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ヘッジホッグ〜潜水艦「シルバーサイズ」博物館

2023-02-17 | 博物館・資料館・テーマパーク
 
さて、前回をもって潜水艦「シルバーサイズ」を
全て見学し終わったのですが、実はもう少し続きます。



前部から入艦し、中を通って、後部魚雷室から出るのですが、
この階段を上がるとそこから出口に誘導されます。




甲板に上がるとそこはちょうど艦首部分。
向こう側に見えているのは、前に紹介したことがある
コーストガード、沿岸警備隊のカッター、「マクレーン」です。



ちょうど人が出てきました。



雨や雪の日には内部に水が入らないように閉める蓋があるようです。
本来のハッチではなく後から設置したものでしょう。



「シルバーサイズ」の甲板を降りるとき岸壁を見ると、
そこにはこのような大型の展示物があります。

今日はこのうち一つの展示をご紹介します。

■ ヘッジホッグ



昔第一術科学校で見たことのあるヘッジホッグ、
アメリカの駆逐艦で何度か見たヘッジホッグより大きい気がします。

hedgehogとは見ての通りこれがハリネズミのようだからですが、
とりあえずここにある解説をもとに紹介してみましょう。

世界で数台しか展示されていないこの装置は対潜水艦用の兵器です。

道理で今まで見たことがないと思った。
ここを含め、世界に数台しか現存していない希少なもののようですね。

多くの人々が、潜水艦の主な敵である深度爆雷とは、
一定の深さで爆発するように設定された小さな爆弾、

と認識しているように、太平洋ではそれが主流となっていました。

典型的な爆雷攻撃が行われるとき、潜水艦がソナーによって検出されると、
水上艦はターゲットゾーン上で艦尾 (または艦の後部) を操作し、
潜水艦の深度を推測、または導き出す必要があります。

ターゲットにダメージを与えるには、50フィート、約15m以内、
致命傷を与えるには25ft以内(わずか7m)につけている必要があります。

しかし、
水上艦の真下で爆発が発生すると、
攻撃してから15分間はソナーの使用が中断されてしまうので、
ターゲット発見から最初の攻撃の間には、数分のギャップが生じます。

つまり攻撃後のブラインド・タイムは逃げる側には十分な時間で、
ほとんどの潜水艦がコースを変更してこの間にどこかに行ってしまいました。


この問題を解消したのがヘッジホッグの発明だったのです。


兵器開発局、通称『悪知恵&責任逃れ集団』

ヘッジホッグを開発したのは、第二次世界大戦時のイギリス軍で
様々な非通常兵器の開発を担当したイギリス提督の部局、

The Department of Miscellaneous Weapons Development
兵器開発局 (DMWD) 


でした。
正式名称に「雑」と入れるなんて、なんと雑な命名でしょうか。
しかしながら、彼らに与えられた通称は、

”Wheezers and Dodgers

ウィーザーズはイギリス英語で「名案」。
ドジャーズは何かを逃れる人。

なんかわかりませんが、悪知恵が働いてうまいことかわす的な?

いずれにしてもこの集団、イギリス版DARPAみたいな位置付けで、
いろんな発想で秘密の兵器発明を行うために集められた、
工学や科学のバックグラウンドを持つ、科学者と将校たちのグループでした。



当時、ウィンストン・チャーチル首相は、連合国対ドイツの戦いを、
奇しくも「魔法使い戦争」(The Wizard War)と呼びました。

つまりチャーチルの世代にとっては、当時の科学的発明を駆使した武器は
ほとんど魔法のように思われていたということでもあります。

そして、ドイツ相手の科学的優位の争いに勝利するために、
魔法使いのような、自由な発想の奇人変人を集めたのがこの団体でした。

事実、彼らの想像力豊かでエキセントリックな発想は、次々と
常人には思い付かないような科学兵器を生み出しています。

蒸気駆動のホールマン投射機のような初期の応急処置的な兵器から、
敵の海岸を襲撃するための巨大爆発キャサリンホイール、
磁気機雷から艦艇を守るための船体消磁システム
目を見張るほど危険な陸上地雷パンジャンドラムなどの未来的実験。

魚雷網を避けるために海を渡って目標にバウンドするように特別に設計された
海上バウンド爆弾、対潜ミサイルAMUCK
ホーミング魚雷を混乱させるために設計された消耗型音響エミッター

これらの発明の中の大成功例が、ヘッジホッグ対潜迫撃砲でした。


余談ですが、この「変人集団」の出身者の一人に、
オーストラリアに移住した小説家、ネビル・シュートがいます。

この名前、聞き覚えがありませんか?



このブログでもご紹介したことがあるSF終末映画、
「渚にて」(On the Beach)
の作者ですね。

ネビル・シュートは、オックスフォード大学を卒業後、
デハビランド航空会社に航空工学者兼パイロットとして入社し、
その後、ヴィッカースで開発をしていました。

その頃第二次世界大戦が始まったので海軍予備員に志願したシュート、
面接で経歴書を見た係官がいきなり彼を中尉に昇進させ、
気がついたらDMWDの責任者として秘密兵器を作らされていたそうです。

Mark15 Headgehogs

■ イギリス海軍でヘッジホッグが不評だったわけ

ヘッジホッグ登場以前、イギリス海軍は、

「フェアリー迫撃砲」(Fairlie Mortar)

といって、小型の対潜爆弾を艦首甲板の両側から
同時に十発ずつ発射するタイプの対潜爆弾を設計して失敗しています。

フェアリー迫撃砲の計画は、元々の深度爆雷の欠点である、
「潜水艦を追跡できなくなるゾーン」が生まれる問題を
解決することを目的に起こってきました。

それまで横に投げていた迫撃砲を前方に発射し、
弾丸にはより小さく、流線形で早く沈むものにすれば、
目標の潜水艦に逃げられることはなく破壊できると期待したのです。

しかし、装填は手動で時間を要したため、
潜水艦は2回目の攻撃の前に悠々と逃げ出してしまっていました。

ヘッジホッグはこの失敗を改善・発展させたもので、
複数の「蛇口型迫撃砲」という形態です。

イギリス海軍によって設計された直後の成績はイマイチで、
1942年の11月まで潜水艦撃沈の記録は一つもありません。
初期の成功率は5%にすぎず、深爆よりちょっとマシ程度でした。

イギリス海軍が運用していた北大西洋ではしばしば海が荒れ、
うねりと水飛沫が発射台を頻繁に襲うという状況で、
びしょ濡れの発射台から撃とうとしても、発射回路の問題で妨げられ、
不完全な発射に終わることがよくあったのです。

深度爆雷の場合は完全に失敗してもとりあえず爆発は起こります。

水上艦の乗員たちは、爆音を聞くと、これでもしかしたら敵は損傷したかも、
とか、敵の士気を奪ったかも、などと希望的に考えることができましたが、
ヘッジホッグは失敗すると何も起こらないため、
シーンとなってしまって兵の士気はダダ下がりだったそうです。

しかもそのころ、HMS「エスカペード」でヘッジホッグが誤射して、
16名もの乗員が死亡するという大事故が起こってしまい、
現場のヘッジホッグ忌避感はマックスとなってしまいました。

これはひどい

これは対潜戦でヘッジホッグを使ったところ、
そのうち一つが艦上で早々に爆発してしまったという事故でした。

このおかげで「エスカベード」の艦橋と操舵室は損傷を受け、
対潜水艦戦どころではなくなりました。

他にも政治的なゴタゴタもあったり、そんなこんなで
イギリス海軍の皆さんには不評だったヘッジホッグ。

現場がこの兵器を嫌って滅多に使わなくなったため、
イギリス海軍は、1943年初頭に、

「海上における交戦時にどうしてヘッジホッグを使用しなかったか、
800字詰め原稿用紙3枚以内で理由を述べよ」


という通達を現場に出したくらいです。(一部嘘)

その結果、乗員の経験不足と理解が足りないせいと判断され、
DMWDの将校を派遣して講演を行い、運用に努めました。
その後キル数は格段に上がり、大戦末期には、
5回に1回は成功するようになったということです。

ただし、ドイツ海軍もただやられっぱなしではなく、
1943年には「ファルケ」(アメリカが鹵獲したあのG7eの愛称)
をはじめとする音響魚雷の設計を進めました。

ホーミング魚雷で、潜望鏡を使わず効果的に使用することができ、
艦体を発見されずに反撃を回避するチャンスを得ることができる仕組みです。

チャーチルがドイツとの戦いを「魔法使い同士の戦争」と呼んだのは
彼の世代(当時の爺さんたち)にとっては言い得て妙だったと言えましょう。

■ アメリカ海軍の運用

ヘッジホッグは米国によってさらに開発が進みました。

「フェアリー迫撃砲」の名残で、艦首(艦の前部) に 取り付けられ、
潜水艦を最初に検出すると発砲されるのですが、
恐ろしいのは24基の迫撃砲すべてが一斉に撃ち上げられ、
直径約100フィートの円 、または楕円形を描いて、
発砲をおこなった水上艦 の前方750フィートに落ちることです。

12発ずつ、左右に二つの丸

これらの迫撃砲はスリムですぐに海中に沈み、
事前に設定された深さではなく、何かに接触すると爆発するため、
敵の潜水艦がこれを察知することはできません。

接触型爆発は、通常、潜水艦を破壊するのに、
一発か二発のヒットがあれば十分です。

しかもこれまでのように、艦の前方で爆発が発生しても、
その後ソナーが機能しなくなることもありませんし、乗組員は、
迫撃 砲が目標に命中したかどうかを知るのに3分あれば十分で、
その3分でヘッジホッグは再装填ができるのでした。

というこの武器が大成功と言われたのは当然で、
対潜損傷率、または沈没率は、爆雷の7%に対し、
ヘッジホッグは25%であったということです。

■ 運用


ヘッジホッグの「針」が一つなくなっているのに今気がつきました

発射装置には4つの「クレイドル」があります。

この写真だと、一つのクレイドルに6本が並んでいるわけですね。
砲はクレイドルの発射口にセットされ、いっぺんに全部が飛ぶのではなく、
発射するタイミングが絶妙にずらされており、
海面には同時に着弾するように計算されていました。

一変に全部が発射されないので、艦体のうけるショックも少なく、
甲板を補強せずに設置することができるという利点もありました。

大きな利点は、

1、攻撃が失敗してもソナーが中断しない

2、深度を設定する必要がない

3、爆発音があればそれは命中を表す

4、時間的に潜水艦が逃げる隙を与えない

5、1〜2発直撃させれば十分

3については、爆雷の場合、爆発音がしたとしても、
往々にして潜水艦と爆発の間の水がクッションとなって
ダメージとなっていない、ということがありましたが、
ヘッジホッグの爆発音はイコールヒットを意味していたのです。

攻撃側には分かりやすくていいかもしれません。
まあ、一つも音がしなかった時のガッカリ感は半端ないですが。

潜水艦の方にすれば、天井を見上げて脂汗を垂らしながら
爆雷の爆発を待ち、振動に耐えるということもなくなるのですが、
逆に、いきなり何の前触れもなく衝撃が襲ってきたが最後、
その時はヘッジホッグの餌食になっているのですから、
明らかに爆雷よりも心理的な恐怖を与えられたに違いありません。


しかし、ヘッジホッグにも欠点もあって、相手の深度が120m以上だと、
艦体に命中する確率は限りなく低くなったそうです。

■ ヘッジホッグの派生型


Squid

1943年、イギリス海軍が導入した「イカ」(スクィッド)
一つでの運用は破壊力の点でうまくいかなかったので、
二つ並べて「ダブルイカ」として運用していました。


アメリカが開発したのは「マウストラップ」

最初に変人集団がつけた変な名前のせいで、後発の名前までもが
ことごとくウケを狙って居るように思えるのはわたしだけでしょうか。

このヘッジホッグ的な武器は戦後すぐに姿を消しました。
全てホーミング魚雷に取って代わったからです。


続く。