2023年7月20日にリリースされた「ポケモンスリープ」
開発発表から4年の時を経て、ポケモン(東京・港)は睡眠データを使ったスマートフォンアプリ「Pokemon Sleep(ポケモンスリープ)」を2023年7月20日にリリースした。「朝起きることが楽しくなる」をコンセプトに、ユーザーの睡眠意識を向上させるだけでなく、徹底的なユーザー目線でサービスをつくり込んだ。これまでの睡眠アプリが苦手としていた「朝」を攻略するため、サブスクリプション(定額課金)サービスも取り入れた。
「『ポケモンGO』で現実世界をポケモンと共に冒険する体験を生み出し、歩くという基本的動作をエンターテインメント化した。睡眠のエンターテインメント化が次のチャレンジだ」
ゲーム企画会社のポケモンの石原恒和社長は19年5月、事業戦略発表会でこう力強く語り、スマホゲーム「ポケモンスリープ」を発表した。強力なIP(知的財産)と、注目される睡眠市場とのコラボだけに、注目のタイトルの一つではあったが、発表以降、ほとんど情報がない状態が続いていた。そして4年の時を経た23年7月20日、満を持してリリースされたのだ。
ポケモンスリープは、ユーザーの睡眠データを使ったゲームアプリ。「朝起きることが楽しみになる」というコンセプトで開発された。専用アプリをスマホにダウンロードし、枕元に置いて眠るだけでユーザーの睡眠状態を計測。朝起きると、睡眠状態が可視化され、その結果(質)がゲームの進行に関係する。ゲーム感覚で睡眠意識を高められるのが特徴だ。対応OS(基本ソフト)は、iOSとAndroid。基本的には無料で遊ぶことができる。
ポケモンスリープの冒険の舞台は、食べることや寝ることが大好きな「カビゴン」のいる小さな島。そこで、ポケモンの睡眠を研究するネロリ博士と共に、ポケモンの睡眠を研究するストーリー。ゲーム上でポケモンの寝顔を集め、「ポケモン寝顔図鑑」を完成させることが目的だ。これまでのポケットモンスターシリーズでも、さまざまなポケモンをゲットして「ポケモン図鑑」を完成させるのが目的の一つだった。図鑑を完成させるという目的は変えず、今回は「寝顔」に焦点を当てた。
ポケモンスリープの物語の舞台は「カビゴン」のいる小さな島(写真左)。「ポケモン寝顔図鑑」(写真中央)を完成させるのが目的だ。写真右は、「ゼニガメ」の「からにこもる寝」を登録したところ
例えば、人気のある「リザードン」は、自分の強さに自信があるのか、腕を組んで寝る「うでぐみ寝」。「ライチュウ」は自身の高電圧にしびれないよう、しっぽの先を地面に突き刺してアース代わりにして眠る「しっぽアース寝」など。それぞれのポケモンには、知られざる複数の寝顔があり、図鑑を集めるやり込み要素も豊富だ。それゆえ既存のポケモンファンも違和感なくゲームに入っていけるようになっている。
ポケモンには、知られざる複数の寝顔がある
ポケモンスリープのプロデューサーである小杉要氏は、「睡眠データを計測することに加え、それをゲームに活用する事例はほとんどない。その両方を備えているところがユニークな点」と語る。ポケモンという強力なIPを使った睡眠アプリは、それだけで唯一無二の価値があるが、プラスアルファの要素もあるというわけだ。
夜に分析するのは「動き」。「音」も録音
ゲームの進め方はこうだ。就寝直前に、専用アプリの画面で「ねむる」をタップすると計測が始まる。その状態で、スマホを枕元に置いて眠るだけだ。計測はスマホの加速度センサーを活用する。寝返りなどの体の動きを見ているため、固い床やテーブルなどに置くと正確に計測ができない。また、マイクで環境音を録音する機能もある。異音があれば自動で録音され、起床後に確認が可能だ。
既にスマートウォッチなどを身に着け、自身の脈拍などから睡眠を可視化しているユーザーもいるだろう。ポケモンスリープでは、そこまでの機能は採用しなかった。「我々の調査では、睡眠を可視化している人はまだ少数派。多くの人の睡眠時間と規則性を見える化し、ポケモンスリープで睡眠に対する意識をよりポジティブに変えたいと思った」(小杉氏)。睡眠への意識が低いライト層にも試してもらえるよう、計測への入り口のハードルをあえて低くした。
朝起きたら睡眠の結果を確認
朝起きたら、アプリの「計測を終了する」をタップすると、睡眠の結果を確認する「睡眠リサーチ」が始まる。睡眠の長さを表す「睡眠スコア」を100点満点で採点、その日の睡眠の特徴を表す「睡眠タイプ」などが記録される。睡眠スコアは、8時間30分以上で100点満点になり、それ以下だと減点される。記者が試したところ、5時間8分の睡眠時間では60点だった。
就寝中にデータを計測し、起床後に「計測を終了する」(写真左)と押すと、「睡眠リサーチ」がスタートする。「睡眠スコア」が100点満点で採点され、画像では81点(写真中央)。その日の睡眠の特徴を表す「睡眠タイプ」などがグラフで表示される(写真右)
睡眠タイプは、「うとうとタイプ」「すやすやタイプ」「ぐっすりタイプ」の3つに分類される。「最初の3日間は、ユーザー平均との乖離(かいり)でタイプを決めているが、何度も利用するうちに過去の自身のデータと比較できるようになり、その結果からタイプを判定するようになる」と小杉氏。使えば使うほど判定もパーソナライズされ、精度が上がっていく。
睡眠データは個人情報がわからない形で、サーバーに保管される。第三者にそのデータを提供することや、パーソナライズした広告を打ったり、他のゲーム開発に活用したりといった計画は一切ない。ただ、統計データのような形で、例えば日本人の睡眠時間が延びている、海外と比較してどうか、といった観点で活用していくという。
睡眠リサーチ時のスマホの画面上では、中央にいるカビゴンの周りで、さまざまなポケモンたちがすやすやと眠っている。そのポケモンをタップすると、寝顔がポケモン寝顔図鑑に登録されるという流れだ。ポケモンにも、ユーザーと同じ3つの睡眠タイプが設定される。ユーザーの睡眠タイプに応じて、同じような睡眠パターンを持つポケモンが出現するようになっている。記者が試したところ、ぐっすりタイプの日は「ゼニガメ」「ピチュー」を発見し、すやすやタイプの日は「コラッタ」を発見した。
ポケモンの睡眠は、「うとうとタイプ」「すやすやタイプ」「ぐっすりタイプ」の3つに分類される
日中はカビゴンを成長させる
日中は、カビゴンにご飯を食べさせて成長させる。カビゴンが大きく成長すると、よりレアなポケモンたちと出会えるようになるためだ。ゲームでは、朝・昼・晩とそれぞれのタイミングでタスクがあり、ゲームとの継続的なタッチポイントが設けられる。もちろん、朝は忙しくてゲームに時間を使えない日もある。その場合は、起床時に「計測を終了する」をタップした後、睡眠の計測結果は「あとで確認する」を選んでおけば、任意のタイミングで確認可能だ。
ゲームでは、朝・昼・晩とそれぞれのタイミングでタスクがあり、ゲームとの継続的なタッチポイントが設けられる
睡眠アプリの難しさは「継続性」にある
ポケモンスリープの最大の課題は、「継続してもらうこと」と小杉氏。22年に花王が実施した意識調査によると、健康習慣における悩みで、男女の3人に1人が継続することへの課題を抱えていた。さらに全体の7割が三日坊主の経験があったという。そこで、アプリの利用を習慣化してもらうため、朝・昼・晩と継続的に利用してもらう仕掛けをポケモンスリープに盛り込んだ。
「睡眠ゲームは、情報をインプットするのが朝だけなので、基本は朝しか進行しない。昼・夜に動きがないというのが、他のゲームと違う点だ。かといって、昼にできるゲームをどんどん盛り込むと、睡眠ゲームという本来の趣旨から逸脱してしまう。そのバランスを壊さぬよう、最終的には、朝が8割、その他2割のようなイメージでゲームバランスを構成した」(小杉氏)
他にも、ユーザー同士で睡眠研究をシェアすることができる「ソーシャルリサーチ」もユーザーの継続率を高める機能の一つだ。他のユーザーとフレンド登録を行うと、睡眠時間や睡眠タイプ、リサーチした寝顔の数など、さまざまな情報を共有できる。他のユーザーとの競争が利用をやめにくい構造をつくり出す。
ポケモンとの約束も、大きな継続理由になる。就寝する目標時間を決める「ねむりの約束」という機能があり、目標をクリアするとゲームの中で報酬がもらえる。ユーザーの就寝時間が短いと、ゲームに登場するポケモンたちも元気がなくなってしまう。「自分のためだと眠れなくても、ポケモンたちの元気を回復させたいと思えば、ユーザーの意識が変わるはず」。自分のためだけではなく、誰かのためにという立て付けが継続を促すのだ。
睡眠ゲームとサブスクは、好相性
基本は無料で遊べるが、ゲームを有利に進めるアイテムを購入するための「ダイヤ」への課金や、サブスクリプションサービス「プレミアムパス」も選択可能だ。アイテムには、ポケモンにあげると少し仲良くなれる「ポケサブレ」や、睡眠リサーチでもらえる経験値が2倍になる「しゅうちゅうのおこう」などがある。
プレミアムパスは、1カ月プラン980円、6カ月プラン4900円。有利なアイテムが手に入るだけでなく、すべての期間の睡眠データが閲覧可能(無料のノーマルパスは30日分のみ)になったり、記録した睡眠データにメモが書けたりするなど、7つの特典が付く。位置情報ゲームである「ポケモンGO」では、アイテム課金はあってもサブスクは実装していない。
ポケモンスリープをサブスク型にしたのは、睡眠との相性のよさやユーザーの利便性を考えてのことだという。「ポケモンスリープは、ゆっくり長く遊んでほしいゲーム。そういう意味で、サブスクとの相性がよいと判断した。また、ユーザーが睡眠の結果を見て、アイテムを使いたくなるのは朝の時間帯。朝は時間に余裕のない人が多く、アイテムを購入してもらうより、サブスクがよりマッチすると考えた」(小杉氏)。ユーザー目線で考えると、睡眠アプリの場合は、アイテムを欲しいタイミングで購入するより、定期的に入手できた方がユーザーのメリットが大きくなると踏んだ。
ポケモンGOとも連係、入り口を増やす
ポケモンスリープのユーザーを増やす一手としては、ポケモンGOとの連係も見逃せない。実は専用端末「Pokemon GO Plus +」(6578円)でも、睡眠を計測可能にしている。眠りに就く時に本体中央のボタンを押し、起床時にもボタンを押すだけで、睡眠データを端末に蓄積。その後、データはポケモンスリープのアプリと同期できる。
就寝中にスマホでアプリを立ち上げておく必要がないため、スマホのバッテリーの持ちが気になる、スマホを体から離しておきたいユーザーや、子供が親のスマホとペアリングして使う場合などに有効だ。ポケモンGO Plus +端末は当然ポケモンGOとも連動するため、ポケモンGOユーザーの流入も期待できる。
例えば、ポケモンGOと連係した端末でポケストップ(アイテムなどを入手できるポイント)を訪れ、その後にポケモンスリープと端末を連係すると、カビゴンにあげる「きのみ」を入手できる。このように、ポケモンGOからスリープへの動線が確保されているのだ。
他にも、睡眠と関連する企業ブランドとのコラボ商品も展開する。室内着ブランド「ジェラートピケ」とは、ピカチュウやカビゴンをイメージしたルームウェアなどの発売を予定する。日清ヨークとは、「ピルクル ミラクルケア Pokemon Sleepパッケージ」を、23年8月中旬に数量限定で発売予定。こちらは睡眠の質改善をうたった機能性表示食品とのコラボだ。
これまで、睡眠アプリの弱点であった継続する難しさを、朝・昼・晩と継続的なタッチポイントを設け、解決しようとするポケモンスリープ。さらに睡眠アプリ導入へのハードルを低くする試みにより、睡眠市場の急速な拡大を引き起こす可能性があるだろう。
(日経クロストレンド 寺村貴彰)
[日経クロストレンド 2023年7月20日の記事を再構成]
日経記事 2023.08.05より引用