【この記事のポイント】
・2040年に店長や販売員など商品販売は108万人不足
・小売りや飲食業はAI・ロボットが生産性の向上担う
・社会課題の解決など「人ならでは」のスキルが重要に
急速に進化する人工知能(AI)・ロボットが小売りや飲食業の現場を変えようとしている。人手不足への対応で、今では配膳ロボも当たり前になった。2050年代半ばには、人の能力を超えるAIが売り場を運営する主役となるかもしれない。未来を見据え、人が働く意義を問い直すことが求められる。
人口約2万6500人の福岡県宮若市。のどかな田園風景の一角で、最先端の技術が詰まったスーパーが24時間営業している。九州地盤のトライアルホールディングスが運営する「トライアルGO脇田店」では、レジにあるカメラに顔をかざすだけで会計を済ませられる。登録した顔の情報をAIが分析し、本人かどうかを判別する。
トライアルGO脇田店(福岡県宮若市)は顔認証で決済できる
同店は、デジタル技術が人の担っていた作業を代替することを目指している。店内にある複数のAIカメラが総菜や弁当の売れ行きを確認するシステム開発を進める。AIが在庫の状況を判断し、近隣の店から商品を仕入れる。約1000平方メートルの店内で4倍の規模の店舗と同等の品ぞろえを想定する。
「テクノロジーを導入しなければ、人口減の未来を生き残れない」。AI活用を指揮する永田洋幸取締役は語る。イオン九州などの競合チェーンや大手メーカーも巻き込み、業界全体でデジタル化を推し進める。
ロボットが同僚、売り場を変革
人口が1億人を切る2050年代半ばを待たずとも、様々な職種で人手不足の時代が来る。特に人手に頼る小売業や飲食業など労働集約型の産業は、深刻な人手不足が予想される。リクルートワークス研究所は、店長や販売員などの「商品販売」で40年に108万人が不足すると予測する。研究員の坂本貴志氏は「高齢化も進むなかで、働く人の負荷をどこまで低減できるかが重要となる」と指摘する。
未来を見据え、店頭ではAIやロボットを活用した省人化の取り組みが広がっている。
ファミリーマートは1日に1000本の飲料を補充できるロボを導入する
ファミリーマートは24年度までに、冷蔵陳列棚にある飲料を自動補充するロボを300店で導入する。コンビニエンスストアは半世紀近く、店舗レイアウトが変わらない。人とロボが共に働くことで「コンビニのあり方も変わる可能性がある」と狩野智宏執行役員はみる。省人化による低コスト運営で、これまで難しかった過疎地などへの出店にもつなげていく。
コネクテッドロボティクス(東京都小金井市)の「そばロボット」は、そばゆでからぬめり取り、水で締めるまでを自動調理する。「人が働かなくて済む未来が訪れるはずだ」。沢登哲也社長は、ロボが労働を代替する「不労社会」に向けた技術開発に取り組む。
ただ、人の作業を完全に自動化することは容易でない。19年には、衣類を自動で畳む機器の実用化を目指していた新興企業が、開発難航で経営破綻した。ロボを導入するコスト低減も課題となる。リクルートワークス研究所の坂本氏は「当面は人とロボが役割を分担しながら協働していく」と指摘する。
45年までにAIの能力が人の知能を超える「シンギュラリティー(技術的特異点)」を迎えるとの予測もある。
将来は顧客のニーズをくみとり、最適な商品を薦めるといった接客もAIが担う時代が来るかもしれない。伊藤園は今年春、人の喜怒哀楽を読み取る自動販売機の実証実験を実施した。AIが顔にある7000カ所の42の筋肉から感情を読み取る。その時の気持ちが判定され、飲料が薦められる。
「収益を最優先すれば、AIが社長を務められるだろう」。セレクトショップ大手、ビームスの設楽洋社長は未来をこう予測しながら、「企業が体現する美学や理念は人でなければ伝えられない」と断言する。東京・原宿で7月に開いた衣料品店は、20代の社員が「ファッションへの熱量が大きかった原宿の文化を取り戻し、次世代につなげたい」との思いで企画した。同じ思いを持つ同世代のデザイナーの商品を販売し、顧客を集めるなど、新しいコミュニティーの拠点に育とうとしている。
「スキルを高めるためのコーチ役としてAIが職場の同僚になる」。コンサルティング大手、アクセンチュアの山根圭輔氏は、人がAIと議論しながら専門性などを高められるようになると指摘する。
AIやロボが同僚となる未来の店舗で人はどう働くか。人口減で大量消費型から転じ、商品もこれまで以上に選別される。商品をつくり、売る熱量などを伝え、共感を得た消費者を増やすことが重要な仕事となる。
(山下美菜子、遠藤邦生)
心の豊かさ、応える人材育成 青井浩・丸井グループ社長
「人の成長が企業の成長につながる」を経営理念に掲げる
人口が増え、右肩上がりで成長できた時代はスピード感が重視された。テクノロジーも「早く・多く・安く」商品を提供するために活用された。生産年齢人口が減少に転じたなか、これからは経済のマイナス成長も予想される。テクノロジーには「1人当たり国内総生産(GDP)」など豊かさを維持、向上するために人の労働を支える役割が期待されるだろう。
2050年代に向けて、日本は成熟社会になるとみている。そのなかで、豊かさの考え方も変わっていく。物質的な充足感よりも、精神的な豊かさを充実させたい消費者は増えていく。価値観も多様化するだろう。こうした消費者は、人工知能(AI)やビッグデータを使って効率よく薦められた商品に物足りなさを感じるかもしれない。
丸井グループは、消費者の「誰かを応援したい」気持ちに応えるサービスを展開している。例えば、障害者アートのヘラルボニー(盛岡市)を応援するクレジットカードでは、利用額の0.1%が同社に還元される。
労働集約型の産業である小売業では、働く人の生産性を上げることが重視された。これからは、生産性が求められる仕事はロボットやAIが担うだろう。
成熟社会となる未来では、人生を豊かにする出合いを提供できるかどうかが、小売業の大きな役割となる。働く人に期待されるスキルも変わる。社会課題の解決などイノベーション(革新)を起こせる人材がこれまで以上に求められる。