エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XIII-3

2021-07-31 10:48:14 | 地獄の生活

友人、敵、債権者、債務者のすべて、更に生前に彼が知っていたあるいは近づきのあった人々すべてに、次のような返答が返ってくるまで聞きまわるのだ。『ああその人なら私と同郷人でしたよ……直接話したことはありませんが、兄弟の一人を知ってました……叔父さんの一人を知ってます……いとこの一人と友達でしたよ……』等々。

 ときにはこのような調査に数年を要することもあり、前倒しの資金や移動に伴う出費、ヨーロッパ中の新聞に掲載する巧みな言い回しの広告、等が必要であった。

 しかし一旦このような結果が得られれば、追跡調査人はホッと一息吐く。彼にしてみれば七十五%は成功したも同然なのだ。最もしんどい部分、つまりどうしても偶然に頼るしかない仕事は終わったのである。後は非常にデリケートな如才なさや手練手管を必要とする社交上の問題となる。ここで警察官としての仕事は終わりを告げ、入れ替わりに狡猾な法律家が現れる。

 まずはこのように大変な手間をかけて探し出した故人の親類に接触せねばならない。その相手に舞い込むことになる相続額を知らせることなく、財産について話し合いをすることになる。そして正確かつ正式な書面により総額の十分の一、あるいは三分の一、ときには半分を支払うことに同意させねばならない。これは厄介な交渉であり、どんな老獪な外交官も顔負けというほどの二枚舌や才気煥発さを必要とする。実際、相続人が少しでも疑いを持ち、真実を嗅ぎつけたりしようものなら、追跡人を鼻で笑い、追い返し、自分に入る遺産のすべてを丸々手に入れようとするであろう。こうなれば追跡人の希望は儚くも挫かれ、今までの苦労も奮闘もこれにかけた出費も何もかもが水泡に帰してしまうのだ。

 しかしこのような災難は稀である。思いがけず財産が舞い込んでくるという知らせを受けた人間は大抵警戒心を持つことなく、要求されるリベートを値切ろうとはしないものだ。大金が入ってくるという考えに目が眩んでしまい、手数料が高いとは思っても、その交渉で時間を取られるより一刻も早くお金を手にしたいと思ってしまうのだ。というわけで契約は成立し、書面にして署名がなされ、そうなって初めて相続人追跡調査人は真実を明かす。

 「あなたは、これこれの方の親戚ですね? 結構です。実はその方が亡くなられまして、あなたが相続人なのです。神に感謝してそのお金を受け取りに行こうではありませんか」

 大抵の場合、相続人は言われた通り行動に移す。この場合は問題なしである。だが、ときには金を手に入れる手続きに入ると逆襲する者もいる。あまりにも暴利を貪られすぎであるとして契約の取り消しを求めるのだ。そうなると訴訟となる。殆どの場合、裁判所は反抗する相続人に反省を促す決定を下す。つまるところ、この職業はかつてはかなり実入りの多いものであったが、同業者が増えたことにより多少は損なわれたものの、それでも十分な収入をもたらす仕事と言える。

 さてイジドール・フォルチュナ氏は、この相続人追跡調査人であった。彼は他にもあまり大きな声で言えない生業にも手を染めていたことは間違いないが、この仕事は彼の手がけている中で一番実入りの良い、最上のものであった。7.31

コメント

1-XIII-2

2021-07-29 09:31:13 | 地獄の生活

 「このようにして失われる金の二十分の一でも手にすることが出来たら」とある頭の良い男が二十年ほど前に嘯いたものだ。「私なら一財産築いてみせる!」

 これを言ったのはアントワーヌ・ヴォドレという男で、パリ中の人々がその名を知っていた。というのは、かのリスカラの裁判で、如才ない彼は愚かにも騙された男を演じ一躍有名人となったからである。このように公言した後、彼はある考えを思いつき、それを誰にも言わず密かに温めていた。六カ月間彼はその考えを練り上げ、検討し、あらゆる角度から吟味し、長所及び弱点を見定めた。そしてついに実行に移すに十分と判断した。早速その年に、どこから調達したか誰も知らぬ資金を基に新たな事業を始めた。それは新しい需要に応えるべく設立された前代未聞の奇妙な稼業であった。アントワーヌ・ヴォドレは初の『探し屋』になったのである。正式名称を用いるなら、初の『相続人追跡調査人』となった。

 これは怠け者が徒やおろそかに出来る仕事ではない。特殊な資質を巧みに操る能力、ある種の適性、集中的な行動力、エネルギーといったものが必要であり、柔軟でありながら大胆でもあり、あらゆる分野の人々と交流を持ち、社交術に長けていなければならない。相続人追跡調査人は、ゲームに興じる際の無鉄砲さ、決闘に赴く者の冷静さ、警察官の直観力と忍耐強さ、最も狡猾な代訴人の能力とずる賢さが必要なのだ……。

 このようにこの職業を言葉で説明し、その仕組みを分解して見せることは、実際にそれを実行することよりも簡単なことだ。まず彼は相続人が存在しないケースが発生する事情によく通じていなくてはならない。それに法曹界に知人を持っていることも重要だ。裁判を傍聴するにせよ、書記官や裁判所の廷吏から情報を得るにせよ。ある男が明らかな相続人のいない状況で死んだと知らされたとき、どうするか? 彼はすばやく行動を起こし、死者の遺した財産を調べ、それがやってみる値打ちのあるケースかどうかを判断する。相続財産が手数料を十分賄えるだけの額であれば、彼は仕事を開始する。まず何を置いても知らねばならないのは亡くなった人間の名前である。彼の姓名、もしあるなら異名、身体的特徴及び年齢。これらを得ることはたやすい。それよりも入手が難しいのは出生の場所、職業、これまでに居住した場所、好み、生き方など、一言で言えば伝記が書けるほどの個人的情報である。これら不可欠な要素を武器に、彼は慎重に調査に取り掛かる。人々の注意を喚起しないことが彼には是非とも必要なことだからだ。犯罪を追う警察官ならば、これほど細心な注意をもって捜査することも、これほどの忍耐づよさ、粘り強さ、そして工夫の才を必要とすることもない。相続人追跡調査人が財産を持ったまま死んだ男の足跡を調査する際の比類なき巧妙さは驚くばかりである。7.29

コメント

1-XIII-1

2021-07-26 12:04:56 | 地獄の生活

XIII

 

 殆どの人はあまり考えないが、被相続人がいない相続財産は毎年国に没収されることになる。このようにして国庫に入る額は相当なものだ。家族の絆がどんどん弱められ、個人が我欲に駆られ、かつて大切にされた血縁や家名による連帯は見向きもされなくなった昨今にあっては、これもまた頷けることだ。年長者たちはお互いに会うこともなくなり、子供たちはお互いを知らず、第二世代ともなればもはや赤の他人も同然となる。冒険的な気質を持ち故郷を離れる若者や父親の意に反した結婚をする娘は、たちまちその存在を忘れられる。彼らは一体どうなったのか?誰も心配する者はいない。彼らが幸せにしているのかそうでないか、確かめてみようとする者もない。ただ何らかの助けを求められたらどうしようと不安がるのみである。

 このように忘れられた者たちは、彼らの方でもまた忘れてしまう。そして運命の女神が彼らに微笑んだとき、彼らは家族にそのことを知らせないようにする。貧乏になれば彼らは見捨てられるが、富を得れば彼らが見捨てる方だ。誰の助けも借りず独力で財をなした彼らは、自分だけで自分の好きなように金を使うという自己満足に耽る。

 しかし、このような係累のない人間が死ぬとどうなるであろうか? 彼の召使たちや彼の臨終に駆け付けた人々は彼の孤独を利用し濫用する。家財道具に封印を貼付するために治安判事が到着するときには、もう盗めるものは盗んだ後である。やがて、受益者、債権者あるいは従僕たちによりこれらの封印の解除が求められ、財産目録が作成され、いくつかの手続きを経て相続人が名乗り出なければ、裁判所により相続人なしの決定がなされ、財産管理人が任命される。この財産管理人の仕事はいたって簡単である。彼は相続財産を管理し、裁判所がその財産の受領を宣言する日まで、相続人が現れて訴えを起こさない限り、そこから得られる収入を国庫に払い続ける。

コメント

1-XII-12

2021-07-06 09:42:19 | 地獄の生活

実際のところ、書記はうんざりしていた。この巨大な邸宅の財産目録作成を殆ど終えようとしていたからではなく、一日の仕事としては十分すぎるほど働いたと思っていたからである。そのことは彼が目にも止まらぬ速さで調書を読み上げ、立会人にサインをさせ、門番のブリジョー氏を封印の監視人に任命したことによく表れていた。また治安判事が階段に姿を現すや否や、マルグリット嬢に「お力落としなさいませんよう」と挨拶をした後で判事の後を追ったその性急さを見ても明らかだった。

 しかしこれほどの数の目録、封印貼付から得られる法定報酬を計算してみたとき、この書記の青年の不快感もかなり消し飛んだ。彼がこの仕事に就いて九年になるが、これほど豪華な家財目録を作成したことはなかった。彼はそのことにすっかり圧倒されていたため、判事の後ろを歩きながら言わずにいられなかった。

 「亡くなった方の財産をざっと見積もったところ二千万フランは下らないですよ……年利収入百万! それなのにあの綺麗な娘さんには一デシーム(1フランの十分の一)も手に入らないとは……今頃あの娘さんは身も世もなく涙にくれておられる、と賭けてもいいですね」

 もしこの書記が賭けをしたとすれば、彼の負けであった。

 マルグリット嬢はまさにこの瞬間カジミール氏から葬儀の手筈について説明を受けていた。こういった細々した事柄に気を配ることは、彼女にとって愛する者を失った悲しみや辛さをより大きくするものだった。

 葬儀はどのようなものするか、何時に行うか?ド・シャルース家の地下墓所に安置する手配はもう行ったか? すべての準備は出来ているか? 通知を出すべき人々の名簿を作らねばならない、等々。

 ついにそれらが済み、彼女は少し食べ物を取ることに同意し、食堂の配膳台の前に立って食べた。その後、跪いて祈りを捧げるため、埋葬までの仮安置所となっているド・シャルース伯爵の書斎に行った。そこでは四人の教区の神父が死者への祈りを唱えていた。

 彼女は疲労困憊していたので、喉がしわがれ喋ることも出来ないほどで、睡魔が瞼を重くしていた。しかし彼女にはまだ、どうしてもやらねばならない仕事が残っていた。六時の鐘が鳴ると彼女は辻馬車を呼びにやり、肩にショールを掛けるとマダム・レオンに一緒に来るよう命じ、出かけた。

 彼女は向かったのはデュルム通りにあるパスカルの家であった。その家に着くと、門は閉められておりガス灯も消えていたので、彼女は呼び鈴を五回も六回も鳴らさなくてはならなかった。やっとドアが開けられ、弱弱しい灯りに導かれ管理人部屋まで行った。 

 「フェライユールさんは……?」と彼女は尋ねた。

 管理人は軽蔑するように彼女をじろじろと眺め、つっけんどんに言った。

 「その人はもうここにゃいませんよ。ここの所有者はいかさま野郎を置いときたくないんでね……あの人は身の回り品を売っ払ってアメリカに出発しましたよ。あの魔女みたいな母親と一緒に……」

 そう言うと管理人はドアを閉めた。マルグリット嬢はこの最後の言葉にひどく打撃を受け、よろめきながら壁につかまり、ようやく馬車に戻った。

 「出発だなんて!」彼女は呟いた。「私に一言もなく!……それじゃあの人は、私のことを他の人と同じように考えているの?……でも私、彼を見つけるわ……フォルチュナとかいう人、ド・シャルース伯爵のためになくした住所でも見つけられるあの人ならパスカルを探し出してくれるわ」7.6

コメント

1-XII-11

2021-07-05 14:39:57 | 地獄の生活

マルグリット嬢の顔は見違えるようになっていた。老判事の簡潔にして的を得た言葉に目の前の霧が晴れ、今や真実が指で触れられるほどに明らかに見えるように思われた。

 「ああ、そうですわ!」と彼女は叫んだ。「あなた様の仰るとおりです!」

 判事は一瞬思いを巡らしていたが、やがて言った。

 「ド・フォンデージ氏の考えについては、それほど明確には分かりません。が、気がついたことがあります。彼は使用人たちに問い質してはいない。その証拠は、彼がここに着いたとき貴女が遺産の受遺者であると信じて疑っていなかったことです。よろしいかな、ここが肝心ですぞ。貴女には知らせずにド・シャルース伯爵はなんらかの予防措置を取っていたのですよ。そして彼もそのことを知っていた。貴女が彼に伝えたことは彼を混乱させた。で、すぐに彼は伯爵の不用意さによって被る被害を修復しようとし始めた。そのあまりの熱心さは、彼自身が伯爵の不用意さの原因を作ったのではないかと思わせるほどでした。息子の妻になってくれと貴女に懇願しているときの彼の動揺した表情からは、貴女の零落の原因を作ってしまった後悔を早く振り払いたいという一念が読み取れるようでした。さあ、ここから先は貴女が自分で結論を出すのです」

 可哀想なマルグリット嬢は問いかけるようなまなざしで判事を見た。彼が明確に言い切ることをしなかった考えの中味を誤って解釈するのではないかと怖れるかのように。

 「そ、それは、判事様」と彼女はひどく躊躇しながら言った。「あなた様のお考えでは、その、御推測では、将軍はあの二百万フランがどうなったか知らぬわけではない、と……」

 「そのとおりです」と彼は答えた。それから、言い過ぎたのではないかと怖れるかのように、またあまりにも断固として意見を述べたことを悔いるように付け加えた。

 「ご自分でよくお考えになることです」と彼は言った。「今夜一晩ゆっくりお考えなさい……明日になったらまた話をしましょう。もし貴女のお役に立てるなら、幸いです……」

 「ですが、判事様……」

 「ああいやいや、すべては明日ということにしましょう! 私は食事を取りに戻らねばなりません。私の書記もうすっかり待ちくたびれているでしょう……」7.5

コメント