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目的地に着いたので、シュパンは歩を緩めた。そしていかにも事情を心得ているといった様子で慎重に店に近づき、ガラスに鼻をくっつけんばかりにして中を窺った。予め中の様子を見るのは、自分がどんな感じで入っていったらいいかを決めるのに役立つだろうと考えたのだ。確かに、たっぷりと心行くまで観察するのを妨げるものは何もなかった。夜の闇はすっかり濃くなり、河岸に人の気配はなかった。物音ひとつ聞こえてこない……。悪臭を含んだ濃い霧が息苦しいほどに立ち込め、陽気なざわめきのある隣の市門までずっと続いていた。パリの街ならすべて知り尽くしていて驚くことなどない生粋のパリっ子のシュパンでさえ、ぞっとするような場所だった。『おいらの街』の中ならどんなにさびれた場所に居ても、ブルジョアが自分のアパルトマン内の部屋ならどこであろうとくつろげるように、我が物顔に振る舞うシュパンなのに。
「あの悪党のコラルトの正式な妻って人がこんなところに店を構えるとは、年収十万リーブルは行かないんだな」と彼は思った。
実際、このタバコ屋ほど酷い店はないと言っていいだろう……。二階までしかない建物で、俗に言う吹けば飛ぶような小屋であった。両側が支柱で支えられていなければ今にも瓦解しそうになっており、その両側の壁に出来たひび割れは古い船の床板を正面の壁に釘で留めることで隠されていた。
「この中に居たら」とシュパンは思った。「とても安心しちゃいられないだろうな。風の強い日なんかには……」
店舗そのものはかなり大きかったが、そのみすぼらしさと不潔さは顔をそむけたくなるようなものであった。壁は漆喰が剥がれており、くすんだ緑色の染みが涙のように染み出していた。分厚く不均等に塗られたペンキの痕が見られたが、窓ガラスはなくなっていた。床はこのセーヌ河岸を覆っている黒く粘ついた石炭粉と同じ色をしていた。解体業者が道具類を手あたり次第に売ったものらしく、砂岩の壺四つ、秤が二個、いびつなガラスケースにはパイプ、紙煙草、いろんな値札の付けられたガラス器や瓶、葉巻の箱が数個、たばこの葉の入った箱がいくつか(これらは絞れば水気が滴るようなものであることが見なくても分かるものだった)といったものがカウンターの上に置いてあった。
この陰惨な店とド・コラルト子爵の贅沢な家の内部とを較べるとシュパンは心が沈み、同時に怒りが沸々と湧いてきた。
「このことだけを取っても」と彼は歯を食い縛りながら思った。「あのクソ野郎は銃殺にすべきだ」11.23
目的地に着いたので、シュパンは歩を緩めた。そしていかにも事情を心得ているといった様子で慎重に店に近づき、ガラスに鼻をくっつけんばかりにして中を窺った。予め中の様子を見るのは、自分がどんな感じで入っていったらいいかを決めるのに役立つだろうと考えたのだ。確かに、たっぷりと心行くまで観察するのを妨げるものは何もなかった。夜の闇はすっかり濃くなり、河岸に人の気配はなかった。物音ひとつ聞こえてこない……。悪臭を含んだ濃い霧が息苦しいほどに立ち込め、陽気なざわめきのある隣の市門までずっと続いていた。パリの街ならすべて知り尽くしていて驚くことなどない生粋のパリっ子のシュパンでさえ、ぞっとするような場所だった。『おいらの街』の中ならどんなにさびれた場所に居ても、ブルジョアが自分のアパルトマン内の部屋ならどこであろうとくつろげるように、我が物顔に振る舞うシュパンなのに。
「あの悪党のコラルトの正式な妻って人がこんなところに店を構えるとは、年収十万リーブルは行かないんだな」と彼は思った。
実際、このタバコ屋ほど酷い店はないと言っていいだろう……。二階までしかない建物で、俗に言う吹けば飛ぶような小屋であった。両側が支柱で支えられていなければ今にも瓦解しそうになっており、その両側の壁に出来たひび割れは古い船の床板を正面の壁に釘で留めることで隠されていた。
「この中に居たら」とシュパンは思った。「とても安心しちゃいられないだろうな。風の強い日なんかには……」
店舗そのものはかなり大きかったが、そのみすぼらしさと不潔さは顔をそむけたくなるようなものであった。壁は漆喰が剥がれており、くすんだ緑色の染みが涙のように染み出していた。分厚く不均等に塗られたペンキの痕が見られたが、窓ガラスはなくなっていた。床はこのセーヌ河岸を覆っている黒く粘ついた石炭粉と同じ色をしていた。解体業者が道具類を手あたり次第に売ったものらしく、砂岩の壺四つ、秤が二個、いびつなガラスケースにはパイプ、紙煙草、いろんな値札の付けられたガラス器や瓶、葉巻の箱が数個、たばこの葉の入った箱がいくつか(これらは絞れば水気が滴るようなものであることが見なくても分かるものだった)といったものがカウンターの上に置いてあった。
この陰惨な店とド・コラルト子爵の贅沢な家の内部とを較べるとシュパンは心が沈み、同時に怒りが沸々と湧いてきた。
「このことだけを取っても」と彼は歯を食い縛りながら思った。「あのクソ野郎は銃殺にすべきだ」11.23