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宇宙からの「スパイ」とシギント収集艦「オックスフォード」〜スミソニアン航空宇宙博物館

2022-03-11 | 博物館・資料館・テーマパーク

実は「スカイ・スパイ」のシリーズを前回をもって一旦終わったと思い、
その他のスミソニアン博物館の「マイルストーン」(歴史的)航空機とか、
宇宙開発で打ち上げたカプセルなんかについての説明ログを制作していたわたし。

まだ扱っていない「スカイスパイ関係」展示があるのに気がつき、
慌ててこれを取り上げる次第です。(何か不備があったらすみません)

なぜこの部分を積み残してしまっていたかというと、
スミソニアンの展示配置にその原因があって、「スカイスパイ」の展示と
宇宙開発展示の合流?するところに、この「宇宙からのスパイ」があり、
わたしはこれに気がつかないまま別のコーナーに移ってしまっていたのです。


まあ、そもそもアメリカの宇宙開発の最終目的は偵察にあったわけですから、
この二つのコーナーに重なる部分があっても当然だったんですけどね。

スミソニアンには偵察衛星のモジュールや宇宙カメラや、
何ならハッブル望遠鏡まであったりするのですが、
これらは「スカイスパイ」なのか、「宇宙開発」なのかと言われても
どちらにも当てはまるカテゴリなので、このパネルを見つけて初めて
このコーナーが「スカイスパイ」の最後であることに気がついたというわけです。

ちなみに、パネルの向こうに見学している人の足が写りこんでいますが、
ちょっと現地の雰囲気をお伝えできるかなと思って?トリムせずに挙げておきます。

■スパイイング・フロム・スペース

宇宙からのスパイ、つまり偵察ですね。
日本語ではスパイとは「スパイする人」という意味でしかありませんが、
英語だと普通に偵察です。

まずはこのパネルのメインの文言には衛星偵察についてこのように書かれています。

「衛星偵察プログラムは、秘密裏にされてきました。

一般の人々が一部とはいえそのことを知り得たのは、
1960年以降のこととなります。

アメリカは、第二次世界大戦以来、偵察に使用していた航空機、船舶、
そして地上のステーションを増強するために、

1950年代後半に衛星の開発をいよいよ開始することにしました。

衛星偵察には、これら他のプラットホームに比べて重要な利点があります。
それらは広大なカバレッジ(行動範囲)を提供し、
攻撃に対しても遥かに優位で、決して脆弱ではないことです。

そしてアメリカは、衛星偵察を開始してから今日まで、

画像情報と信号のデータを諜報手段として取得し続けています。

偵察は、他の情報源とともに、民間および軍の指導者に世界中の政治、

軍事、および経済の発展に関するタイムリーで正確な情報を提供します。
また軍の作戦を実際に支援することもあるでしょう。」

そして偵察種類が定義されています。
割と当たり前のことしか書いていませんが、一応整理のために載せておきます。


偵察 RECONNAISSANCE

別の組織・別の国家に関する情報を取得するために設計された秘密の活動

画像諜報活動 IMAGERY INTELLIGENCE

飛行場、造船所、ミサイル基地、地上部隊、指揮統制センター、
およびその他のターゲットの写真


シグナル・インテリジェンス:シギント
SIGNALS INTELLIGENCE :SIGINT

【電子インテリジェンス Electric Intelligence】
レーダーおよびミサイルと宇宙船間で送信される信号の傍受

【コミュニケーションインテリジェンス Communications Intelligence】
外交および軍事メッセージの傍受

「シギント」という言葉は前にも説明しましたが、
シグナルズ・インテリジェンスの頭から三文字ずつ取った短縮形です。


■国家による偵察衛星機関 
National Reconnaissance Office: NRO

ケネディ政権は、1961年、偵察衛星の設計開発、うちあげ、運用のために
あくまでも密かに政府機関である国立偵察局NROを設立しました。

ところで、アメリカの政府機関の「ビッグ5」って何かをご存知ですか。

CIA、国家中央情報局くらいは誰でも知っているでしょうし、
何ならその一つにFBIを挙げる人もいそうですが、FBIはビッグ5ではありません。

アメリカのビッグ5機関とは次の通りです。

CIA アメリカ国家中央情報局 Central Intelligence Agency

NSA アメリカ国家安全保障局 National Security Agency

DIA アメリカ国防情報局  Defense Intelligence Agency

NGA 国家地理空間情報局 National Geospatial-Intelligence Agency

NRO アメリカ国家偵察局 National Reconnaissance Office


このアメリカ国家偵察局ですが、バージニア州シャンティリー、
ダレス国際空港からすぐ近くにその本拠があり、3000人が所属します。

職員は、NROの幹部、空軍、陸軍、CIA、NGA、NSA、海軍、
米宇宙軍からなる混成組織となっています。

その任務内容から国防省に属し、ビッグ5の他機関と緊密に連携しています。

NROが手がけた最初の写真偵察衛星計画は、もちろんあのコロナ計画です。
表向きはディスカバラー計画として宇宙開発を目的に打ち上げた衛星は、
冷戦時代のソ連を上空から写真撮影するのが目的でした。



コロナ計画の機密は前にも書いたように1992年に解除され、
1960年から1972年までの情報が公開されました。

1973年には、上院委員会の報告である議員がうっかり
NROなる存在を暴露してしまい
、そのことからニューヨークタイムズに掘られて
NROが国防総省や議会に知らせずに年間10億〜17億ドルを溜め込んでいる
とスキャンダルまで一挙に暴かれて公開されてしまいました。

このすっぱ抜きはちょうどCIAが調査をしている最中だったそうです。
CIAの調査でNROが長年積み上げていた前倒し金は65億ドルに上るとしました。

NROの「いざという時の金」(レイニーデイ・ファンド)だったというのですが、
それはいくら何でも貯め込みすぎだろうって。

当初は衛星偵察が極秘だったこともあって、NROそのものが秘匿されていました。
日本語のWikipediaには、

「かつては諜報関係者すら、
公的な場所で組織名を口にする事さえ禁じられた
ほどの秘匿機関であり、組織の存在が暴露された後も長きに渡り
現職長官名も公開されない極秘機関だったが、
このような秘匿は情報公開法に抵触するとの抗議を受け、
現在では公式サイトでその概要を知ることができる」

とあります。

また、NROは独自に人工衛星を運用しており、その「ポピー」Poppyという衛星は
1962年から1971年の間、国民に秘密裏で7号まで打ち上げられていました。

こんな名前の衛星があったことなど知らない人の方が多いのではないでしょうか。


このいかにもキレッキレそうな目つきのおじさんが、NRO初代所長です。

ジョセフ・ヴィンセント・チャリック(Joseph Vincent Charyk)

カナダ生まれのウクライナ系ですが、アメリカ国籍を取っていると思われます。
カルテックで博士号をとり、アメリカ空軍で主任科学者を勤めていたことから
ケネディ大統領に初代NRO所長に抜擢される流れの中で
アメリカ国籍を与えられることになったのかもしれません。

■アメリカの航空偵察



U-2偵察機

カメラと電子情報機器を搭載したU-2偵察機が任務を始めたのは
1956年で、ソビエト連邦上空を飛行し始めました。

これらの任務は、ソ連がフランシス・ゲイリー・パワーズが操縦する
U-2を撃墜する「U-2撃墜事件」が起きて1960年に停止しましたが、
停止したのはソ連上空だけで、他の地域では偵察は継続されましたし、
空軍は現在も高度なU-2を運用し続けています。

ストーンハウス STONEHOUSE



エチオピアのアスマラにあった、ストーンハウス深宇宙受信ステーション
1965年から1975年まで運用されており、ここでは
ソ連の深宇宙探査機のコマンドの応答や探査機から受信が可能でした。

右の写真は85フィートの反射鏡、左の写真は直径150フィートのアンテナです。
月、火星、金星など遠方にあるソ連の宇宙探査機からの
ごく微弱なテレメトリー信号を受信するために、
これほど巨大なアンテナが必要だったというわけです。

この施設は1975年に閉鎖されましたが、世界中の同様のステーションは、
シギントを実行し続けています。

■データ収集用プラットフォーム艦


USNS 「ジェネラルH.H.アーノルド」

USNS ジェネラル・ホイトS. ヴァンデンバーグ (AGM-10)

これらは、大西洋範囲計測船 (ARIS) を情報データ収集用に改造したものです。
主要な移動式技術情報収集プラットフォームとしてレーダー信号データを提供し、
カムチャッカ半島や太平洋でソ連のICBMからテレメトリーデータを収集しました。

ARISは、ソ連のICBMの発射実験が予想される時期に、
年に数回、太平洋上で情報収集任務を遂行しています。

これらは1960年代から1970年代にかけて運用されましたが、ヴァンデンバーグは
現在退役し、フロリダ州キーウェスト沖で人工岩礁として使用されています。


USS オックスフォードAGTR-1/AG-159

「オックスフォード」も情報収集艦として運用された艦船の一つです。

第二次世界大戦中にはリバティシップとして建造されたのですが、
冷戦後電子信号情報収集のために改装されて
航空機、船、地上局からの送信を傍受しました。

「オックスフォード」は電子信号軍事情報(シギント)を収集のために
最新のアンテナシステムと測定装置を装備し、
海軍の「通信に関する研究開発プロジェクトの包括的プログラム」
つまり電子スパイの能力を備え、かつ世界各地に赴くことができる
「高度な移動基地」となったわけですが、他のシギント収集艦と同様、
特に任務内容と雇用そのものすら、機密扱いとなりました。

これらの「研究」船は、秘密活動のための有効な隠れ蓑を作るために、
海洋学的実験を行うための装置と人員ということになっていました。

■シギント収集艦「オックスフォード」

【キューバ危機】

1962年秋、それはキューバ危機が起こった年でしたが、「オックスフォード」は
キューバ・ハバナ沖でゆっくりと、「8の字」を描くように航行していました。

その任務は、キューバ全土のマイクロ波通信を盗聴することでした。

キューバのマイクロ波システムの仕組みについて、アメリカ側は既に
情報を収集して知悉しており、「オックスフォード」は、
キューバの秘密警察、キューバ海軍、防空、民間航空を盗聴できたのです。

1962年9月15日、「オックスフォード」のレーダー員は、
NATOが「スプーンレスト」と呼ぶソ連のP-12レーダーの存在を検知します。

これは、ソ連ががキューバの目標追跡・捕捉システムを
密かにアップグレードしていたことを示唆するものでした。

1962年10月27日、その日は「黒い土曜日」とも呼ばれていますが
「オックスフォード」はSAMミサイル基地からのレーダー信号を検出し、
キューバのソ連防衛の突破口を発見したのです。

この発見により、その後F-8クルセイダーの低空飛行による写真撮影と
高高度でのU-2の偵察飛行の両方が出動しました。


【史上初の「ムーンバウンス」通信成功】

1961年12月15日、「オックスフォード」は、
月を通じて陸上施設からのメッセージを受信した最初の船となりました。

「ムーンバウンス通信」は、地球-月-地球(EME)通信とも呼ばれ、
地球から月に向けて電波を送信する技術です。

地球から月へ電波を送り、月面で反射させ、地球上の受信機でキャッチする。
この技術は、海軍の艦船との安全な通信を可能にするものでした。

1961年12月15日午前0時頃、海軍作戦部長ジョージ・W・アンダーソンと
NRL研究部長R・M・ページ博士が、メリーランドから約2414km離れた
大西洋上のUSS「オックスフォード」に、月経由でメッセージを送信します。

海軍が地上局から艦船へのメッセージ送信に成功したのは、これが初めてでした。

この出来事は秘密にされていたわけではなく、AP通信が小さな記事を書き、
それが12月17日付のワシントン・ポストに掲載されています。
あまりにささやかなニュースなので騒がれなかったのですが、偉大な功績でした。

送信の成功を受けて、「オックスフォード」には操縦可能なパラボラアンテナと
送信機が設置され、双方向通信が可能になりました。



冒頭にも挙げたこの写真は「オックスフォード」甲板で、
通信技術者である乗員二人がアンテナに乗務?している貴重なシーン。

この成功を受けて、海軍は
技術研究船特殊通信システム(TRSSCOMM)、世界のどこにいる船でも、
マイクロ波を月に向けて発射し、メッセージを送ることができるシステムを得ます。

これは分かりやすくいうと、月が反射板となり、
地球上の90度の範囲にある受信局へ電波を送り返すという仕組みでした。


【技術研究艦USS オックスフォード (AGTR-1)】

その後「オックスフォード」(AG-159)は1964年4月1日に
技術研究艦(AGTR-1)に改名されました。

電磁波受信だけでなく、海洋学や関連分野の研究を行う艦として
世界の海を航海しました。(名誉職みたいな感じですかね)

退役は1969年12月19日。
日本の横須賀で海軍艦艇登録簿から抹消されました。


海軍は現在でも艦船を使ったシギントを実行しています。


続く。