「迂回路があるから大丈夫」は本当か

 では、海底ケーブルの切断が日本周辺で起きた場合はどうなるのか。

 日本は、太平洋を横断して米国に至る複数の海底ケーブルの起点となっている。さらに日本から中国やシンガポールなどアジア地域をつなぐ海底ケーブルもあり、両地域をつなぐ中継地としての役割を果たしている。

 総務省の担当者は、切断による通信途絶の対策として「各通信事業者の間で、ケーブルを複数敷設して冗長化していると認識している」と話す。同じ拠点を結ぶケーブルであっても違うルートにケーブルを敷設し、一方のケーブルが切断しても通信が途切れないよう対策を取っているという。

 複数経路の海底ケーブルがある場合、海底ケーブルの切断などによって通信が途絶すると、自動あるいは手動で他のケーブルに通信を迂回するよう設計されている。多くの場合、経路を変えたことで数十ミリ秒程度の遅延が発生する場合はあるものの、通信自体は成り立つ場合が多い。

 切断による影響は一般生活にはあまり大きくないようにも思える一方で、特定の業種には大きな影響が発生する可能性がある。それが「少なくとも金融と医療、軍事の3領域だ」(土屋教授)という。金融取引は瞬間的な取引を繰り返すため、数十ミリ秒程度の遅延であっても影響は大きい。

 また医療業界においては遠隔操作ロボットを手術室のすぐ近くに置いたコンソールではなく、100キロメートル以上離れた遠隔地のコンソールから操作する実証実験も繰り返し実施されている。例えば神戸大学は2023年2月、NTTドコモやNTTコミュニケーションズなどと共同で、商用の5G(第5世代移動通信システム)を活用し約500キロメートル離れた遠隔地からロボットを操作して模擬人体に執刀する、遠隔手術の実証実験に取り組んだ。今後、実証実験だけでなく実際の患者に対する遠隔手術が広がっていくことを考慮すると、通信遅延の影響は無視できない。

 通信事業者は海底ケーブルを冗長化したうえで、障害発生時には自動で切り替わるなどリスク低減に努めている。一方で経済安全保障上のリスクは近年高まりつつある。海底ケーブルを利用する側は、切断や盗聴などのリスクが起こり得ることを念頭に置いて、複数の通信事業者と契約する、信頼できるEnd to End暗号化を利用するなどの対策を取ることが肝要だ。

 近年は海底ケーブルのバックアップとして、衛星通信を活用する事例も増えている。海底ケーブルでつながる通信の全てを代替できるわけではないが、こうした策も検討すべきだ。