中国内陸の険しい秦嶺(しんれい)山脈の南に広がる陝西(せんせい)省洋(よう)県。夕暮れ時になると大空に「グワッ、グワゥ、グゥー」と甲高い鳴き声が響きます。ねぐらを求めるトキが飛来して、ナラガシワの高木に次々と舞い降りるのです。
洋県でトキ7羽が生存していることが確認されたのは1981年でした。それ以降、日中両国は連携して人工繁殖を目指します。
日本は政府開発援助(ODA)の無償資金協力で救護・飼育施設などを建設し、新潟県は募金を集めて中国側に送りました。
新潟の佐渡で育ったトキのメス「キン」が2003年、36歳で死ぬと日本産トキは絶滅します。
その一方、洋県から譲り受けたつがいのトキは繁殖に成功。環境省などによると、現在は佐渡で放鳥したトキが推定532羽、飼育のトキは160羽まで増えました。中国内では1万羽を超えています。
◆当初は戦後賠償の側面
日本は1954年10月6日、アジア太平洋地域の途上国を支援する協力機構「コロンボ・プラン」に加盟し、ODAを始めました。この日は「国際協力の日」とされ、きょうは70年の節目です。
太平洋戦争で焦土と化した日本は戦後、世界銀行などからの融資で復興を果たしました。発電所、東海道新幹線、東名高速道路などの建設に回された資金は約8億6千万ドル(現在の価値で推定約6兆円)。世銀への返済を終えたのはバブル経済末期の90年です。
日本のODAには当初、多大な損害を与えたアジアに対する「戦後賠償」の側面もありました。長期低金利の資金を貸し出す有償資金協力(円借款)はインド、インドネシア、中国、フィリピン、ベトナムなどへの供与に重点が置かれました。日本の経済成長に伴って途上国への供与額は増え、各国の経済発展に貢献しました。
79年からは改革・開放に乗り出したばかりの中国に対するODAが始まりました。
対中ODAの90%以上を占めたのが円借款。累計額は約3兆3千億円に上ります。
中国はこの借款で港湾や道路、鉄道、発電などの主要インフラを次々に建設。北京と上海の国際空港、地下鉄、重慶のモノレールは有名です。中国が世界2位の経済大国になる基盤を、日本のODAが築いたことは間違いありません。
しかし、トキ繁殖などの事例を別にして、日本では「中国政府は日本の貢献を国民に周知していない」との不満が噴出。軍拡路線への抵抗感も加わり、対中ODAは2022年に終了しました。
日本のODAは22年までに190カ国・地域を対象に実施され、1991年から10年間は世界最大の供与国でした。ODAを実施してきた国際協力機構(JICA)が各国に派遣した専門家は延べ約20万人、外国からの研修員受け入れは約67万人に上ります。
ODAは平和憲法の理念に基づく非軍事分野の国際貢献です。
◆「非軍事」が一変の恐れ
こうした理念を一変させかねないのが、日本政府が昨年新設した「政府安全保障能力強化支援(OSA)」。民主化の定着と基本的人権の尊重など価値観を共有する「同志国」の軍隊に、防衛装備品を無償供与する仕組みです。
優先される対象国は中国と南シナ海で領有権を争う「同志国」。すでにフィリピン海軍に沿岸監視レーダー、マレーシア国軍に救難艇が供与され、ベトナム、インドネシアなども支援対象です。
日本国際ボランティアセンター(JVC)などは「日本が掲げてきた平和主義の大転換。非軍事で協力する姿勢が高く評価されて信頼が寄せられ、NGOの現地活動も守られてきた」とOSA撤回を要求。JICAのある幹部は「日本がどこに向けて看板を掲げているのか分からなくなる。OSAには疑問もある」と指摘します。
同志国を募り、軍隊に資機材などを供与することは、日本外交の平和主義を変質させ、地域情勢を緊張させる恐れがあります。
外務省の2024年度ODA予算は4383億円で減少傾向です。一方、OSAの25年度概算要求は51億円で、金額を示さない「事項要求」も加わります。いずれ数百億円規模になるとみられ、ODA予算を圧迫しかねません。
貧困や飢餓、気候変動、自然災害、感染症など途上国が抱える問題は紛争要因になり得ます。それらに対処することは、紛争予防に貢献することを意味します。非軍事のODAは今後も日本外交の切り札であり続けるべきなのです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます