エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XV-14

2021-10-24 09:33:21 | 地獄の生活

「あの女はどうかしている」と彼は考えていた。「完全に狂っている……全くいかれちまってる……人間の高慢さというのはどこに巣食っているのか分からんもんだ……彼女があの富をいらないと撥ねつけるのは、ド・シャルースの娘がどこまで身を落としたか世間に知られたくないためだ……兄を脅したくせに、その脅しを現実のものにするつもりはなかったんだな……。巨万の富より現在の地位の方が良いってか……奇妙な女だ、まったく!」

彼は怒り、悔しがりはしたものの、決して希望は捨てていなかった。

「幸いにも」と彼は考えていた。「あの誇り高き御婦人には、この空の下のどこかに息子がいるのだ……。さっき俺は彼女を説得しようとして、迂闊にも危うくそれを口に出しそうになったが、彼女に対してもっと粘り強くやれば、それにヴィクトール・シュパンの力も借りれば、俺はきっとその息子を探し出してみせる……。さぞかし頭のいい青年なんだろう……その息子がママと同じように莫大な富に見向きもしないかどうか、こりゃ見ものだぜ」10.24

 

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1-XV-13

2021-10-23 10:15:43 | 地獄の生活

 「私の話はすぐ終わります」彼はきっぱりとした口調で言った。「ド・シャルース伯爵には貴女様以外の相続人はいらっしゃいませんので、私は貴女様にご自分の権利を行使なさるようお勧めに参ったのです」

 「それで?」

 「お兄様の財産の相続人となるためには、貴女様はただご自身の存在を示し、ご自分の出自をお明かしになるだけでいいのです」

 マダム・ダルジュレは皮肉と猜疑心がこもごも交じり合った目でフォルチュナ氏をじっと眺め、しばし熟考した後に言った。

 「わざわざ来て頂いたことは非常に感謝しております。ただ、私にその権利があるにしても、それを行使することは私の意に沿いません」

 フォルチュナ氏は、危うく後ろ向きにひっくり返りそうになった。

 「まさか本気で仰っておられるのではないでしょうね」彼は叫んだ。「あるいは、ド・シャルース伯爵が遺された額がおそらく二千万フランぐらいであろうということをご存じないか……」

 「私の決心は変わりません……二度と」

 「結構でしょう……しかし、今のところ知られている相続人がいないため裁判所がこの巨大な富の相続人を捜索する可能性があります……結局のところ貴女様に行き着くことが考えられます」

 「それなら、私はド・シャルースの一族ではないと答えます。それでおしまいとなるでしょう。兄の死という知らせに動転して、私は自分の秘密を漏らしてしまいましたが……。もうこれからは用心いたしますわ」

 フォルチュナ氏は茫然としていたが、やがて怒りが取って代わった。

 「マダム、よろしいですか」彼は言い張った。「よくお考えになってください! 天の名に懸けてこの財産をお受け取りなさい。もし貴女自身のためでなければ、この……」

 頭が混乱したあまり彼はすんでのところで大間違いを犯すところだった。が、はっと気が付き、口をつぐんだ。

 「誰のためと仰るんですか?」とマダム・ダルジュレは先ほどとは違う声で尋ねた。

 「マルグリット嬢です。貴女様の姪御様に当たられる方です。伯爵が彼女を認知しなかったため、彼女は無一文になられるのです。するとこの大金は国庫に入ってしまいます」

 「もうたくさんですわ。わたくし、よく考えます……今日のところはこれで」

 威厳たっぷりに立ち去る許可が与えられたので、フォルチュナ氏はすぐに挨拶をし、この結末を訝しく思いながら退出した。10.23

                                                                                         

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1-XV-12

2021-10-22 09:30:18 | 地獄の生活

 フォルチュナ氏は度肝を抜かれた。この問いかけは彼の思い描いていた計画の変更を迫るものだった。どう返答するかによって状況は大きく変わってくる。彼は躊躇した。

 「お答えなさい!」とマダム・ダルジュレは迫った。「彼女には他に好きな人がいるんでしょう?」

 「じ、実を申しますと」彼は口ごもった。「どうもそのようで……。ですが確証があるわけではありませんので、マダム……」

 厳しい威嚇の態度で彼女は遮った。

 「ああ、なんという卑劣な奴!」彼女は叫んだ。「裏切者、恥知らず!……これですべてが分かったわ、ええ、何もかも……しかも私の家で!……許さない!……でもまだ間に合う……」

 そう言うと彼女は呼び鈴の紐まで走って行き、ちぎれんばかりに紐を強く引いた。召使が現れた。

 「ジョバン、急いでトリゴー男爵を呼びに行っておくれ。今立ち去られたばかりだから、すぐ連れ戻して。どうしてもお話しなければならないことがあるからと言って……。もしも捕まらなかったら、彼のクラブか、お友達のところまで行ってね。見つかりそうなところは全部探すのよ……急いで。彼と一緒でなければ家に戻ることを禁じます」

 召使が行こうとすると、彼女は呼び止めた。

 「私の馬車の準備が出来ている筈だから、それに乗って行きなさい」と彼女は付け加えた。

 この間、フォルチュナ氏の顔はみるみる変化した。

 「ほほう、こりゃどうだ!」と彼は思っていた。「ちょっとした騒ぎを惹き起こしちまったじゃないか! あのヴァロルセイ侯爵め、化けの皮をはがされたな……。これで彼がマルグリット嬢と結婚することなど金輪際ないな……。もちろんこの俺が気の毒などと思うものか、あの悪党、俺から四万フランをだまし取っていったんだからな……しかし、俺がこのことで果たした役割をもし知ったら奴は何と言うだろう!うっかり言うつもりもなく喋っちまった結果がこうなった、なんて信じないだろうな。そしたらどんな復讐を考え付くやら! あのような気性の激しい男が身の破滅を知ったら、どんなことでもやりかねんぞ……やれやれ、くわばらくわばら……早速今夜から俺は地区の警察署長に予告して、武器なしでは外出しないようにしよう……」

 召使が行ってしまった後、マダム・ダルジュレはフォルチュナ氏の方に向き直った。彼女はもはや別人のようだった。彼女の内に燃えたぎる感情が彼女をすっかり変身させていた。頬には血の気が戻り、目は輝いていた。

 「話はここまでとしましょう。来客があるので」と彼女は言った。

 フォルチュナ氏は勿体ぶったのと同時におもねった態度で頭を下げた。1022

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1-XV-11

2021-10-21 08:41:01 | 地獄の生活

彼はここで言葉を止めた。何らかの反応か、言葉か、身振りがあるかと待っていたが、何もなかったので先を続けた。

 「なによりもまず、ド・シャルース伯爵の置かれていた状況に目を向けていただきたいのです。特にその亡くなられる直前の状況に……。死は突然伯爵を襲いました。何の前触れもなく雷に打たれたように彼は倒れました。ですので伯爵は規定通りの遺言を残すのはおろか、自分の声で最後の意志を伝えることも出来なかったのです。このことはマダム、貴女様にとって天の配剤とも言うべきものでございます……。ド・シャルース伯爵は貴女様に対しある種の反感といったものをお持ちで……お気の毒な伯爵。あれほど立派な心根の方はいらっしゃいませんでしたのに、一旦恨みの気持ちを持つと手が付けられなくなるほどに……。彼の財産を貴女様には相続させないという決意を固めておられたことは間違いのないことで……。その目的のため、既に財産を違う形態に置き換え始めておられまして……。もう六か月長く生きておられれば、貴女様は一サンチームたりとも手にすることは出来なかったでしょう」

 マダム・ダルジュレはそんなことどうでもいい、という身振りをした。例の手紙の中に書かれていた脅迫に近い懇願とは相容れない態度である。

 「ああ……どうだっていいわ、そんなこと!」と彼女は呟いた。

 「どうだっていいとは、どういうことですか!」とフォルチュナ氏は叫んだ。「マダム、貴女様は悲しみのあまり、ご自分がもう少しで失いそうになったものが如何に大きいかが分かっておられない。伯爵には、貴女に何も与えないもっと他の理由もありました。彼の王侯貴族のような富を愛する娘に与えると誓っていたのです」

 ここで初めて無表情だったマダム・ダルジュレの顔に感情が動いたのが見えた。

 「なんですって! ……兄に子供がいたというの……」

 「はい、婚外の娘さんのマルグリット嬢です……綺麗なおとなしいお嬢様で私も何年か前お目にかかったことがございます。六か月前から伯爵のそばで暮らしておられまして、伯爵は莫大な持参金をつけて嫁にやるおつもりでした。お相手というのはフランスでも指折りの由緒ある家柄のド・ヴァロルセイ侯爵で……」

 この名前は電気ショックのようにマダム・ダルジュレを震撼させた。彼女は立ち上がり、その目は怒りに燃えていた。

 「今あなたはこう言ったわね」彼女は言った。「私の兄の娘がド・ヴァロルセイ侯爵と結婚すると?」

 「そう決まっております……侯爵はマルグリット嬢に夢中で……」

 「でも彼女の方はそうじゃないでしょう!……白状なさい、彼女は彼を愛してなどいないと」10.21

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1-XV-10

2021-10-19 09:22:47 | 地獄の生活

彼は慰めの言葉を言い始めた。が、マダム・ダルジュレは突然立ち上がって言った。

 「兄に会わなくては!……最後にもう一度兄の顔を見なくては!」

 だがしかし、何か恐ろしい記憶を思い出したか、彼女はその場に釘付けになった。それから絶望的な身振りをし、すべての苦しみと怒りを吐き出すかのように叫んだ。

 「いいえ、駄目だわ! そんなことすら、私には出来ない!」

 フォルチュナ氏は気詰まりを覚えずにはいられなかった。そして少し不安にもなった。唖然としてその場に凍り付いていた彼は当惑しながら再び腰を下ろしたマダム・ダルジュレを観察した。彼女は泣き崩れ、肘掛椅子のアームで頭を支えていた。

 「誰がそれを止めると言うんだろう?」と彼は考えていた。「兄が死んでしまった今となって、何故このように突然の恐怖に囚われるのか? してみると彼女は自分がシャルース家の一員であることを公にしたくないのだろうか! しかしもし彼女が伯爵の遺産を相続したいと思うなら、結局はそうしなければならないだろうに……」

 フォルチュナ氏はまだしばらく沈黙を保っていた。頭の中では様々なそれぞれ矛盾しあう仮説が彼を悩ませていた。やがてついにマダム・ダルジュレの興奮も収まってきたように思われた。

 「お許しください、マダム」彼は再び口を開いた。「貴女様のお嘆きは至極ごもっともでございます。こんなときにお心を乱すようなことを申すのは何ですが、貴女様のお受けになる利益についてお話せねばなりません」

 不幸に見舞われた人間が陥る受け身の従順さで、彼女は涙に濡れた顔を覆っていた両手を顔から離した。

「言ってください」と彼女は囁くように言った。

フォルチュナ氏の方では、時間があったので既に考えをまとめていた。

 「まず第一に申し上げておかねばならないのは」彼は言い始めた。「私はド・シャルース伯爵に信頼を置かれていた者だということです。私には伯爵は庇護者であり、その方を亡くしました……。あの方をあまりに尊敬しておりますので、友などと呼ぶことは出来ません。ですが伯爵は私には一切隠し立てをなさいませんでした……」

 マダム・ダルジュレがこの感情的な前置きを全く理解していないことは明らかだったので、フォルチュナ氏は付け加えて言う必要があると思った。

 「私がこのように申しますのは、貴女様の歓心を買うためというより、私が貴女様のご家族のことをよく存じているのはそういうことからだと知って頂きたかったからです……他には誰も知らぬ貴女様の存在を私が知っているのはそういうことです」10.19

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