『刑事コロンボ』オリジナル小説作品の事件簿!! 各事件をくわしく解析
※TVドラマシリーズ『刑事コロンボ』の概要は、こちら
※未映像化事件簿の「 File.1、2」は、こちら! 「 File.3~5」は、こちら~。
File.6、『血文字の罠』( The Helter Skelter Murders)ウイリアム=ハリントン 訳・谷崎晃一 1999年12月25日刊
≪犯人の職業≫ …… デパート社長、ハリウッドの新人女優
≪被害者の職業≫ …… デパート社長夫人、ディスカウントストア副社長、麻薬の密売人
≪犯行トリックの種類≫…… ホテルの食事を利用したアリバイ工作、ダイイングメッセージの改竄
・アメリカ本国で1994年(この年は2作の単発新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・ロサンゼルスで1969年8月に発生した実在の事件「シャロン=テート殺害事件」に基づく展開があり、シャロンの当時の夫だった映画監督のロマン=ポランスキーの名前も別の経緯で作中に登場する。
・日本語訳版ではカットされているが、アメリカ原書版ではコロンボが1969年のシャロン=テート殺害事件の捜査に参加したり、1994年に服役中のチャールズ=マンソン(2017年に獄中死)と面会したりする場面がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、テキサス州のダラス市警からロサンゼルス市警殺人課に転属してきたチコ=ハモンド巡査が登場する。
・映像版に登場したキャラクターとしては、コロンボの飼い犬「ドッグ」、獣医のベンソン院長、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)が登場する。
・本作に登場するコウリーズ・デパートは、1925年創業で創立70周年を目前に控えた老舗高級デパートである。ちなみに、『人形の密室』の舞台となったダウンタウンのブロートン・デパートは、1972年に発生した事件の時点で「築50年」と描写されているので、コウリーズとほぼ同年代に創業したデパートであると思われるが、本作ではブロートンへの言及はない。デパートの種類としては、ビバリーヒルズにあるコウリーズが高級百貨店でダウンタウンにあるブロートンが庶民的という印象がある(『人形の密室』ではコロンボが幼い頃にブロートンに行った思い出を語っている)。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も始まっていた)。
あらすじ
ロサンゼルスのビバリーヒルズにある六階建ての老舗高級デパート「コウリーズ」の社長夫人が、自邸の化粧室で変死を遂げた。さらには邸内に停まっていた車にも射殺死体が……荒らされた室内や盗まれていた貴金属から押し込み強盗の犯行と断定されたが、コロンボ警部は犯人の侵入経路を不審に思う。映画界にも進出するデパート社長と新人女優の野望が、忌まわしい連続殺人劇を繰り広げる。犯行現場に書きのこされた血文字は、いったい何を意味するのか?
はい、これまで「交換殺人」、「ビルまるごとの密室殺人」、「ビデオ撮影しながらの殺人」、「大学構内での殺人」、「サーカス興行中での殺人」と、映像化されなかったのが惜しい個性が目白押しの「未映像化八部衆」であったのですが、6番目の刺客となる本作もそれらに負けず、なんと「実際に発生した有名連続殺人事件とリンクする殺人」という大きな特色があります。これはすごい……映像化された69エピソードの中でも、ここまで現実世界に攻め込んだ作品は無かったのではないでしょうか!?
その実際に事件というのは、もはや語るまでもないというか、語るもはばかられる残忍無比な「シャロン=テート殺害事件」なわけですが、1969年にロサンゼルスで発生した事件ということで、それよりも前の1968年2月にパイロット版『殺人処方箋』(実質第1話)ですでに刑事となっていたコロンボならば捜査に参加していないはずがないという発想から、本作の構想がスタートしたことは間違いないでしょう。
この「フィクションの名探偵」VS「実際の事件」という、まさしく「虚と実」究極の対決を体現する構図は、ミステリーの世界で言えばなんと「シャーロック=ホームズ VS 切り裂きジャック」どころか、すべての推理小説のいできはじめのおやとも言うべきエドガー・アラン=ポオの生んだ名探偵第1号オーギュスト=デュパンの活躍する短編小説『マリー=ロジェの謎』(1842~43年連載)から始まっている伝統中の伝統ですので、ホントに過言でなく、コロンボ警部は本作『血文字の罠』をもって、ついに世界ミステリ史上に残る名探偵の殿堂入りを果たしたと申して良いのではないでしょうか。
すごいよこれは! 日本でもこの域に達したのは金田一耕助先生くらいじゃないっすか(『八つ墓村』と『悪魔が来りて笛を吹く』)? でも、ホームズ先生も金田一先生も、そして本作のコロンボ警部も、実際に発生した惨劇を止めることはできていないというのが、後発であるフィクションの宿命と言ってしまえばそれまでなのですが、悔しい気もしますよね。事実は小説よりも奇なり……
……とまぁ、本作ならではのアピールポイントをここまでさんざんブチ上げておいてナンなのですが、本作は別に「シャロン=テート殺害事件」の解決にコロンボ警部が挑むというものではなく(すでに解決してるし)、かの大事件の犯人グループの元関係者でシャバにいる人間に罪をなすりつけようとしただけの模倣犯罪ですので、本筋自体はいたって通常運転のスケールなんです……う~ん、これこそまさに、「大山鳴動して鼠一匹」ってやつぅ~!?
しかしながら、事件の内容自体は、夫婦関係とデパートの経営方針の相違から社長が愛人と結託して妻を殺害するという流れこそよくある感じなのですが、妻が死の間際に遺したダイイングメッセージを改ざんする社長の工作や、次第に社長の言うことを聞かなくなり自滅してボロを見せる愛人、そして彼らが見せる一瞬のスキをついて解決の糸口を拾い上げていくコロンボ警部といった面々がくんずほぐれつする攻防戦は、映像化作品ばりに密な構成と緊迫感がみなぎっていて意外と見ごたえがあります。決して1コや2コの大ネタだけでもたせようとかいう単純な作りではないんですね。
例えば、本作のタイトルには「罠」というキーワードがあり、これは既出の未映像化作品 File.4の『13秒の罠』と同じなのですが、File.4でいう罠が「コロンボから犯人に仕掛けた罠」という意味が込められているのに対して、本作の罠は「犯人が警察に仕掛けた罠」と同時に、「犯人の罠を見抜いたコロンボが犯人に仕掛け返した罠」という真逆の意味も重なるという、ひとつ上をいく深化を遂げているのです。ダイイングメッセージという非常に古臭いテーマを取り上げていながらも、これを犯人と名探偵とのかなり高度な心理戦のステージに仕上げている発想は見事だと思います。
ただ、その~……重箱の隅をつつくようで申し訳ないのですが、本作の悲劇はやはり、『13秒の罠』のように映像的にバチっと決まる「チェックメイト」なコロンボの一撃が無いというところなのでありまして、しかもタイトルにでかでかと掲げている「血文字」じゃない最後の奥の手というのが、「犯人の靴跡」というビックリするほど地味なものになっているので、これをドラマにしたら、文句は出ないんだろうけど印象にも残らないというどっちらけの評価を受けることは火を見るごとく明らかなのです。マンソンファミリーというとんでもない呼び込み花火を打ち上げておきながら、最後はこぢんまりとしたジェンガ対決になってしまうような、このガリバートンネル並みの尻すぼみ感……私は嫌いではないのですが、TVドラマの『刑事コロンボ』シリーズに列せられるには、あまりにも線が細すぎます!!
結局、この作品が如実に示しているのは、「矛盾がなければいいってもんじゃないよ」という、エンタメ作品としてのバランス感覚が要求される非常にシビアな教訓なのでありました。作品の密度、レベルとしては未映像化八部衆の中でも屈指の傑作かとは思うのですが、きわだった個性らしいものが見当たらないんですよね……いちおうドラマ的なわかりやすさで言うのならば、本作も「かなりうるさいグルメなはずの犯人が、ホテルのカキ料理の味が変わっても文句を言わない」というネタはあるのですが、ちょっとこっちはこっちで単純すぎるし。
ていうか、「ホテルの料理をちゃんと食べたから、僕たち部屋にいたよ!」なんていう小学生みたいな言い訳、アリバイとして成立するとでも思ってんのかァア!? 桜田門……じゃなくてロス市警をなめんじゃねぇ!! 逮捕しちゃうぞコノヤロー☆
File.7、『歌う死体』( The Last of the Redcoats) 北沢遙子 1995年4月25日刊
≪犯人の職業≫ …… 女性ニュースキャスター
≪被害者の職業≫ …… 引退したロックスター
≪犯行トリックの種類≫…… テープレコーダーを使ったアリバイ工作
・没シナリオ・シノプシスの小説化作品。
・本作の原形が執筆された時期は不明だが、本作の時代設定は日本で翻訳出版された当時の「1995年」となっている。その他に作中の年代を象徴する描写として、風変わりな刑事を演じる俳優としてブルース=ウィリスの名前が出たり(映画『ダイ・ハード』は1988年の公開)、警察署との連絡手段として警官がポケットベルを使用しているくだりがある。
・内容に類似性はないが、映像版で重要な役として TV番組の司会者が登場する作品は第57話『犯罪警報』(1991年2月放送 第10シーズン)が、人気歌手が登場する作品は第24話『白鳥の歌』(1974年3月放送 第3シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されて1~2年目のホワイト巡査が登場する。ちなみにコロンボと同じくホワイト刑事も死体や血を見るのが苦手。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に4、5作のペースで放送されていた時期だった。
あらすじ
伝説のロックスターが10年ぶりに復活する! その情報をつかんだ女性ニュースキャスターはさっそく特別番組の企画にとりかかり、テレビ局内は新曲発表のスクープに色めきたった。ところが、取材中の思わぬ誤算から殺人事件が発生! コロンボ警部はサンフランシスコに赴き、復活の歌に秘められた謎に挑む……
こちらはまた、異色の一編と言った感じでしょうかね。
文庫本の解説で訳者の北沢さんも考察されているのですが、本作が映像化されなかった理由は、やはり「衝動的な殺人の後追い隠蔽ごときでコロンボに勝てるわけがない」という部分が大きいかと思います。プロの殺し屋でもない犯人がエピソード一本分の尺いっぱいに逃げ回るなんて無理っしょ……
ただし、本作はこういう設定があるので、コロンボとの熾烈な推理合戦を楽しむというよりは、ただひたすらにヒドイ目に遭い続ける犯人の転落劇を「うわぁ~ヤダ!」とドン引きしながら見守るクライムノベル的な作品になっているかと思います。
当然、この犯人の転落の中には「殺人を犯してしまう」という弁解のしようのない重大な犯罪行為も含まれているのですが、これもよくよく見れば転落の中のひとつの結果に過ぎず、そもそものことを言えば、どこからどう見てもまともな精神状態にあるとは言えない往年のロックスターの言うことを過度に信用しきった彼女の考えの甘さが根源にあるとしか言えないと思います。殺人にいたった経過自体は正当防衛と言えなくもないものがあるのですが、被害者を激高させてしまったのは彼女の短絡的で怖いもの知らずな発言にあるので、本作の犯人を悲劇のヒロインと見るのはちと難しいかと思います。
ただ、それでも読者の同情を誘ってしまうのは、犯人が「時代の寵児」として、アメリカ全国の視聴者の期待に応えなければならないという強迫観念の虜になっている点でしょう。ここらへんは、仕事の内容は微妙に違うにしても、現代日本の TV業界の中で心身をすり減らされていく幾多の女子アナさん、人気俳優、お笑い芸人あたりにも通じる、いまだに解決していないメディア業界の大問題だと思います。だからこそ、TVシリーズ『刑事コロンボ』の映像化エピソード群の中にも芸能人がしょっちゅう出てくるのでしょう。ひとの人生の転落するさまを見届けるなんて、なんと残酷で、しかし確かに魅惑的な愉しみであることか……
ゲスト犯人が散々な目に遭う倒叙ものドラマというと、私は『古畑任三郎』第1シーズンの堺マチャアキさんや小堺一機さんの回を真っ先に思い起こしてしまうのですが、今作の犯人も、突発的に起こしてしまった自分のあやまちを隠すために、コロンボという最悪の敵から逃げ回るハメにおちいってしまいます。
ただ、実は今回に関してはさしものコロンボ警部も、犯人が彼女であるという確信はさまざまなヒントから得るわけなのですが、決定的な証拠をつかむことができずかなり苦労してしまい、最後の奥の手となった「火事の通報電話」も、厳密に言えば犯人が100% 被害者のアパートにいたという証拠にはなり得ないわけで、そこで登場したのが、本作最大のオリジナル展開となる「被害者の遺書」なのです。
ほんと、このエピソードは最初からずっとひどい展開続きで、天才なんだか狂人なんだかさっぱりわからない被害者に死後も振り回され続ける犯人の孤軍奮闘ぶりが読んでいてかわいそうになってくる感じなのですが、最後に登場したこの遺書によって、被害者も実はその才能を完全に死なせてはおらず、犯人や、後に被害者の遺志を継ぐ天才アーティストになるであろう少年への愛情を捨ててはいなかったということが明らかになるという、かなり爽快で粋な読後感を呼び込んでくれます。
これは、映像化・未映像化に関わらず総じてゲスト犯人が最期に捕まるという終幕が確定となっている『刑事コロンボ』シリーズにおいては、なかなか味わえない稀有なハッピーエンド(?)オチではないかと思えるのですが、そういう意味では、未映像化が惜しまれる隠れた珍品ともいえるのではないでしょうか。
ただまぁ、やはり人気歌手や人気 TV司会者が登場する映像化エピソードはすでにいくつかあるわけで競争率も高かったですし(未映像化作品の File.3もそうですね)、犯人の努力(トリック)が、被害者&謎の美少年サーシャの存在感に圧倒的に負けてしまっているというインパクト不足が、映像化に至らなかったウィークポイントだったのではないでしょうか。
未映像化 File.2の犯人もそうだったのですが、女性が単独で犯人になると、やっぱりどことなく人間的な弱さが強調されるきらいがあって、コロンボにグイグイ追及される流れがかわいそうに見えちゃうのでドラマ的な面白みがなくなる印象がありますよね。
その一方で映像化された作品群中の女性犯人たちを見ると、そこらへんを補うためのさまざまな工夫がよく見えるような気がします。まぁ女性じゃなくても、あのコロンボを相手にするからには、そうとう肝のすわったタマじゃなきゃダメなわけなのね!
File.8、『硝子の塔』( The Secret Blueprint)スタンリー=アレン、訳・大妻裕一 2001年8月25日刊
≪犯人の職業≫ …… 建築会社設計企画部長
≪被害者の職業≫ …… 建築会社副支社長
≪犯行トリックの種類≫…… ビデオテープを使ったアリバイ工作
・アメリカ本国で1999年(当時は1~2年に1本のペースで新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・内容に類似性はないが、映像版で建築業界のプロが重要な役として登場する作品に第9話『パイル D-3の壁』(1972年2月放送 第1シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されたばかりのトムザック巡査と、コロンボと旧知の中であるコンピュータ課のフラーティ警部が登場する。ちなみにトムザック刑事はコロンボと同じく死体や血を見るのが苦手。
・映像版に登場したキャラクターとしては、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)、コロンボの飼い犬「ドッグ」が登場する。特にドッグは、コロンボに重要なヒントを与える役割を担っている。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も行われていた)。
あらすじ
高層タワー専門の建築家が企てた、殺しの設計図。次期支社長の座をめぐって野望うず巻く建築会社に仕掛けられた巨大な密室の罠とは? 重役会議用のスピーチビデオに映っていた奇妙なものに目をとめたコロンボ警部は、犯人の完璧なアリバイを突き崩していく。美しい塔に秘められた謎とは?
さぁ、というわけでありまして、豊穣なるミステリの傑作群が実る『刑事コロンボ』という黄金の大地の片隅にひっそりと取り残された、暗くじめっとした「忌み田」のような未映像化八部衆に光を当てるこの企画も、ついに最後の一作を残すばかりとなりました。やっとここまできたか~!
とは言いましても、本作は別になにかしらの「終わり」を飾るような位置にある作品ではないのですが、本企画独自の判断で、「原型となるシナリオやシノプシス、小説ができた時期が古い順番」に並べたところ、1999年に出版された本作がいちばん最後ということになるので、こういうナンバリングになりました。単純に二見書房文庫から出ていたノベライズシリーズの順番で言いますと最後の未映像化作品は File.5(2003年出版)ですし、「日本で出版された」未映像化作品は File.3(2004~06年 同人誌にて連載)でした。あと、これら以降にも『刑事コロンボ』の短編小説はいくつか出版されていますよね。
ただ、やはり本作が世に出た1999年というのは、ドラマとしての『刑事コロンボ』シリーズで言いますと末期に入っていますし、「映像化の可能性はあったけど実現しなかった」という観点でいくと最後の作品と言ってよろしいのではないかな、と思います。これ以降の短編作品はまず TVシリーズのエピソードなみのボリュームはないですし、トリビュートの意味合いが強いですよね。
そんでもって、そういった未映像化八部衆の掉尾を飾る作品として紹介する本作なのですが、これさぁ……八人兄弟の中で、いっちばん個性がない! いや、出来は悪くないんです! 内容に矛盾はない。矛盾はないんだけど個性もない! 老人から見た最近の若者みたい。よく見りゃおもしろいんですけどね……よく見ない人の目もガッとわしづかみにしなくちゃならないのが TVドラマの世界なんで、そのおとなしさはマイナスなんだよなぁ。
本作も、File.4の系譜に連なる「ドラマ映えするコロンボの最後の一撃」がアピールポイントとなる大ネタ一発系のエピソードなのですが、File.4のように「なるほど、そうきたか!」というスカッと感がないと言いますか、作中で伏線らしいものがまるで登場しない(停電の情報はあっても、ビルの設備機能については全く言及がない)ので、ラストでそれが出てきても読者としては「へ~、そうなんだ……」と思うしかなく、ミステリとしての満足度に雲泥の差があります。トリック解明のヒントをコロンボに与える重要キャラは File.4と同じ「あいつ」なのに、この差はいってぇどうしたことだってんだい!?
でも、トリックに関する情報をあんまり出したくない作者の気持ちもわからんでもないんですけどね……「ビルにこういう設備がある」って言及した瞬間に、「あ、これトリックに関係あるな。」って思われちゃうもんね。難しいもんだなぁ。
あと、本作の邦題を見たら、日本のミステリファンだったら、多くの方は奇妙な建築物を舞台にした「館もの」かな?なんて期待しちゃうじゃないですか。『刑事コロンボ』で館ものですよ!? これは面白いでしょう!
でも、いざ読んでみたら、そんなことあるはずもなくいつも通りのフツーのオフィスビルで発生する事件なんですよね……なんだよ、このタイトル! これ、犯人がロサンゼルスのダウンタウンに建てた地上七十階建ての高層ビルが全面ガラス張りになっていることからきていると思われるのですが、事件の舞台にすらなってないし全然関係ないよ……詐欺すぎる。
こういった邦題のトンチンカンさもたいがいなのですが、もっとひどいのが実は原題の方なのでして、「 The Secret Blueprint(隠された青写真)」て……個性が無いにも程があるというか、どういう事件なのかさっぱり印象に残らないよ! 邦題決めも苦労したんだろうな。
とにもかくにも、この作品は顔立ちこそそつなく整ってはいるのですが、とてもじゃないですが『刑事コロンボ』という競争率激高のバトルフィールドで生き残るインパクトを持っているエピソードだとは言い難く、未映像化も至極当然かなと、他のどのエピソードよりもうなずけてしまう哀しみを持った作品なのでありました。
一見、『刑事コロンボ』のドラマ上の特徴をしっかりくみ取った構成のような雰囲気もあるのですが、どっちかというとコロンボ警部の日常やディティールを描写するのに時間を割いていて、肝心の事件や犯人まわりの色彩がやけに淡いというか、弱いんですよね。味が薄すぎる……コロンボの大好物はチリコンカンなんでしょ!? こんな病院食みたいなスッカスカの料理、ワン公も後ろ足で蹴り飛ばすわ!
ましてや、犯人の職業の身の程知らずっぷりよ。『パイル D-3の壁』先輩に廊下で会ったら、どうするつもりなの!?
≪まとめ≫
いや~!! 『刑事コロンボ』って、ホンッッッットォウオに!! いい~いもんですねェエエ!!
……ネタがないわけじゃなくて、ほんとにどこをどう行って、どこでどうあがいても、『刑事コロンボ』という一大遊園地で遊んだ結論は、必ずかくのごとしになっちゃうんですよね。おもしろい。ただそれだけ!
最後に、ごく私的な未映像化八部衆のランキングをつけておしまいにしましょうかね。なんの参考にもならないよ~!!
第1位 File.4『13秒の罠』
第2位 File.2『人形の密室』
~~映像化してほしい願望という壁~~
第3位 File.7『歌う死体』
第4位 File.1『殺人依頼』
第5位 File.6『血文字の罠』
第6位 File.3『クエンティン・リーの遺言』
第7位 File.5『サーカス殺人事件』
第8位 File.8『硝子の塔』
厳しいですか? いや、でも実際こんな感じなんです。くれぐれも誤解の無いようにしていただきたいのは、8作品すべて、「読み物」としては充分に面白いということです。問題は、映像化したところで群雄割拠の『刑事コロンボ』シリーズの枠内で他に負けない存在感を放てるかということなんですよね……生まれないには、生まれなかっただけの理由があったのだということで。南無阿弥陀仏。
『刑事コロンボ』、また観たいな~!!
それじゃあまた、ご一緒にたのしみましょ~。
※TVドラマシリーズ『刑事コロンボ』の概要は、こちら
※未映像化事件簿の「 File.1、2」は、こちら! 「 File.3~5」は、こちら~。
File.6、『血文字の罠』( The Helter Skelter Murders)ウイリアム=ハリントン 訳・谷崎晃一 1999年12月25日刊
≪犯人の職業≫ …… デパート社長、ハリウッドの新人女優
≪被害者の職業≫ …… デパート社長夫人、ディスカウントストア副社長、麻薬の密売人
≪犯行トリックの種類≫…… ホテルの食事を利用したアリバイ工作、ダイイングメッセージの改竄
・アメリカ本国で1994年(この年は2作の単発新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・ロサンゼルスで1969年8月に発生した実在の事件「シャロン=テート殺害事件」に基づく展開があり、シャロンの当時の夫だった映画監督のロマン=ポランスキーの名前も別の経緯で作中に登場する。
・日本語訳版ではカットされているが、アメリカ原書版ではコロンボが1969年のシャロン=テート殺害事件の捜査に参加したり、1994年に服役中のチャールズ=マンソン(2017年に獄中死)と面会したりする場面がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、テキサス州のダラス市警からロサンゼルス市警殺人課に転属してきたチコ=ハモンド巡査が登場する。
・映像版に登場したキャラクターとしては、コロンボの飼い犬「ドッグ」、獣医のベンソン院長、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)が登場する。
・本作に登場するコウリーズ・デパートは、1925年創業で創立70周年を目前に控えた老舗高級デパートである。ちなみに、『人形の密室』の舞台となったダウンタウンのブロートン・デパートは、1972年に発生した事件の時点で「築50年」と描写されているので、コウリーズとほぼ同年代に創業したデパートであると思われるが、本作ではブロートンへの言及はない。デパートの種類としては、ビバリーヒルズにあるコウリーズが高級百貨店でダウンタウンにあるブロートンが庶民的という印象がある(『人形の密室』ではコロンボが幼い頃にブロートンに行った思い出を語っている)。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も始まっていた)。
あらすじ
ロサンゼルスのビバリーヒルズにある六階建ての老舗高級デパート「コウリーズ」の社長夫人が、自邸の化粧室で変死を遂げた。さらには邸内に停まっていた車にも射殺死体が……荒らされた室内や盗まれていた貴金属から押し込み強盗の犯行と断定されたが、コロンボ警部は犯人の侵入経路を不審に思う。映画界にも進出するデパート社長と新人女優の野望が、忌まわしい連続殺人劇を繰り広げる。犯行現場に書きのこされた血文字は、いったい何を意味するのか?
はい、これまで「交換殺人」、「ビルまるごとの密室殺人」、「ビデオ撮影しながらの殺人」、「大学構内での殺人」、「サーカス興行中での殺人」と、映像化されなかったのが惜しい個性が目白押しの「未映像化八部衆」であったのですが、6番目の刺客となる本作もそれらに負けず、なんと「実際に発生した有名連続殺人事件とリンクする殺人」という大きな特色があります。これはすごい……映像化された69エピソードの中でも、ここまで現実世界に攻め込んだ作品は無かったのではないでしょうか!?
その実際に事件というのは、もはや語るまでもないというか、語るもはばかられる残忍無比な「シャロン=テート殺害事件」なわけですが、1969年にロサンゼルスで発生した事件ということで、それよりも前の1968年2月にパイロット版『殺人処方箋』(実質第1話)ですでに刑事となっていたコロンボならば捜査に参加していないはずがないという発想から、本作の構想がスタートしたことは間違いないでしょう。
この「フィクションの名探偵」VS「実際の事件」という、まさしく「虚と実」究極の対決を体現する構図は、ミステリーの世界で言えばなんと「シャーロック=ホームズ VS 切り裂きジャック」どころか、すべての推理小説のいできはじめのおやとも言うべきエドガー・アラン=ポオの生んだ名探偵第1号オーギュスト=デュパンの活躍する短編小説『マリー=ロジェの謎』(1842~43年連載)から始まっている伝統中の伝統ですので、ホントに過言でなく、コロンボ警部は本作『血文字の罠』をもって、ついに世界ミステリ史上に残る名探偵の殿堂入りを果たしたと申して良いのではないでしょうか。
すごいよこれは! 日本でもこの域に達したのは金田一耕助先生くらいじゃないっすか(『八つ墓村』と『悪魔が来りて笛を吹く』)? でも、ホームズ先生も金田一先生も、そして本作のコロンボ警部も、実際に発生した惨劇を止めることはできていないというのが、後発であるフィクションの宿命と言ってしまえばそれまでなのですが、悔しい気もしますよね。事実は小説よりも奇なり……
……とまぁ、本作ならではのアピールポイントをここまでさんざんブチ上げておいてナンなのですが、本作は別に「シャロン=テート殺害事件」の解決にコロンボ警部が挑むというものではなく(すでに解決してるし)、かの大事件の犯人グループの元関係者でシャバにいる人間に罪をなすりつけようとしただけの模倣犯罪ですので、本筋自体はいたって通常運転のスケールなんです……う~ん、これこそまさに、「大山鳴動して鼠一匹」ってやつぅ~!?
しかしながら、事件の内容自体は、夫婦関係とデパートの経営方針の相違から社長が愛人と結託して妻を殺害するという流れこそよくある感じなのですが、妻が死の間際に遺したダイイングメッセージを改ざんする社長の工作や、次第に社長の言うことを聞かなくなり自滅してボロを見せる愛人、そして彼らが見せる一瞬のスキをついて解決の糸口を拾い上げていくコロンボ警部といった面々がくんずほぐれつする攻防戦は、映像化作品ばりに密な構成と緊迫感がみなぎっていて意外と見ごたえがあります。決して1コや2コの大ネタだけでもたせようとかいう単純な作りではないんですね。
例えば、本作のタイトルには「罠」というキーワードがあり、これは既出の未映像化作品 File.4の『13秒の罠』と同じなのですが、File.4でいう罠が「コロンボから犯人に仕掛けた罠」という意味が込められているのに対して、本作の罠は「犯人が警察に仕掛けた罠」と同時に、「犯人の罠を見抜いたコロンボが犯人に仕掛け返した罠」という真逆の意味も重なるという、ひとつ上をいく深化を遂げているのです。ダイイングメッセージという非常に古臭いテーマを取り上げていながらも、これを犯人と名探偵とのかなり高度な心理戦のステージに仕上げている発想は見事だと思います。
ただ、その~……重箱の隅をつつくようで申し訳ないのですが、本作の悲劇はやはり、『13秒の罠』のように映像的にバチっと決まる「チェックメイト」なコロンボの一撃が無いというところなのでありまして、しかもタイトルにでかでかと掲げている「血文字」じゃない最後の奥の手というのが、「犯人の靴跡」というビックリするほど地味なものになっているので、これをドラマにしたら、文句は出ないんだろうけど印象にも残らないというどっちらけの評価を受けることは火を見るごとく明らかなのです。マンソンファミリーというとんでもない呼び込み花火を打ち上げておきながら、最後はこぢんまりとしたジェンガ対決になってしまうような、このガリバートンネル並みの尻すぼみ感……私は嫌いではないのですが、TVドラマの『刑事コロンボ』シリーズに列せられるには、あまりにも線が細すぎます!!
結局、この作品が如実に示しているのは、「矛盾がなければいいってもんじゃないよ」という、エンタメ作品としてのバランス感覚が要求される非常にシビアな教訓なのでありました。作品の密度、レベルとしては未映像化八部衆の中でも屈指の傑作かとは思うのですが、きわだった個性らしいものが見当たらないんですよね……いちおうドラマ的なわかりやすさで言うのならば、本作も「かなりうるさいグルメなはずの犯人が、ホテルのカキ料理の味が変わっても文句を言わない」というネタはあるのですが、ちょっとこっちはこっちで単純すぎるし。
ていうか、「ホテルの料理をちゃんと食べたから、僕たち部屋にいたよ!」なんていう小学生みたいな言い訳、アリバイとして成立するとでも思ってんのかァア!? 桜田門……じゃなくてロス市警をなめんじゃねぇ!! 逮捕しちゃうぞコノヤロー☆
File.7、『歌う死体』( The Last of the Redcoats) 北沢遙子 1995年4月25日刊
≪犯人の職業≫ …… 女性ニュースキャスター
≪被害者の職業≫ …… 引退したロックスター
≪犯行トリックの種類≫…… テープレコーダーを使ったアリバイ工作
・没シナリオ・シノプシスの小説化作品。
・本作の原形が執筆された時期は不明だが、本作の時代設定は日本で翻訳出版された当時の「1995年」となっている。その他に作中の年代を象徴する描写として、風変わりな刑事を演じる俳優としてブルース=ウィリスの名前が出たり(映画『ダイ・ハード』は1988年の公開)、警察署との連絡手段として警官がポケットベルを使用しているくだりがある。
・内容に類似性はないが、映像版で重要な役として TV番組の司会者が登場する作品は第57話『犯罪警報』(1991年2月放送 第10シーズン)が、人気歌手が登場する作品は第24話『白鳥の歌』(1974年3月放送 第3シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されて1~2年目のホワイト巡査が登場する。ちなみにコロンボと同じくホワイト刑事も死体や血を見るのが苦手。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に4、5作のペースで放送されていた時期だった。
あらすじ
伝説のロックスターが10年ぶりに復活する! その情報をつかんだ女性ニュースキャスターはさっそく特別番組の企画にとりかかり、テレビ局内は新曲発表のスクープに色めきたった。ところが、取材中の思わぬ誤算から殺人事件が発生! コロンボ警部はサンフランシスコに赴き、復活の歌に秘められた謎に挑む……
こちらはまた、異色の一編と言った感じでしょうかね。
文庫本の解説で訳者の北沢さんも考察されているのですが、本作が映像化されなかった理由は、やはり「衝動的な殺人の後追い隠蔽ごときでコロンボに勝てるわけがない」という部分が大きいかと思います。プロの殺し屋でもない犯人がエピソード一本分の尺いっぱいに逃げ回るなんて無理っしょ……
ただし、本作はこういう設定があるので、コロンボとの熾烈な推理合戦を楽しむというよりは、ただひたすらにヒドイ目に遭い続ける犯人の転落劇を「うわぁ~ヤダ!」とドン引きしながら見守るクライムノベル的な作品になっているかと思います。
当然、この犯人の転落の中には「殺人を犯してしまう」という弁解のしようのない重大な犯罪行為も含まれているのですが、これもよくよく見れば転落の中のひとつの結果に過ぎず、そもそものことを言えば、どこからどう見てもまともな精神状態にあるとは言えない往年のロックスターの言うことを過度に信用しきった彼女の考えの甘さが根源にあるとしか言えないと思います。殺人にいたった経過自体は正当防衛と言えなくもないものがあるのですが、被害者を激高させてしまったのは彼女の短絡的で怖いもの知らずな発言にあるので、本作の犯人を悲劇のヒロインと見るのはちと難しいかと思います。
ただ、それでも読者の同情を誘ってしまうのは、犯人が「時代の寵児」として、アメリカ全国の視聴者の期待に応えなければならないという強迫観念の虜になっている点でしょう。ここらへんは、仕事の内容は微妙に違うにしても、現代日本の TV業界の中で心身をすり減らされていく幾多の女子アナさん、人気俳優、お笑い芸人あたりにも通じる、いまだに解決していないメディア業界の大問題だと思います。だからこそ、TVシリーズ『刑事コロンボ』の映像化エピソード群の中にも芸能人がしょっちゅう出てくるのでしょう。ひとの人生の転落するさまを見届けるなんて、なんと残酷で、しかし確かに魅惑的な愉しみであることか……
ゲスト犯人が散々な目に遭う倒叙ものドラマというと、私は『古畑任三郎』第1シーズンの堺マチャアキさんや小堺一機さんの回を真っ先に思い起こしてしまうのですが、今作の犯人も、突発的に起こしてしまった自分のあやまちを隠すために、コロンボという最悪の敵から逃げ回るハメにおちいってしまいます。
ただ、実は今回に関してはさしものコロンボ警部も、犯人が彼女であるという確信はさまざまなヒントから得るわけなのですが、決定的な証拠をつかむことができずかなり苦労してしまい、最後の奥の手となった「火事の通報電話」も、厳密に言えば犯人が100% 被害者のアパートにいたという証拠にはなり得ないわけで、そこで登場したのが、本作最大のオリジナル展開となる「被害者の遺書」なのです。
ほんと、このエピソードは最初からずっとひどい展開続きで、天才なんだか狂人なんだかさっぱりわからない被害者に死後も振り回され続ける犯人の孤軍奮闘ぶりが読んでいてかわいそうになってくる感じなのですが、最後に登場したこの遺書によって、被害者も実はその才能を完全に死なせてはおらず、犯人や、後に被害者の遺志を継ぐ天才アーティストになるであろう少年への愛情を捨ててはいなかったということが明らかになるという、かなり爽快で粋な読後感を呼び込んでくれます。
これは、映像化・未映像化に関わらず総じてゲスト犯人が最期に捕まるという終幕が確定となっている『刑事コロンボ』シリーズにおいては、なかなか味わえない稀有なハッピーエンド(?)オチではないかと思えるのですが、そういう意味では、未映像化が惜しまれる隠れた珍品ともいえるのではないでしょうか。
ただまぁ、やはり人気歌手や人気 TV司会者が登場する映像化エピソードはすでにいくつかあるわけで競争率も高かったですし(未映像化作品の File.3もそうですね)、犯人の努力(トリック)が、被害者&謎の美少年サーシャの存在感に圧倒的に負けてしまっているというインパクト不足が、映像化に至らなかったウィークポイントだったのではないでしょうか。
未映像化 File.2の犯人もそうだったのですが、女性が単独で犯人になると、やっぱりどことなく人間的な弱さが強調されるきらいがあって、コロンボにグイグイ追及される流れがかわいそうに見えちゃうのでドラマ的な面白みがなくなる印象がありますよね。
その一方で映像化された作品群中の女性犯人たちを見ると、そこらへんを補うためのさまざまな工夫がよく見えるような気がします。まぁ女性じゃなくても、あのコロンボを相手にするからには、そうとう肝のすわったタマじゃなきゃダメなわけなのね!
File.8、『硝子の塔』( The Secret Blueprint)スタンリー=アレン、訳・大妻裕一 2001年8月25日刊
≪犯人の職業≫ …… 建築会社設計企画部長
≪被害者の職業≫ …… 建築会社副支社長
≪犯行トリックの種類≫…… ビデオテープを使ったアリバイ工作
・アメリカ本国で1999年(当時は1~2年に1本のペースで新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・内容に類似性はないが、映像版で建築業界のプロが重要な役として登場する作品に第9話『パイル D-3の壁』(1972年2月放送 第1シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されたばかりのトムザック巡査と、コロンボと旧知の中であるコンピュータ課のフラーティ警部が登場する。ちなみにトムザック刑事はコロンボと同じく死体や血を見るのが苦手。
・映像版に登場したキャラクターとしては、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)、コロンボの飼い犬「ドッグ」が登場する。特にドッグは、コロンボに重要なヒントを与える役割を担っている。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も行われていた)。
あらすじ
高層タワー専門の建築家が企てた、殺しの設計図。次期支社長の座をめぐって野望うず巻く建築会社に仕掛けられた巨大な密室の罠とは? 重役会議用のスピーチビデオに映っていた奇妙なものに目をとめたコロンボ警部は、犯人の完璧なアリバイを突き崩していく。美しい塔に秘められた謎とは?
さぁ、というわけでありまして、豊穣なるミステリの傑作群が実る『刑事コロンボ』という黄金の大地の片隅にひっそりと取り残された、暗くじめっとした「忌み田」のような未映像化八部衆に光を当てるこの企画も、ついに最後の一作を残すばかりとなりました。やっとここまできたか~!
とは言いましても、本作は別になにかしらの「終わり」を飾るような位置にある作品ではないのですが、本企画独自の判断で、「原型となるシナリオやシノプシス、小説ができた時期が古い順番」に並べたところ、1999年に出版された本作がいちばん最後ということになるので、こういうナンバリングになりました。単純に二見書房文庫から出ていたノベライズシリーズの順番で言いますと最後の未映像化作品は File.5(2003年出版)ですし、「日本で出版された」未映像化作品は File.3(2004~06年 同人誌にて連載)でした。あと、これら以降にも『刑事コロンボ』の短編小説はいくつか出版されていますよね。
ただ、やはり本作が世に出た1999年というのは、ドラマとしての『刑事コロンボ』シリーズで言いますと末期に入っていますし、「映像化の可能性はあったけど実現しなかった」という観点でいくと最後の作品と言ってよろしいのではないかな、と思います。これ以降の短編作品はまず TVシリーズのエピソードなみのボリュームはないですし、トリビュートの意味合いが強いですよね。
そんでもって、そういった未映像化八部衆の掉尾を飾る作品として紹介する本作なのですが、これさぁ……八人兄弟の中で、いっちばん個性がない! いや、出来は悪くないんです! 内容に矛盾はない。矛盾はないんだけど個性もない! 老人から見た最近の若者みたい。よく見りゃおもしろいんですけどね……よく見ない人の目もガッとわしづかみにしなくちゃならないのが TVドラマの世界なんで、そのおとなしさはマイナスなんだよなぁ。
本作も、File.4の系譜に連なる「ドラマ映えするコロンボの最後の一撃」がアピールポイントとなる大ネタ一発系のエピソードなのですが、File.4のように「なるほど、そうきたか!」というスカッと感がないと言いますか、作中で伏線らしいものがまるで登場しない(停電の情報はあっても、ビルの設備機能については全く言及がない)ので、ラストでそれが出てきても読者としては「へ~、そうなんだ……」と思うしかなく、ミステリとしての満足度に雲泥の差があります。トリック解明のヒントをコロンボに与える重要キャラは File.4と同じ「あいつ」なのに、この差はいってぇどうしたことだってんだい!?
でも、トリックに関する情報をあんまり出したくない作者の気持ちもわからんでもないんですけどね……「ビルにこういう設備がある」って言及した瞬間に、「あ、これトリックに関係あるな。」って思われちゃうもんね。難しいもんだなぁ。
あと、本作の邦題を見たら、日本のミステリファンだったら、多くの方は奇妙な建築物を舞台にした「館もの」かな?なんて期待しちゃうじゃないですか。『刑事コロンボ』で館ものですよ!? これは面白いでしょう!
でも、いざ読んでみたら、そんなことあるはずもなくいつも通りのフツーのオフィスビルで発生する事件なんですよね……なんだよ、このタイトル! これ、犯人がロサンゼルスのダウンタウンに建てた地上七十階建ての高層ビルが全面ガラス張りになっていることからきていると思われるのですが、事件の舞台にすらなってないし全然関係ないよ……詐欺すぎる。
こういった邦題のトンチンカンさもたいがいなのですが、もっとひどいのが実は原題の方なのでして、「 The Secret Blueprint(隠された青写真)」て……個性が無いにも程があるというか、どういう事件なのかさっぱり印象に残らないよ! 邦題決めも苦労したんだろうな。
とにもかくにも、この作品は顔立ちこそそつなく整ってはいるのですが、とてもじゃないですが『刑事コロンボ』という競争率激高のバトルフィールドで生き残るインパクトを持っているエピソードだとは言い難く、未映像化も至極当然かなと、他のどのエピソードよりもうなずけてしまう哀しみを持った作品なのでありました。
一見、『刑事コロンボ』のドラマ上の特徴をしっかりくみ取った構成のような雰囲気もあるのですが、どっちかというとコロンボ警部の日常やディティールを描写するのに時間を割いていて、肝心の事件や犯人まわりの色彩がやけに淡いというか、弱いんですよね。味が薄すぎる……コロンボの大好物はチリコンカンなんでしょ!? こんな病院食みたいなスッカスカの料理、ワン公も後ろ足で蹴り飛ばすわ!
ましてや、犯人の職業の身の程知らずっぷりよ。『パイル D-3の壁』先輩に廊下で会ったら、どうするつもりなの!?
≪まとめ≫
いや~!! 『刑事コロンボ』って、ホンッッッットォウオに!! いい~いもんですねェエエ!!
……ネタがないわけじゃなくて、ほんとにどこをどう行って、どこでどうあがいても、『刑事コロンボ』という一大遊園地で遊んだ結論は、必ずかくのごとしになっちゃうんですよね。おもしろい。ただそれだけ!
最後に、ごく私的な未映像化八部衆のランキングをつけておしまいにしましょうかね。なんの参考にもならないよ~!!
第1位 File.4『13秒の罠』
第2位 File.2『人形の密室』
~~映像化してほしい願望という壁~~
第3位 File.7『歌う死体』
第4位 File.1『殺人依頼』
第5位 File.6『血文字の罠』
第6位 File.3『クエンティン・リーの遺言』
第7位 File.5『サーカス殺人事件』
第8位 File.8『硝子の塔』
厳しいですか? いや、でも実際こんな感じなんです。くれぐれも誤解の無いようにしていただきたいのは、8作品すべて、「読み物」としては充分に面白いということです。問題は、映像化したところで群雄割拠の『刑事コロンボ』シリーズの枠内で他に負けない存在感を放てるかということなんですよね……生まれないには、生まれなかっただけの理由があったのだということで。南無阿弥陀仏。
『刑事コロンボ』、また観たいな~!!
それじゃあまた、ご一緒にたのしみましょ~。
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