「振り込め詐欺」「オレオレ詐欺」は、これだけ社会問題になり、注意を喚起する呼びかけが
多くなされているのにもかかわらず、被害を受ける人は後を絶たないようです。
認知症気味の一人暮らしのお年寄りは勿論のこと、
電話の声に騙されて数千万を振りこんでしまった、などという事件の報道を
「確認もろくにしないで大金を振り込むなんて馬鹿だなあ」と笑っているような人々でも、
いざその場になるとあっさりと騙されてしまうということでしょう。
最近の犯罪の手口は巧妙に進化していっているそうです。
詐欺罪の犯人を知能犯と言います。
どうすれば電話だけでカモを信じさせ、さらにその足で歩いて銀行まで行かせ、
大金を振り込ませることができるか。
犯人グループは知恵を絞って日夜その研究と手口を錬成しているそうですが、
メンバーに劇団員崩れの「演技指導係」までいるなどとという話を聞くと、
「だまし取る金もさながら、犯罪を成功させる達成感や充実感も犯行動機のひとつか?」
とつい思ってしまいます。
「結婚詐欺」は、電話で全てを済ます振り込め詐欺などと違い
こちらはがっぷりと被害者と対峙して、相手を信用させ、貢がせるのが商売。
中長期的な臨機応変の対処が必要とされますし、そもそも相手に
「惚れさせてナンボの商売」ですから、詐欺の難易度ランクとしては高いように思われます。
果たしてそうでしょうか。
この映画「クヒオ大佐」の製作発表があったとき、世間は(ごく一部)騒然となったようです。
実在した結婚詐欺師「クヒオ大佐」を映画にするというのもさることながら、
それを演じるのが、コアなファンを持つといわれるアルカイックスマイルの優男二枚目俳優、
堺雅人であるというマッチングが
「なにそれ~、観たい」(笑)
というキワモノ興味を激しくそそるものだったからでしょう。
実はわたくし、クヒオ大佐事件が実際に起きていたときには、
経過を全く把握せずにすごしてしまい、今回、初めてその何たるかを知りました。
ゴムで付け鼻をして、どう見ても「鼻の大きな日本人に扮している」だけの堺雅人と違い、
実際のクヒオ大佐は、身長163センチの短躯ながら、こちらは
「どう見てもアメリカ人」に見える(整形手術を受けていたといわれる)顔、片言日本語、
びしっと着こんだ米軍の軍服で
「わたしはアメリカ空軍特殊部隊パイロット。
ハワイ出身で、父はカメハメハ大王の末裔母はエリザベス女王の双子の妹である」
と名乗り、さらに
「私と結婚すれば、軍から5000万円の結納金が支給される。
イギリス王室からも5億円のお祝い金が出る」
さらに「軍の機密費を使いこんでしまった」などと言って大金を貢がせたそうです。
この怪しげな設定と、怪しげな容姿、さらに誰が見ても怪しい理由でお金を要求されて、
4500万(51歳)、850万(25歳)120万(33歳)―カッコ内は女性の年齢―という具合に
大金を疑いもせずに渡してしまったというのですから驚きです。
傍から見ていると「なんだってこんな胡散臭い人間を信用するのだろうか」と、
女性たちの馬鹿さ加減を嗤わずにはいられないのですが、ちょっと待った。
表層的に見れば確かに騙される者がバカ、の一言で済んでしまうこの結婚詐欺。
しかしもしかしたらそこには本人にしかわからない「騙されるべき事情」があったのではないか?
そして、騙す方にも、振り込め詐欺のように、金だけが目的ではなく
「そういう自分を演じ切ることに対する喜び、ひいてはターゲットへの(ある意味)本気の愛」
があったのではないか?
こういった観点から描かれたのが、この映画「クヒオ大佐」です。
弁当屋を細々と営むしのぶ(松雪泰子)、
子供が嫌いなのに自然科学館で指導している春(満島ひかり)、
店を出したがっている銀座のホステス未知子(中村優子)。
詐欺師と知っていて、逆にお金を取ろうとする海千山千のホステスには歯が立ちませんが、
従順な弁当屋経営者をずっと食いものにしてきたクヒオ大佐。
なぜか、どうみてもお金の無さそうな春に目をつけます。
詐欺を知ったしのぶの弟が、それをネタにクヒオ大佐を強請ってくるというのはお笑いですが、
弟に渡す金を、クヒオがその姉からだまし取るというのが何とも哀しい。
この映画で堺雅人は、どこまでも胡散臭く、いたるところで目を覆うような間抜けぶりを見せ、
それゆえ憎めない詐欺師を演じて秀逸です。
どこかで「堺雅人なら騙されてみたい」という女性ファン?の感想も見ましたが、
少なくともこの映画上では、堺雅人は全くと言っていいほど男前にも素敵にも見えず、
トレードマークの「いつも笑っている顔」が、何とも安っぽく、軽薄で愚かにすら見えます。
現実のクヒオが、どう見てもハンサムとか二枚目とか言う言葉とは程遠い男であったこと、
それでいながら数多くの女性が彼を信用し、もしかしたら彼を愛したこと。
このあたりが、「事件史」には残らない、男と女の機微の不可思議といえますし、
ましてやこの、お馬鹿そうな堺雅人のクヒオならさもありなんと思わせるあたりが、巧い。
ところで、エリス中尉、学生時代にこの手の結婚詐欺と接触したことがあります。
本を読んでいた喫茶店で隣り合わせた男が、丁寧な口調で話しかけてきました。
何を読んでいるのかに始まり、当たり障りのない話が続きましたが、そのうち
「知人の会社が書類の整理をするアルバイトを探しているのだが、やってみる気はないか」
と言いだしました。
一人で街を歩いていると
「お土産買わせて下さい」とか
「お話ししているだけでお金もらえるアルバイトがあるんだけど、興味ない?」
などという怪しげなお誘いをしょっちゅう受けていた頃ですから、
勿論頭から信用していたわけではないのですが、
雑談の段階で、非常に物識りかつ教養のありそうに見えたので、
(これが詐欺の詐欺たるゆえんですね)
つい電話番号を教えたのです。若かったんですね。
アルバイト、というのにも少し興味はありましたし。
すぐに電話がかかってきて、面接のために相手の指定したのは、シティホテルの一室。
人を疑うことのできなかったわたしですが、さすがに一人では怖いので、
予告せずに大学の先輩(無茶苦茶辛辣で世知に長け、頼りになる男前な大阪出身女性)を、
相談のうえその場に連れて行きました。
男は先輩を連れていったことをその場では何も言いませんでしたが、
仕事の話を具体的に進めることもなく、眼の前でかかってきた電話に長話をしたりして、
時間は過ぎていくばかり。
先輩はもう完全に「見破りモード」。
かかっていた英語の歌についていきなり男が
「この曲、どういう内容か、知ってる?・・・馬鹿な女が騙されて泣く歌さ(ふっ)」と言うと、
先輩、鼻で笑って
「そうですかあ?ウェイクアップなんていってますけど?」
男「・・・・・・・・」
ホテルの部屋を出るなり
「なにあれ!これ見よがしに英字新聞広げて、詐欺丸出しやん!
アンタみたいなぼーっとしてるコが、騙されてツボ買わされたりするんよ」
「いや、まだ何にも騙されてないんですけど」
「いいから名刺持って警察行き!あいつ絶対怪しい」
家に帰ったら男から電話。
「何で今日一人で来なかったんですか」
「あの、先輩が、心配だからどんな人か見てやると言って」
「失礼な!あなたもあなただ。あんな生意気な女の子をいきなり連れてきて」
なぜか電話は叩き切られ、母親も
「この人、あなたがいないときも何度も電話してきて、やっぱり変よ」
と言いだしたので、警察に行きました。
「あのー、詐欺課ってどこですか」
「詐欺課ってのはなくて、二課ですね」
そう言われて刑事さんに名刺を見せ、犯罪リストを検索してもらうと、
「寸借詐欺、追い出し盗、結婚詐欺」
の立派な前科三犯であったことが判明。
ひえええ~。
クヒオ大佐と違って、この人は本名で詐欺活動していたのです。
亡くなった有名人と同姓で、その甥というのがウリだったからでしょう。
勿論わたしは何の被害も受けていなかったので、刑事さんに
「何もなくてよかった。気をつけてくださいね」と言われて警察を出ました。
しかし、このときにわたしの思ったこと。
「何故わたしに声をかけたんだろう。どう見ても学生でお金なんて持ってなさそうなのに」
この映画「クヒオ大佐」で、詐欺だと知った「春」(満島)が、全く同じことを言います。
「どうしてわたしだったの?お金なんて無いのに」
それに対して、松雪泰子の「しのぶ」がこういうのです。
「好きだったからに決まってるじゃない。だから騙したのよ」
少なくともジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐を名乗った男は、クヒオという存在を
深く愛し、こだわりを持っていたことは確かでしょう。
なぜなら彼は、詐欺で捕まり、逮捕されても逮捕されても、
刑務所から出てくるたびに、同じクヒオ大佐になって、詐欺を繰り返したのですから。
今と違い、インターネットで事件を知ることもできないとはいえ、
なぜあくまでも「アシのつき易い」クヒオ大佐にこだわり続けたのか・・・・・。
クヒオとして愛されること、クヒオを演じることが彼の人生そのものになっており、それどころか
女性と会っているときはかれは自分でもクヒオだと思い込んでいたのかもしれません。
(彼は捕まったときクヒオ大佐として結婚し、子供までもうけていたということです)
そのうえで「好きだったから騙した」というこの映画における解釈は、妙に納得がいきます。
詐欺のテクニックが「その人物に完全になりきる」ことにあるのなら、
結婚詐欺師が相手を好きという気持ちは、自分が本気であると思いこんでしまうくらい、
あくまでも限りなく本物に近くなくてはならないはず。
クヒオ大佐は相手を「本気で愛していた」と言っても、なんら問題はないのではないでしょうか。
言い方が悪ければ、「本気で愛していたが、ついでに騙すつもりでもあった」。
ノーマルな恋愛と違うのは、後半であるというだけで。
世の中、騙すつもりなどなくても「本当に好きかどうかわからないけど付き合っている」
「好きでもないのに付き合っている」
つまり「恋愛詐欺」をしているカップルはいくらでもいますよね。
勿論、こちらは犯罪として問われることはありませんが。
堺雅人のクヒオ大佐は、詐欺であることがばれ、心中を迫る弁当屋のしのぶに
「ぼくは北海道で生まれたんだ・・・・」と告白を始めます。
「バラ屋敷と言われているうちで・・・・父親はスーパーを経営していて・・・・」
言いながら彼の脳裏を過るのは、本当の幼い日の陰惨な記憶。
それを語るクヒオ大佐の表情に浮かぶ貼りついたような微笑み。
堺雅人のキャスティングはこの瞬間のためにあったのではないかと思いました。
え?わたしの出会った詐欺の話はどうなったのかって?
警察で前科を知ったことは言わずに(怖いから)、居留守などで距離を取ることに成功し、
その後、前科三犯氏からの連絡は途絶えました。
そして一年ほど経ったクリスマス。
なぜかもの凄く豪華なクリスマスカードが、その名で送られてきたのです。
気味悪く身構えるような思いでしたが、それ以来何も起こらず、
さらにもう何年か過ぎたある日、わたしは彼の名前を新聞の片隅に見つけました。
それは、三犯氏が結婚詐欺で捕まった、ということを報じる記事でした。