全然流行おくれ……だから貴女がこれから買うことになるドレスも全く違うものにしなければね……」

 「でもおば様、私は既に十分すぎるほどたくさん服を持っていますわ」

 「黒の?」

 「私は大抵黒しか着ませんので……」

 『将軍夫人』がこのようなことは聞いたこともないのは明らかだった。

 「何にせよ」と彼女は言った。「喪に服する最初の数か月は、それもやむを得ないことでしょう。でもその後は? ねぇ、マルグリット、貴女がド・シャルース邸で暮らしていた時のような、あの修道院みたいな生活を私が貴女にさせておくとお思いなの? あの大きなお屋敷でたった一人ぼっち、社交界との付き合いもなく、友達もなく……」

マルグリット嬢の睫毛に涙が揺れていた。

 「あの頃私は幸せでしたわ、おば様」と彼女は呟いた。

 「貴女がそう思っているだけですよ! 自分が間違っていたと気がつくときが来るわ……楽しみとはどういうものか知らないとき、人はそれまで自分がいかに退屈していたか、気づかないものよ。貴女はド・シャルース伯爵のもとでとても不幸な生活をしていたことに御自分でも気がついていないのよ」

「まぁ、おば様!」

「まぁそう興奮しないで……私の言っているのは確かなことよ……私に孤独自慢をする前に、社交界にデビューしてごらんなさい、マルグリットちゃん! 舞踏会がどんなものか、きっと貴女は知らないんでしょうね? ああ、やっぱり! そうだと思ったわ。二十歳だっていうのに!でも大丈夫、私がいるわ。私が貴女の母親代わりになってあげる。そして二人で失われた時を取り戻すのよ!5.19

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2-VII-9

2023-05-15 13:16:48 | 地獄の生活

将軍はそそくさと立ち去り、召使たちは食器を引き始め、マルグリット嬢はフォンデージ夫人の後についてサロンに入った。それは広々とした部屋で、天井は高く、三つの窓から採光がされ、食堂より更に豪華なものであった。家具や絨毯、それに壁掛けの趣味は多少問題があったかもしれない。色彩鮮やかで派手であり強い印象を与えるものであったが、華やかさが強調されすぎの気味があったかもしれない……。もしも暖炉棚の置物一式が七、八千フラン以上はしなかったとしても、確かにそれらは二万五千フランの輝きを放っていたし、他の物も同様であった。

夜は肌寒かったので、フォンデージ夫人は暖炉に火を入れさせていた。彼女は暖炉の前の長椅子に腰を下ろし、マルグリット嬢が向かいに座ると彼女は口を開いた。

「さぁ、可愛いマルグリットちゃん、お話をしましょうね」

マルグリット嬢は何か重要な話があるかと身構えていたので、およそ一分ほど考えをまとめる時間を取った後『将軍夫人』が次のように言葉を続けたとき、やや拍子抜けの感じに襲われた。

「あなた、喪のしるしについて考えていらっしゃる?」

「喪のしるし、ですか?」

「ええ、そうよ。つまり私の言いたいのは、喪の期間中何を着ればいいか、考えましたか、ということよ。これはね、あなたが思う以上に大事なことなの。近頃はクレープやルーシュやラッフルの喪服が出ていて、それはもう気品があるわね。スカビオサ(マツムシ草)風のものなんか、あなたにぴったりでしょうよ。それと、直後の喪服としてはフリル付きのものはちょっと品がないと思うかもしれないわね。それは好み次第だわ。ド・ヴェルジョ侯爵夫人なんか、ご主人が亡くなられて十一日目にそういうのを着てらしたけれど、髪の毛を一部分肩に垂らしてね、泣き女風に。それはそれは素敵だった。あの方、本当に絵になる方よ……」

 彼女は本心を語っているのであろうか? 疑う理由は何もなかった。『将軍』がボルドー酒を持って来いと言い出したときには怒りで大むくれだった彼女がいつもの表情を取り戻したばかりか、徐々に晴れやかにさえなっていた。

「それか、マルグリットちゃん、貴女のお好きなお店ならどこへでも御一緒しますわよ。もし貴女に行きつけの仕立て屋がなければ、私が贔屓にしているところへ連れて行ってあげるわ。申し分のない仕事をしてくれる人よ……。あら、でも私ったら馬鹿ね! 貴女はきっとファン・クロペンのところで誂えているのよね……私は、そうね、私はあまりあの人の店へは行かないけど。なにか大きな事があるときだけね。ここだけの話だけれど、あそこはちょっとお高いのでね……」5.15

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