長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

名探偵・金田一耕助、はじまりの特異点 ~映画『三本指の男』(本陣殺人事件1947)~

2024年11月14日 20時52分21秒 | ミステリーまわり
 ハイみなさまどうもこんばんは! そうだいでございますよっと。
 いよいよ今年も、もうあとひとコーナーを曲がればゴールが見えてくるといった残りペースになってまいりました。寒くなってくると何かと流行り病がハバをきかせてきてしまいますが、みなさんは風邪もひかずお元気にやってますか? 私はもう全然平気! なぜか哀しくなるくらいに身体が頑丈です。もちっとこの、「かよわいはかなさ」みたいな風情はないもんなのかと……

 それはさておき本題なのでございますが、今回はなんと、77年も前に公開された、ある歴史的映画作品についてのあれこれでございます。最近、映画館や TVで観たばっかりの作品についてあーだこーだ言ってきましたが、今度はいきなり昔の作品へと時間をひとっとび! ムチャクチャですね~。


映画『三本指の男』(1947年12月公開 モノクロ72分 東映)
・横溝正史による金田一耕助もの推理小説第1作『本陣殺人事件』(1946年4~12月連載)の初映像化作品。
・白木静子は原作小説にも登場する人物だが、金田一耕助の助手となって活躍するのは東映(初公開当時は東横映画)版「金田一耕助シリーズ」(全7作)に共通するオリジナル設定である。
・本作の題名が原作小説通りの『本陣殺人事件』でないのは、検閲をしたアメリカ占領軍が「殺人」という言葉の使用を許可しなかったためである。
・時代設定が原作小説の昭和十二(1937)年から、映画公開当時の太平洋戦争後に変更されている。
・犯人の設定と動機、「三本指の男」の正体が、原作小説から大幅に変更されている。

おもなキャスティング(年齢は映画初公開当時のもの)
初代・金田一耕助   …… 片岡 千恵蔵(44歳)
初代・磯川常次郎警部 …… 宮口 精二(34歳)
初代・白木静子    …… 原 節子(27歳)
久保 銀造 …… 三津田 健(45歳)
久保 春子 …… 風見 章子(26歳)
久保 お徳 …… 松浦 築枝(40歳)
一柳 賢造 …… 小堀 明男(27歳)
一柳 糸子 …… 杉村 春子(41歳)
一柳 隆二 …… 水原 洋一(38歳)
一柳 鈴子 …… 八汐路 恵子(23歳)
一柳 良介 …… 上代 勇吉(?歳)
一柳 秋子 …… 賀原 夏子(26歳)
一柳 三郎 …… 花柳 武始(21歳)
小森 周吉 …… 村田 宏寿(48歳)
高田村長  …… 水野 浩(48歳)
藤田医師  …… 椿 三四郎(40歳)

おもなスタッフ(年齢は映画初公開当時のもの)
監督  …… 松田 定次(41歳)、渡辺実(28歳)
脚本  …… 比佐 芳武(43歳)
製作・企画 …… マキノ 光雄(38歳)
撮影  …… 石本 秀雄(41歳)
照明  …… 西川 鶴三(37歳)
音楽  …… 大久保 徳二郎(39歳)
琴演奏 …… 古川 太郎(36歳)

あらすじ
 私立探偵の金田一耕助は、かつてアメリカ滞在時代に世話になった財産家・久保銀造の姪の春子が、岡山県の旧家である一柳家の当主・賢造と結婚することを知り、結婚式に出席するために一柳家を訪れた。往きの列車の中で金田一は偶然、同じく結婚式に参加する春子の女工時代の親友の白木静子に出会うが、眼鏡をかけたインテリ女史の静子は金田一に冷淡な態度をとる。一柳家は由緒正しい家柄で、賢造の家族や親戚の中には、春子との結婚に反対し妨害しようとする封建的な考えの人々もおり、一柳家と久保家の双方に結婚を妨げる怪文書が送られ、さらに一柳家には謎の「三本指の男」が現れていた。春子から結婚への不安を聞かされた金田一は独自に調査を始めるが、結婚式の翌朝未明、密室状態の離れで春子と賢蔵の死体が発見される。岡山県警の磯川警部は三本指の男が犯人ではないかと考えるが、金田一は静子の協力のもと捜査を進めていく。


 はいきたどっこいしょ! ミステリ好き、わけても横溝正史大先生の「金田一耕助シリーズ」が大大大好きと標榜する我が『長岡京エイリアン』といたしましては、ぜ~ったいに避けては通ることのできない、「映像化された金田一ものの元祖も元祖、正真正銘の第1作」のご登場でございます。

 まず、なんでまたこのタイミングでこの作品を取り上げるのかということについてなのですが、実は私、今年の6~7月に募集が行われていたクラウドファンディング企画「映画『悪魔が来りて笛を吹く』1954年エディションをデジタル修復&復刻上映しよう」というプロジェクトに些少ながら参加させていただいていたんです。そいで、その最終募集金額がなんと目標金額の3倍を超えたということで、ストレッチゴール特典としてつい先日に限定配信されたこの『三本指の男』を、ありがたくじっくりと鑑賞させていただいたわけだったのでした。もともとお目当ての『悪魔が来りて』のほうの修復上映は来年の1月で、限定配信は2月になるとのことです。たんのすみだなやぁ~オイ!

 そもそもの関係を説明させていただきますと、今回の『三本指の男』は上の情報にもある通り、映像化作品の歴史における初代・金田一耕助こと片岡千恵蔵が主演する全7作の「東映(東横)金田一シリーズ」の記念すべき第1作にあたり、『悪魔が来りて笛を吹く』は、その第4作にあたります。現在、このシリーズで映画のフィルムが現存しているのは第1作『三本指の男』と最終第7作『三つ首塔』(1956年)、そして第2作と3作とで2部構成になっていた『獄門島』を1本に編集した『獄門島 総集篇』(1950年)の3作のみで、これに今年めでたくフィルムが発見された『悪魔が来りて』が加わることがアナウンスされているというわけなのです。よかったよかった!

 こんな状況ですので、現行、最新の第34代・金田一耕助こと吉岡秀隆による『犬神家の一族』(2023年放送)にいたるまで連綿と続く、悠久なる映像化金田一作品の歴史の「はじまりの特異点」となるこの『三本指の男』がちゃんと鑑賞できるという幸せは、もう奇跡としか言いようがありません。同じ名探偵でも、明智小五郎先輩はそうはいきませんものね! でも、あれは映像化第1作が戦前の映画になっちゃうから生存確率がさらに絶望的で……もう100年近く前のモノクロサイレント映画なんだぜ!?

 っていうか、そうか~、映像化金田一も、いま1年半ブランクがあいてるのか……いかんいかん! 来年2025年こそはお願いしますよ!!

 それで話は『三本指の男』でして、この作品、現在視聴できる内容の本編時間は「72分」なのですが、Wikipedia などのネット上の情報では「84分」とか「82分」と解説されているものがほとんどです。あれ? 10~12分はどこいった?

 これ、実際に鑑賞してみるとよくわかるのですが、現在観られる72分バージョンは、特に前半部分の事件関係者がどんどん登場してくるくだりで、露骨にカットされている形跡が至る所で見られるんですよね。
 例えば、火の点いていないタバコを口にくわえた金田一が次のカットではぷはーと煙を吐いてるとか、一柳糸子が明らかに何かを言おうとしているのにブツッと次のカットになるとか、座っていたはずの登場人物が次のカットで部屋から立ち去りかけているとか。
 このように、かなり乱雑にフィルムを切り貼りしている部分があって、そういえば一柳家の人間も、自己紹介をしたり名前を呼ばれたりしないまま話が進んでいくような不親切設計になっているのです。ずっと当たり前みたいに一柳屋敷にいるけど、あなただれ?みたいな。
 そしてさらに不可思議なのは、72分バージョンのオープニングの社名クレジットが「東映」になってるってことなんですよね! 東映が発足するのは1951年ですから、その4年前に制作された『三本指の男』で東映がクレジットされるはずはないのです。当時は、その東映の前身会社の一つの「東横映画」ですから。
 つまりこれ、本来『三本指の男』の完全バージョンは84分か82分だったのですが、後年に上映権を継承した東映が何かの都合で「72分の東映映画」にリサイズしちゃったということではないのでしょうか。う~ん、いけず!

 ただ、不幸中の幸いと申しますか、この約10分間のカットによって確かに見づらいとかキャラがよくわかんないとかいうマイナスは発生してしまったのですが、パッと見る限り後半に無理なカットは無いので、映画のテーマやミステリ作品としてのトリックが伝わらないという致命的な事態には陥っていないようです。いずれにせよ、2020年代に鑑賞できるのはすばらしいことに変わりなし。

 ほいで、この作品をワクワクしながら観た私の感想なのですが、


あらゆる意味でアグレッシブ! フレッシュ! 若さと軽快さがみなぎるスーパールーキー的野心作!!


 こういう印象を持ちました。攻めてますねぇ!

 あの、今回も例によって、具体的に鑑賞していて気になったポイントは記事の最後にまとめておきますので、細かいところに関してはそちらを読んでいただくとしまして、要点だけ申します。本作は原作小説『本陣殺人事件』とは事件の真相がまるで違ったものになっているのですが、その「変えた理由」というのが、ちょっと他のミステリ作品とは違うような気がするんですよね。

 だいたい、原作小説と結末(犯人)が違う映像化ミステリ作品というものは、「本と同じ結末にしても面白くないでしょ」という、ちょっと今現在の価値観とは微妙にずれた制作者側のサービス精神のあらわれであることが多く、実際に、原作はもう読んだんだけどマルチエンディングも観たいという観客を映画館に集める効果もあったかとは思います。まぁたいてい、その場合は「ミステリ作品としてのクオリティ」が犠牲になってしまうわけなのですが……

 でも、今回の『三本指の男』の改変に関しては、そういった興行的な事情もあるのかも知れませんが、それ以上のねらいとして、「古い慣習こそが諸悪の根源」というテーマを明瞭に打ち出したいがために、あのような強引ともとれる「真の結末」を用意したのではないでしょうか。久保春子と一柳賢造の悲劇の死という物語だけでなく、ひとつのフィクション作品として「どうしてもお前だけは許しておけない」という、とてつもないルサンチマンに血をたぎらせた手が、むんずとあの「真犯人」の肩をつかんで地獄に引きずり込むようなイメージが、この『三本指の男』オリジナルの結末には濃厚にただよっているのです。
 新しい価値観による、古い社会通念の徹底的な破壊! だからこそ、本作の時代設定は原作通りの戦前ではなくリアルタイムの戦後となり、白木静子と久保春子も、当時最先端のヘアスタイルやファッションセンスを身にまとった容姿になっているのでしょう。

 ものすごい情念です……そしてそのエネルギーはおそらく、誰あろう、古巣の歌舞伎界に絶望した果てに映画界にたどり着き、泥水をすする思いで底辺から大スターへと昇りつめていった片岡千恵蔵が、古い因習に囚われた旧家に起きた残忍無比な犯罪を糾弾するという構図にそのまま転換されているのです。こと、この『本陣殺人事件』を映画化する以上、別にお客さんを呼べるスターだったら誰が金田一になってもよいという話では絶対になく、古い世界をぶち壊す思いを胸に秘め、新しい世界を代表する旗手となる柔軟さ、軽妙さを持った千恵蔵でなければいけないという確信的なキャスティングがあったのではないでしょうか。

 そのようなことを強く思わせるほどに、このシリーズ第1作における千恵蔵金田一は妙にフワフワしたフットワークの軽さを持ちながらも、同時に古い世界を憎む情熱を心の奥底にみなぎらせており、その二面性の魅力は、はっきり言ってそれ以降の33名いる金田一耕助を演じた俳優の誰にも負けないオンリーワンな輝きを持っていると思うのです。さすが、初代はすごい! 原作に沿っているのどうかはまた別の話なのですが、歴代のどの金田一よりも「正義の使徒」を標榜した金田一なのではないでしょうか。それでいて、普段はへにゃへにゃしているというギャップがたまんな~い♡

 いろいろ申しましたが、この『三本指の男』は、確かにひとつのミステリ作品としてはやや無理がある展開もありますし、原作小説以上に「金田一が事前に惨劇を防げたのでは……?」と思えなくもないアラが目立つ異色作となっております。あと、やはり前半の編集の雑さや、おそらくはフィルムの状態のせいで全体的に画面が小刻みに揺れていて酔っちゃうという、内容以前の問題も散見されます。
 でも! 単に仕事でやってるだけとはとても思えないパワーの入れようで軽妙 / 重厚の両面を使い分ける金田一耕助を演じる片岡千恵蔵の勇姿は、金田一ファンならずとも一見の価値はあるのではないでしょうか。いやほんと、千恵蔵さんの演技は昭和の俳優さんのそれじゃないんですよ! 令和でも全然通用する複雑な起伏を持った造形ですよね。
 もちろんそこには、シリーズ第1作という手探り感もあるのでしょうが、それだけに、そこから経験値も増した第4作『悪魔が来りて笛を吹く』では、千恵蔵さんはさらにどんな金田一を見せてくれるのか!? 画質のきれいさにも期待しつつ、来年の公開を心待ちにしたいと思います!

 それにしても、この作品であそこまでに完璧なツンデレ助手・白木静子を演じてくださった原節子さんが、この1作のみで降板してしまうというのは、いかにも惜しい……ああいう「名探偵の異性バディ」設定って、脚本の比佐芳武さんが、海外ミステリのクリスティやクイーンあたりにヒントを得て導入したんですかね? 実にうまかったなぁ~。

 千恵蔵金田一はほんと、女性へのアプローチもスマートで現代的! ちったぁ原作の金田一先生も見習わねば……いや~ん『女怪』のトラウマ~!!


≪まさに歴史の1ページ目! 『三本指の男』鑑賞メモ~≫
・謎の男のシルエットが露骨にアピールされたオープニング。そして配役クレジットの最後には「三本指の男 ?」というしゃれた表示がでかでかと打ち出される。う~ん、わかりやすい! あの宮城道雄の高弟だという古川太郎による琴の調べも非常に流麗である。わくわく!
・岡山の山中を走る蒸気機関車から物語は始まるのだが、本シリーズの顔である、洗練されたスーツを着た千恵蔵金田一のイメージに合わせるかのように、かなり軽快でジャジーな映画音楽が流れる。のちの石坂金田一や古谷金田一の描く、タバコの煙やら咳こむ親子連れ客やらでごみごみした印象の列車内とはまるで違う、かなり開明的な1940年代である。明るいね~!
・走行中の列車が鳴らす汽笛の音を聞いて、金田一と向かいの白木静子が立ち上がって窓を閉めようとするのだが、この行動の意味が分かる人も、2020年代じゃあどんどん少なくなってるんだろうな……だって、1980年代生まれの私ですら、それを実際にやったことはないんだもんね、蒸気機関車に乗ったことないから。まず、隣に別の乗客がいるのにスパスパとタバコを吸ってる人がいる時点で驚きますよね。
・行動の習慣自体は古いのだが、閉めようと窓に手をかけた金田一と静子とが、指が触れあってはっとするという出会いの描写は2020年代でも充分すぎるほどに通じる描写ですよね! いいよな~、こういうベタさ。
・スキのないスーツ姿にキリっとした二枚目フェイスということで、見た目こそ原作小説の金田一耕助とはまるで正反対な片岡千恵蔵なのだが、いざしゃべり出すと意外なほどにひょろひょろっとした高音で、ところどころでどもる癖があるのも、中身は原作にかなり準拠している感じがして実に面白い。全然別のキャラというわけでもないのが、いいね!
・亀……? 千恵蔵金田一、なぜ荷物に生きた亀を入れてんの? 私立探偵っていう職業でも説明のつかない、「荷物に亀」問題……これは冒頭から難問だぜ!
・列車で向かいの席に座った、荷物に亀を入れてるわけのわかんない男が、田舎行きのバスでも向かいに座って意味ありげな視線を投げかけてくるのだから、静子が大いに警戒するのも当然である。こわっ!
・バスを降りて、私有地であるはずの久保果樹園に入っても静子を追いかけてくる金田一! ここで流れる音楽こそコメディタッチなメロディなのだが、静子の側からしてみればそうとうな恐怖である。なにコイツ~!?
・金田一から逃げて息をゼーハーさせながらやって来た静子を笑顔で歓待する久保春子。のちの悲劇をおもうと非常にいたたまれなくなるほどにまぶしい笑顔が印象的な女性なのだが、前髪とサイドをこれでもかと言うほどにアップさせた髪型がもう「100% サザエさん」である。あれって、戦後から1950年代半ばくらいまで大流行した「モガ(モダンガール)ヘアー」っていうんですって。なるほど~、じゃ、陽キャな春子がやってても全然ぴったしなのか。
・春子のヘアスタイルの影に隠れているようでいて、実はよくよく見てみると、肩パットバリバリのコンサバスーツにリーゼントすれすれのポンパドゥールをきめた静子のスタイルもなかなかに先鋭的である。『ブレードランナー』のレイチェルじゃん! おいおい、原節子が岡山のど田舎で2019年モデルのレプリカントになってるよ!! なんて攻めた映画なんだ……
・久保邸でくつろぎ、荷物に亀を入れてきた理由を笑いながら説明する金田一なのだが、それを聞いて不機嫌そうに「ぷいっ!」と顔をそむける静子……ていうか原節子さんが非常にかわいい。これまさに、70年の時を経てもいささかも衰えぬ「萌えキャラ」の祖なり!!
・別に一言もセリフをしゃべってないのに、ただ一柳鈴子の琴を聴いているだけで「あぁ、このおばさんヤな感じだな~。」と即座に観客に思わせる杉村春子の無言の演技がすばらしい。もうこれ、大女優のオーラどころかフォースのレベルですよ! ダークサイドのほうの。
・久保春子と一柳賢造とのめでたい婚礼の直前というタイミングで、春子を「裏切者」とののしる田谷照三なる人物からの脅迫文が。しかも、その照三に実際にあったという静子の言うことには、照三は戦争から復員して「三本指」になっているのだという……いやがおうにも不穏な緊迫感がみなぎる物語の進み方が実にスリリングである。さすが上映時間が短いだけあり、テンポが小気味いい!
・そして婚礼の日になり、一柳家の周辺には白昼堂々、これ見よがしに怪しい風体の、顔にどえらい傷を負って三本指になった復員服の男が出没! この男がやって来た、その意図とは……? ドキドキするなぁ!
・春子の男性遍歴を告発するていの脅迫文や、婚礼当日に三本指の男が現れたという情報を聞いてかなり動揺しながらも、冷静なふりをして「今夜の婚礼は規定事実だ!」と押し切ろうとする一柳賢造の神経質な感じが非常に良い。盛り上がってまいりました。
・一柳家に顔を出したついでのように、もう一方の久保家の方にも現れて、窓越しに偶然目が合った静子を驚かせる三本指の男。ここ、一見なんの脈絡もない、原作小説でも描写されない映画ならではの単なるショック演出のように見えるのだが、のちのちに判明する真相から見るとけっこう意味のあるくだりになっているのが興味深い。特に、彼を目撃した静子が銀造に、「顔に傷跡のある怪しい男が……」と報告しているのは非常に重要なポイントである。あれ、静子がそう言うってことは……?という、かなりのサービスヒント。うまい!
・婚礼の準備を整えて、車に乗って一柳本陣にやって来る春子と銀造を、村中の人々が総出で見物するというくだりがけっこう新鮮に見える。旧家の婚礼は、村をあげてお祝いする明るい大ニュースだったのね。めでてぇな!
・一柳本陣で古式にのっとった婚礼の儀が重々しく行われるいっぽう、主のいない久保家では、「メガネ取った方がかわいいよ。」「うっさいわね!」という、金田一と静子との恋のツンツンゲームが! 金田一、かなり攻めますね~! ここら辺のアグレッシブさは原作の金田一とはまるで別人で、どっちかというと「孫」と言い張っているあの少年のシルエットが浮かんでくる……そっちかい!
・単純だが、久保家でピアノを弾く静子から、一柳家で琴をつまびく鈴子に切り替わるカットセンスが面白い。市川崑みたい。
・モノクロ映画なだけに、真夜中に聞こえてくる人間のうめき声と琴糸の切れる音が非常に怖い! カラー映画には出せない夜の闇の深さ。
・密室トリックであることは原作と同じなのだが、凶器が日本刀でなく「柄の長い刺身包丁」になっているのが非常に興味深い。やはり軍刀を連想させる日本刀は出せなかったのね。
・のちに、『生きる』(1952年)や『七人の侍』(1954年)といった黒澤映画でかなりインパクトのある役を演じることとなる宮口精二が、本作ではほんとに毒にも薬にもならないまじめな磯川警部を物静かに演じているのが逆に珍しい。印象うっすいなぁ~!
・磯川警部に対して金田一が「白木静子。只今は僕の助手を務めています。」と紹介した時に、静子が一瞬むっとしただけで即座にその設定にノッてしまうのが少々不可解である。でも、そう言わなきゃ静子も事件現場を見ることができなかったろうし、まずは逆らわずに従ったのだろうか。内心、「あとでこ〇す!!」とはらわたが煮えくり返っていたのかも。
・親友の春子の変わり果てた姿を目の当たりにして取り乱す静子。しかしそれを制して「この場合必要なのは、冷静な頭脳と判断です。感情は有害ですよ……」と厳かに語る金田一がかなりかっこいい。それまでのへらへらした印象とはまるで違う変貌である。う~ん、やっぱ千恵蔵金田一って、はじめちゃんっぽいぞ!
・金田一が磯川警部に「どうぞ調査を続けてください、僕は勝手にやりますから。」と声をかけるあたりから始まる、えんえん2分間にわたるほぼ無言のトリック捜査シーンが圧巻である。BGM いっさいなしでもみなぎりまくる緊張感は、千恵蔵金田一の眼光のたまものですよね。そういや、ジェレミー=ブレットの『シャーロック・ホームズの冒険』でも、『入院患者』とかでこういう沈黙の捜査シーンがあったなぁ。実力ある名探偵俳優だからこそできる濃密な時間だ!
・そうは言いながらも、捜査の合間にいきなり静子(原節子よ!?)のおみあしを抱き上げて「ちょっと、その竹を覗いてみてください!」と言い出したりして、クスッとしてしまうやり取りを差し込むのも上手なもの。それに対する静子も静子で、いつの間にか金田一を「耕助さん」と下の名前で呼び出すので、異性バディ物としても本作はかなりいい感じの滑り出しを見せてくれるんですよね。いいぞ!
・金田一と会見する時に、一柳糸子が「この事件の下手人は、田谷照三です!」と言い出すあたり、事件の行方よりもフツーに「下手人」って言ってるところが気になってしまう。何時代……?
・原作では金田一が単独で事件を解決していくのだが、本作では「数学の素養があって古文書の解読にも興味がある」という驚異のスペックを備えた静子の試行錯誤からヒントをもらって真相にたどり着くという流れになっている。静子が助手でいる意味があるのはいいんですが、ちょっと静子が超人すぎやしないかい!?
・金田一が磯川警部にトリック解明への立ち合いをお願いする時に、待ち合わせ時間について「3時ちょうど」という意味で「正(しょう)3時です。」と言うのも、もはや21世紀の日本人は使わない言い方なので時の流れを強く感じさせる。言葉は変わってくんだなぁ。
・本作が一番すごいのは、本編終了15分前くらいまでほぼ原作通りの推理を淡々と語っていた金田一が、いきなり「……という結論で終わらせたかったんでしょうけどね、真犯人は!」と言い出してニヤリと笑い、映画オリジナルの「さらなる真相」を暴露していくという衝撃の展開なのである! なんつう力技……
・事件関係者が一堂に会する中で、金田一にうながされて『一柳家古文書』の中の「破り捨てられた一節」を想像で語り始める静子! なんかいきなりオカルトじみてきましたよ!? あんたは『カリオストロの城』のクラリスか? 『ラピュタ』のシータか!? まいっか! 原節子だし!!
・金田一のこの一言「この事件の心理的原因は、古き者の新しき者に対する憎悪、封建思想の自由に対する絶望的抵抗です。」は、本作の最初から最後までさまざまに言い方を変えて繰り返されるのだが、これこそが、終戦直後の1947年に『本陣殺人事件』が、歌舞伎界から映画界に進出して大スターとなった片岡千恵蔵を金田一耕助役に召喚して映画化された理由そのままでもあると思う。いや~、やっぱ全てのはじまりの第1作は伝説的だわ!

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