長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

巨星おつかれさまでした

2013年03月12日 23時45分54秒 | アニメらへん
さらば銭形警部 名声優・納谷悟朗さん、慢性呼吸不全で死去
 (スポーツ報知 2013年3月12日の記事などより)


 劇団テアトル・エコーの看板俳優として活躍し、アニメ『ルパン三世』の銭形幸一警部、洋画吹き替えではクラーク=ゲーブル、チャールトン=ヘストンといった名優の声を担当した納谷悟朗さんが5日、慢性呼吸不全のため千葉市内の自宅で死去した。83歳。告別式は近親者で行った。後日、お別れ会を行う。『ルパン三世』で共演した声優たちは納谷さんを失った悲しみや、故人の思い出を語った。

 よく響く独特のだみ声でクラーク=ゲーブルを始め、数々のハリウッドスターの吹き替え担当をしてきた納谷さん。劇団関係者によると、80歳を過ぎて体力が少しずつ低下し、内臓だけでなく呼吸器も影響を受けていた。そんな中でも仕事への気力を持ち続け、最後の仕事は昨年5月に吹き替えを行った映画『インセプション』(昨年2012年の6月にテレビ朝日『日曜洋画劇場』で放映)だった。
 1951年に俳優としてデビューし、1959年以降に洋画の吹き替えで人気を博した。しかし、「あくまで自分は俳優」というポリシーを貫き、「声優という肩書を許さない」とまで言っている。

 酒とたばこと野球を愛し、熱狂的な阪神ファンとしても知られた。1985年以降は胃潰瘍、胃がんなどの手術を経験。体力的に無理のない範囲で仕事を続けてきた。東京都から千葉県に転居後は、喪主を務めた妻で女優の火野カチ子(本名・納谷捷子)さんと穏やかな日々を過ごしていたそうだ。2人に子供はいなかった。

 納谷さんは洋画の吹き替え以外にも特撮ドラマ『仮面ライダー』のショッカー大首領、『ウルトラマンA(エース)』のウルトラマンA 、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の沖田十三艦長など当たり役が多いが、最も知られたキャラクターは『ルパン三世』の「とっつぁん」こと銭形幸一警部だろう。石川五ェ門役として共演した井上真樹夫(72歳)は今回の訃報に、「ショックで号泣した。本当に男気のある人でしたから。」と声を詰まらせた。また、「銭形と納谷さん自身が重なるところは全くない。普段は大変シャイで静かな方。納谷さんがあのキャラクターをすべて作り上げた。演技に没入する姿にはいつも圧倒された。」と振り返った。
 峰不二子役を演じた増山江威子(76歳)も、「(ルパン役の)山田康雄さんも納谷さんもいなくなって悲しくて仕方がない。一緒に連れて行ってとも言えず、置いてけぼりになったよう。」「私にとって児童劇団時からの憧れの王子様のような存在。以前は家が近所で打ち上げ後は納谷さんを送り届ける係が私でした。」と振り返った。
 次元大介役の小林清志(80歳)は、「昔はその日の台本をもらってすぐに本番ということも珍しくなく、より高い集中力が求められた。どの役にも納谷さんの味わいがあり、ふだんは優しい親分肌という印象だった。亡くなったことが信じられません。」と語った。洋画の吹き替えが一緒に取り組んだ最後の仕事になったという。
 ルパン三世役を故・山田康雄さんから引き継いだタレントの栗田貫一(55歳)は、「声優の経験もない自分。たくさんのプレッシャーがある中、『お前でいいんだ。』と温かく包み込み、様々な雑音から優しく守って下さいました。そのお陰で今があります。」とコメントした。
 劇中ではルパン一味として、銭形警部に追われ、逃げ回った面々も、アフレコを終えれば厚い信頼関係で結ばれていた。

納谷 悟朗(なや ごろう)
 1929年11月17日、北海道・函館市生まれ。20代から劇団で活動し、1959年、熊倉一雄さんに誘われて劇団テアトル・エコーへ。1960年代ごろからアメリカの TVシリーズ『コンバット』を筆頭に海外俳優の吹き替え、アニメ『風の谷のナウシカ』のユパ役など数多くの声を担当。弟は俳優の納谷六朗。



 いや~。
 いつか必ずやってくるものとは知りつつも……この別れはつらいものがありますね。

 確か、私がこの悲報に初めて接したのは10日の日曜日の携帯電話アプリニュースだったのですが、実はこのときちょうど外出中で、埼玉県富士見市の劇場・富士見市民文化会館キラリ☆ふじみにて、そこの芸術監督でもある多田淳之介さんの演出によるシェイクスピアの『ハムレット』公演を観に行く予定だったのです。

 ところが……関東地方に現在お住まいで記憶力に自信のある方ならば、「2013年3月10日の埼玉県」と聞いてだいたい察しがつくのではないのでしょうか。
 ソ~ナンス! 意気揚々と地下鉄有楽町線に乗って埼玉に向かったらばさぁ、地上に出た時点で窓の外には異様な光景が大展開。

 まっきっき、真っ黄っ黄。空いちめんがもうもうたる砂嵐で『北斗の拳』みたいな世紀末テイストになっちゃってんの。
 確かお昼に千葉を出たころには、確かに風は強めではあったもののよく晴れた好天だったはずなのですが、私が地下鉄に乗っていたうちに、地上ではものすごい突風とともに街中に砂嵐が舞い上がる世にも稀なる「煙霧」現象が大発生してしまっていたのです!! ひえ~。

 そんなわけで結局、和光市駅からキラリ☆ふじみの最寄り駅である鶴瀬駅へと乗っていけたはずだった東武東上線の電車は完全に不通となり、結果的に夕方の4時ころには再開したらしいのですが、午後2時からの開演だった『ハムレット』に間に合う手段は完全に絶たれてしまい、しかたなく和光市駅からすごすごとまた有楽町線に乗って帰っていったのでありました。悔しい、悔しい! あまりにも悔しすぎたから、飯田橋駅の連絡通路にあるユニクロで季節はずれのヒートテックロングシャツを4着買っちゃったよ、コノヤロー♪

 ともかく、私にとっての3月10日はそんなさんざんな一日だったのですが、芝居観劇に遅刻するもなにも、そもそも劇場に着く以前の段階で天から門前払いを食らうという生まれてはじめての体験に、私の心の中では言い知れぬ「不吉な予感」がよぎったのでした。


むむ、今回「キラリ☆ふじみに行けなかった」ということは異常事態中の異常事態。しかも、「ふじみに至ることがかなわなかった」といふことはすなはち、誰かしら私や社会にとつて最重要な大人物の「寿命が尽きた」といふことを意味するのではなからうかしら!?


 そして、心なしか震えの止まらない私の指が操作した携帯電話のアプリの画面には、はたして「納谷悟朗氏卒す」の文字がおどっていたのでありました……またしても、私の狂気すれすれの予感が的中してしまった。ってか、ただ単に芝居を観に行けなかった運の悪さをなんとか意味のあるものにしたいだけなのでは!? ほんとに観られなくて残念だったんですよ……


 それにしても、なんでこうも毎月毎月、どなたかの訃報に接しなければならんのかしらね。哀しいもへったくれもないっすよ。

 私にとっての納谷さんは、こう言うとなんなんですがリアルタイムな感覚でもすでに「大御所」という風格のおつきになられていたお方で、だいたいのお仕事は TVの再放送で拝見するものがほとんど、新作は毎年1回の TVスペシャル版『ルパン三世』だけ、という「伝説上の存在」となられていた印象でした。
 なので、私が「心の祖父」とお慕い申し上げた青野武老師にくらべるとだいぶ客観的な感覚になってしまうのですが、それでも空いてしまった穴は巨大すぎますよね。

 あまりにもベッタベタな意見になってしまい恐縮なのですが、やっぱり私にとっての俳優・納谷悟朗さんのベストワークはなんといっても、


劇場版『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年12月公開 監督&脚本・宮崎 駿)


 っていうことになっちゃのよねェ~!! どうしても。

 さらに勝手なことを申せば、個人的には『ルパン三世』シリーズと俳優・山田康雄さんの美学の最高傑作は断然、その前年の劇場版『ルパン三世 ルパン VS 複製人間』(1978年12月公開 監督・吉川 惣司、脚本・大和屋 竺)だと考えているのですが、山田さんの一風変わった「中年ルパン」像のかっこよさもさることながら、TVシリーズとはまるで別人となったかのように有能なルパンハンターぶりを発揮する、『カリオストロの城』でのちょっと日焼けした銭形幸一警部のダンディズムといったらないですよ。ほんとに男として惚れちゃう! そりゃあね、こういう上司といっしょに仕事ができるんだったらアンタ、埼玉県警の所属だろうがなんだろうがおかまいなしでヨーロッパの要塞に突入しちゃいますよ。『カリオストロの城』の警察モブがただのモブでなくなってるのは、これはもう TVシリーズではなかなか披露されなかった納谷悟郎さんの人徳がしみわたっているからに違いないのです。

 子どものころ、ベータビデオが擦り切れるくらいに親父が録画してくれた『カリオストロの城』をボケラッチョとながめていた私は、物語の中盤に知らされた銭形警部一行到着の報に、次元大介が明らかに動揺した(……それでいて、どこか嬉しそうなのが実に楽しい!)声で「なにっ!?」と反応していることに、少なからぬ違和感を持っていました。

「なしてそんなにビックリしてるんだべ……いづもの TVシリーズみでぇに役に立だねぇダメ刑事なんだべがら、ほっといでもいいんでねぇが?」

 甘い……そうじゃないんです。『カリオストロの城』の銭形警部はスペックが違うんですよ。TVシリーズのほうがよっぽどゆがんだ偏見に満ちた銭形像なのであって、世界中でルパン一味を追い詰める「インターポールの銭形」の正体は、『カリオストロの城』に出てきたような「ロングコートをベルトでちゃんと締めた」日本男子でなければならなかったのです!!

 そういえば、『カリオストロの城』はところどころで、ダミ声でなく地声に近い澄んだ納谷さんの演技が聞けるんですよね。う~ん、さすがは名優・納谷悟朗。ちゃんと己の実力のみせどころを見極めておられていたということですか。感服以外に言葉がありません。


 ところで、やっぱり納谷悟郎さんといえば、伝説「日本語吹き替え版モンティ・パイソン」メンバーでもあったことを看過することはできないかと思われましたので、最後にそこらへんの資料をまとめておしまいにしたいと思います。イッツ!! か~ん。



『空飛ぶモンティ・パイソン』(1969年10月~74年12月放送 全4シーズン45回 イギリス BBC)
世界に冠たる栄光のパイソンズ
グレアム=チャップマン(1941~89年 放映時は28~33歳)
 狂気ボケ、医学ボケ、暴力ボケ、「ガンビー」担当。インスピレーション重視の天才肌だったらしい
ジョン=クリーズ(1939年~現在73歳 放映時は30~32歳、第4シーズンには出演せず)
 身長196cm の存在感ボケ、弁舌ボケ、「デニス・ムーア」「バカ歩き省のエリート官僚」担当。多くのコント脚本を執筆したパイソンズのブレーン
エリック=アイドル(1943年~現在69歳 放映時は26~31歳)
 常識人ツッコミ、言葉遊びボケ、「ちょんちょんの人」担当。作曲の才能もものすごい
マイケル=ペイリン(1943年~現在69歳 放映時は26~31歳)
 「イッツマン」「おかまの木こり」「ブラックメールショーの司会者」「スペイン宗教裁判官」担当。ツッコミもボケもできる貴重なミッドフィルダー
テリー=ジョーンズ(1942年~現在71歳 放映時は27~32歳)
 女装おばさんボケ、全裸ボケ、低音ツッコミ、小太り担当。常に冷めた視線が魅力的
テリー=ギリアム(1940年~現在72歳 放映時は28~34歳)
 本作独特のスケッチ・アニメーションを担当、たまにコントにも出演。古い写真を多用したコラージュ世界がまさしく狂気


日本での吹き替え放送
すべて東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放映されていた
『チャンネル泥棒!快感ギャグ番組!空飛ぶモンティ・パイソン』(1976年4~9月 全25回 毎週金曜22時~22時54分)
 オリジナル版の内容の合間に、日本独自の出演者(映画評論家の今野雄二、女優の前田美波里、俳優の二瓶正也、タレントの秋川リサ、歌手の天地総子)がグラスを傾けながらトークをする「モンティパイソン・パーティ」というスタジオ収録部分が組み込まれたり、タモリのテレビ初出演作として「4ヶ国語マージャン」などの芸を披露するミニコーナーも挿入された。他にチャンバラトリオも出演。
 オリジナルの『空飛ぶモンティ・パイソン』は30分番組であったため、実質上約半分の時間が日本オリジナル分である。
『日曜ビッグスペシャル第2部 地上最強のギャグ!モンティ・パイソン★爆笑決定版』(1976年9月12日 21時~21時50分)
 スペシャル放送枠。
『爆笑!チャンネル泥棒 モンティ・パイソン2』(1977年1~3月 全11回 毎週日曜22時~22時30分)
 放送時間枠が30分間になったために「モンティパイソン・パーティ」を含む日本独自の企画コーナーはすべてカット。BBCオリジナルの色々な放送回でのスケッチを放送。番組中には今野雄二の出演する、コントやパイソン・メンバーを解説するスタジオ収録部分が挿入されていた。
『特番!爆笑パニック モンティ・パイソン 痛快ギャグ・傑作コント大特集』(1977年3月21日 11時~11時54分)
 BBCオリジナルの色々な放送回でのコントを編集放送。番組中には今野雄二の出演する、コントやパイソン・メンバーを解説するスタジオ収録部分が挿入されていた。

日本が誇る珠玉のパイソンズ吹き替え陣(1976年4月~77年3月放送 全38回 テレビ東京)
山田 康雄  …… グレアム=チャップマン(1932~95年 放映時は43~44歳)
納谷 悟朗  …… ジョン=クリーズ(1929~2013年 放映時は46~47歳)
広川 太一郎 …… エリック=アイドル(1939年~2008年 放映時は37~38歳)
青野 武   …… マイケル=ペイリン(1936~2012年 放映時は39~40歳)
飯塚 昭三  …… テリー=ジョーンズ(1933年~現在79歳 放映時は42~43歳)
古川 登志夫 …… テリー=ギリアム(1946年~現在66歳 放映時は29~30歳)


そのほか、『空飛ぶモンティ・パイソン』は1996~2000年に NHK総合や NHK衛星第2でも放映されていたが、内容は第2~3シーズンの新訳字幕スーパー版となっていた。



 ……本家パイソンズにくらべても日本チームのほうが天界の住人率が高くなっているのは、もともと平均年齢が一世代くらい高かったからだったのね。若いな、本家パイソンズ!


 そんな感じで明るく送り出しましょう。納谷さ~ん!、ほんとうにおつかれさまでした~!!


 ……私の大大大好きな青野さんはもう亡くなられちゃったわけだけど、同じように子どものころのアニメ体験の中での「心の父」だったあの方とか、「心の兄」だったあの方がいなくなったりしたら、もうどうなっちゃうんだろうなぁ……
 「喪に服す」っていう行為って、ほんとにその必要があるから現代にその習慣が残ってるんですねぇ。おれもがんばって生きよう!!
コメント
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