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笹井中尉に叱られたい

2010-05-17 | 海軍



先日、「編隊宙返りは無かったのではないか?」という、大胆な予想をしてしまいましたが、
夜中に誰か来るわけでも、呪いの書き込みがくるわけでもなく、ほっとしているエリス中尉です。

あ、誰も見てないだけか(^_^;)

そう、「無かったのではないか」といいながら、今日の画像は何なんでしょう。
(絵、へたじゃん。なんて言わないでね。
なんならお絵かきツール、それもマウス無しで思った通りの線が描けるか試してごらんあそばせ。)

さて、編隊宙返りがばれて笹井中尉に怒られる坂井、太田、西澤の台南三羽烏。
この「笹井中尉に三人が目玉の飛び出るほど叱られた」シーンですが、
坂井氏すら書き残していない笹井中尉のお小言が見てきたかのように描かれている文書があります。
それは、あるアメリカの歴史オタクサイトです。
編隊宙返りについての記述は、「撃墜王西澤廣義」のページにありました。

余談ですが、英語のサイトで海軍関係のことを調べていて、坂井、笹井、
そして撃墜王西澤廣義、岩本徹三に関しては個人的にもかなりの記述がみられることがわかりました。

例えば、
THE LAST-DITCH EFFORTS OF THE SQUADRON OF ACE
(撃墜王隊長たちの最後の奮迅)
これは、三四三空の最後の戦いについての記述です。

この中で
「坂井三郎によると、『菅野はたいした隊長ではなかった(英語では bad leader)。
鴛渕が最小の被害しか出さなかったのに比べ、菅野のユニットからの列機の被害は、
その無謀な戦闘のため非常に多かった』ということである」

なんて記述がありました。
坂井氏の戦後の発言のせいではないでしょうが・・・いや、坂井氏のせいかな。
菅野大尉個人についての記述は英文サイトには非常に少ないと感じます。

英語のサイトをいろいろ見ていくと、投稿の中にも面白い意見があります。

例えば笹井中尉について「何故私がササイを好きか」という理由として、
「大抵のエースと言われるドライバー(アメリカではパイロットのことをこうとも言う)は、
ドッグファイトの末散った、というようなファイターらしい戦死を遂げていない。
しかし彼はそうだった」
などと語っているファン?を発見したりします。
ドッグファイトで戦死したから好きとは・・。
興味のある方はぜひ英語での検索もお勧めします。

しかし興味はあるが、英語のサイトなんて面倒くさい、と言う方のために、エリス中尉、
「笹井中尉のお小言シーン」を翻訳して差し上げますわね。


9時頃のことだった。
従兵が坂井、太田、西澤の三人を
「笹井中尉が今すぐ部屋に来るようにと言っておられる」と呼びに来た。
彼らが部屋に着くと、中尉は一通の手紙を持っていた。

「この手紙を俺がどこで手に入れたかわかるか?」彼はどなった。

 「わからんだと?教えてやる、馬鹿者ども!
これはな、数分前に敵の侵入者が落して行ったものだ!」
手紙は英語でこう書かれていた。

「ラエ司令官へ
我々は今日訪れた三人のパイロットに大変感銘を受けた。
我々の基地上での宙返りは大変気に入った。
もしもう一度本日のパイロットが今度は緑のマフラーを首に巻いて帰ってきてくれたら
大変嬉しい。
今日の訪問をよく注目して差し上げられなかったのは大変すまなかったが、
次回お目にかかるときには彼らは基地をあげての歓迎に浴するであろう」

笹井中尉が、禁令を破って敵地上空で空中パフォーマンスをするという彼らの
「馬鹿げた仕業」を目玉が飛び出るほど叱責している間、坂井、太田、西澤の三人は、
まっすぐ気をつけをしたまま笑いをこらえるのにヘラクレスのような努力をしていた。

これだけ叱られても、この台南空の3人のトップエースは、
西澤振付の「死の舞踏」(註)のダンスは値打ちがあった、と思っていたのだった。

註:「サン・サーンス作曲『交響詩 死の舞踏』のこと。
英語版では、3人でこの曲を聴いているとき、西澤廣義が『アメさんに死の舞踏を踊らせてやろう』
と提案したことからこの計画が生まれた、ということになっている。


どうですか?事実かどうかなんて、どうでもよくなりませんか?

(註:後から、この部分はマーティン・ケイデン著SAMURAI!の一節であることが分かりました)

事実はどうあれ、宙返りは「願望的実話だった」ってことで、みんなこの愛すべき話を
あえてこれ以上検証しないでいるのかもしれません。
実話だったのか?
おっと、野暮は無しにしようぜ?というところでしょうか。

そんなことより、この英語版笹井中尉、

”I’ll tell you, you fools!”

などと叫んでおられます。

ああ、中尉に気をつけをしたまま叱られたい・・・。