合成ドラッグと自然なドラッグの明確な境目はありません。 コカの葉などを除けば、ほとんどの麻薬は何らかの加工を施されて製品になっています。
その中で、元々の物質とは異なる化学物質に変化させて使用するものを、合成麻薬とかケミカルドラッグなどと呼びます。
覚醒剤も自然の動植物から抽出することなしに合成されるので、このグループに入ります。 LSDはもっとも有名で、しかも強力な合成(正確には(半合成)ドラッグです。
化学名はリゼルグ酸ジエチルアミドです。LSDの開発には長い歴史があり、その物語は一見何の関係もない麦に生えるカビの一種から始まりました。麦角金このカビは麦角菌(バクカククキン)と呼ばれ、ライ麦、小麦、大麦、エン麦など多くのイネ科植物の穂に寄生します。
寄生するとその穂には麦角と呼ばれる黒い爪のようなものができ、そこに含まれる毒性物質(麦角アルカロイド)が食中毒症状を起こします。
このことは紀元前7世紀にすでに知られていたようで、アッシリアの古文書に記述が見られます。
米が主食である日本ではあまりなじみのない病気ですが、ヨーロッパなどでは流行するたびに数千人の死者がでる重大な病気で、しかもこの毒性物質には血管を収縮させる働きがあったために医学に用いられ、盛んに研究されるようになりました。
そして20世紀に入って、この毒性物質がリゼグル酸というアルカロイドであることが明らかになりました。
LSDはリゼグル酸の研究をしていたスイスの薬品会社の研究者アルベルト・ホフマンによって合成されました。
ホフマンはまずリゼルグ酸から頭痛薬や止血剤を開発することに成功します。さらに研究を進めて様々な物質を合成しますが、そのときに25番目の物質、LSD-25が指先についてしまいました。
そこから体内に吸収されたLSDによって、ホフマンは強烈な幻覚とめまいを感じました。 これが人類が初めてLSDを体験した瞬間です。
LSDの効果は麦角菌にも、そこから得られたリゼルグ酸にもありません。 つまり、今まで存在しなかった麻薬が化学的に合成されたのです。
LSDは、その体験が非常に印象的であったため、様々な分野への応用が試みられました。LSDの強烈な体験を利用して「精神を開放する」療法を行ったり、不安神経症・強迫神経症・自閉症・抑うつ症・心身症などの患者に用いられたりし、ある程度の成果を上げました。
また、末期ガンの痛みに対する鎮痛・鎮静効果もある程度確認されています。
軍事分野では自白剤としての利用や、化学兵器として散布して敵の行動力を失わせる研究などが行われましたが、いずれも実用化には至りませんでした。
LSDがもっとも影響を与えたのは文化面です。特にアメリカに於いて絵画、音楽、ファッションなどポップカルチャーにおける「サイケデリック」の流行を生み出しました。
絵画の世界ではLSDの体験を描いた万華鏡のような模様やゆがんだ文字、ペイズリーのようなパターン柄を特徴としたポスターが多数生み出されました。
音楽においてもLSDの影響下で作曲されたり、LSD体験を主題としたポップミュージックが流行し、大規模なロックフェスティバルが開かれるようになりました。文学の世界でもLSDの体験を綴った多くの作品が描かれています。
しかし強い幻覚作用を持った物質の流行は、錯乱による死亡事故の多発という結果を生み、LSDは次第に規制されるようになります。
現在ではもちろんLSDの使用は非合法ですが、アメリカ、スペイン、ドイツなどで生産され、ひそかに世界中に流通しています。
LSDが何故強い幻覚作用を持つのか、詳しいことは分かっていません。 セロトニンの働きを妨げるという説が出されていますが、同様の働きを持つほかの化学物質がLSDのような作用を持たない事から、疑問が呈されています。