「2016年に父が亡くなってから、母は富山で1人暮らしをしていました。94歳になる高齢の母には『東京で同居しないか?』と提案したこともあったのですが、『理恵、親子といっても、わたしにはわたしの人生がある。そして、あなたにはあなたの人生がある。だから、あなたが大事な仕事を減らしたりしてこっちでわたしの介護をするなんてことは考える必要はない。あなたはあなたの人生を生きなさい』。そんなふうに言われていたんです」
そう話すのは「遠距離介護の幸せなカタチ」(祥伝社)を上梓したタレントの柴田理恵さん(64)。伴侶に先立たれて、単身で暮らす老親の介護が心配な子世代が増えているいま、柴田さんに実体験をもとに遠距離介護の現実を語ってもらった「週2回、来てくれていたヘルパーさんが自宅で苦しそうにしている母を発見して、地元の総合病院に救急搬送されたのは17年10月のことです。検査の結果、腎盂炎と診断され、そのまま入院になりました。わたしもテレビの収録の合間を縫って、すぐに病室に駆けつけたのですが、ベッドに横たわっている母に向かって『理恵だよ、分かる?』と呼びかけても、『あぁ……。うぅ……』と、高熱で浮かされて会話することもできませんでした。約1カ月前に会ったときには大好きなお酒も飲んで、あんなに冗舌だった母のあまりの変わりようにショックを受け、『もしかすると今生の別れになるかもしれない……』ということも感じていました。
「要支援1」がいきなり「要介護4」に
次の仕事が控えていた柴田さんは、「ごめんね。仕事があるから、もう行くね」と、意識が朦朧としている母親に対して、そんなふうに静かに声をかけて、病室をあとにしたという。「それからというものは、母のことが気にかかって心落ち着かない毎日でした。でも1週間後に、再び面会に行ったら、抗生物質の投与などの治療がうまくいき、『わたしが誰だか分かる?』とたずねたら、『もちろん、分かる。理恵』と言ってくれるまでに回復しました。ただ、病に侵された体は極度に弱り、そのタイミングで行われた要介護認定の更新は、入院前が要支援1だったのに対し、入院後は2番目に重い要介護4と認定されました……」
一般的に要介護4は、常時介護が必要で、自分ひとりでは日常生活が難しい状態である。
「やはり東京に来てもらって一緒に同居するか、施設に入居してもらうのがいいのでは? という考えもちらつきました。でも、それは、子どもの勝手な都合であり、母が望むことではありませんでした。長年、住み慣れた場所を離れ、見ず知らずの場所で子どもと同居をはじめたことで、逆に生活にハリを失い、元気をなくす高齢者がいるという話も聞いたことがありました。母にとって大切なものは、みんな、富山にある。それを無理に奪うことはできない。子どもとしてやってはいけないことだと思いました」慣れ親しんだ富山で暮らしたい──。そんな母親の切なる願いをかなえるため、柴田さんは、これまで通り生活拠点は東京のままで、仕事も続けながら、遠距離介護を行うことを決意したという。
「頑張りすぎない」ことが大切
往復約6時間の遠距離介護をスタートした柴田さんだったが、いまも常に心がけていることがある。それは、「頑張りすぎない」ことだという。
「週に1回は母の様子を見るために必ず富山に帰ろう、ご近所さんの目が気になるからなるべく頻繁に帰らなきゃ、というように、『こうしないといけない』とルール化したり、世間体を気にしたりする必要はないと思います。少なくとも、わたしたち親子の場合は、わたしが無理をして自分の健康を損なったり、仕事に支障をきたしたりしてまで介護することを、母も望んではいません。無理をしすぎて仕事を辞め、収入源も失って親子共倒れになるのは本末転倒です。現役世代なら、離れて暮らす親の様子を毎日見に行くことはできないですから、『元気? 何か困ったことはない?』ってスマホのビデオ通話で顔を合わせる方法でもいいと思うんです」
親の介護を完璧にこなさなければいけないと気負いすぎるのではなく、時間的にも体力的にも余裕があるときは帰って、親の世話をすればいい。そのくらいゆるい感じのほうが親の介護はうまくいくと柴田さんは言う。
介護を通して、親の老いや衰えを目の当たりにするのは、子どもとしてはショックな出来事でもある。柴田さんは、どのようにその現実を受け止めて、母親との関係を構築しているのだろうか?
「親が弱っていく姿を見るのは嫌じゃないですか。だから、少しでも元気になってほしくて、わたしも介護をはじめたころは、『もうお母さん、しっかりしてよ』って、眉間にしわを寄せて、ついつい声を荒らげてしまうこともありました。でも、そうではなくて、お互いにニコニコし合うことが大事。実の親に面と向かって、『お母さん、育ててくれて、ありがとう。わたしは幸せ者だ』なんて伝えるのは、最初は気恥ずかしいかもしれません。でも、笑顔で感謝の気持ちを伝えること。どんなに年をとっても、親にとって子どもの笑顔はうれしいものなんですよ。母にとって生きる気力になるんだ、元気の源になるんだってことに気がつきました。あとはどんなに高齢であっても、あれもダメ、これもダメって親の自由を奪おうとしないこと。その線引きはとても難しいですが、常に本人の気持ちに寄り添いながら、意思を尊重してあげることも大事だと思いますね」(取材・文=大崎量平)
▽柴田理恵(しばた・りえ)
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