他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法の成立から19日で9年を迎えた。同法などを背景に、自衛隊と他国軍の共同訓練は、成立前と比べ3倍以上に増加した。防衛省は日本への攻撃を思いとどまらせる抑止力向上を狙いに挙げるが、識者は「日本の動きがかえって周辺国との緊張を高めている」と懸念する。(大野暢子)
安全保障関連法 歴代政権が否定してきた集団的自衛権の行使の容認を柱に、安倍政権の2015年9月19日、与党などの賛成多数で成立した。日本が直接攻撃されなくても、米国など密接な関係にある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされる場合を「存立危機事態」とし、他に適当な手段がないなどの要件を満たせば、日本が集団的自衛権を行使できると定めた。歴代政権は、集団的自衛権の行使は憲法上、許されないとの立場だったが、安倍政権が憲法解釈を変更した。
◆2024年「これほど多くの国の軍隊と交流する夏は初めてでは」
防衛白書で公表されている米軍との共同訓練は、安保法が成立する前の2014年度に25回だったが、増加傾向をたどって2023年度は82回に。3カ国以上で行う多国間訓練を含めると、42回から142回に増えた。
自衛隊は今夏、南シナ海などへの進出を活発化させる中国への対応を念頭に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国との訓練を日本周辺で実施。7月にはスペイン空軍機が飛来し、空自やドイツ空軍と編隊飛行訓練をした。8月にはイタリアの空母も訓練で初寄港した。相手国はオランダ、トルコ、カナダなど8カ国に及び、防衛省関係者は「米国との訓練は珍しくないが、これほど多くの国の軍隊と交流する夏は初めてでは」と語る。
日本から遠く離れたNATO加盟国と連携を深める理由について、吉田圭秀統合幕僚長は記者会見で「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障が不可分になっている」と説明。ウクライナ危機に直面するNATO加盟国は共同訓練を通じてロシアと中国をけん制する一方、日本も抑止力を高める狙いがあるという。
◆防衛白書「安保法関連の自衛隊活動」の掲載を取りやめ
防衛省はNATO加盟国などとの共同訓練を対外的にアピールする一方で、集団的自衛権の行使を想定した訓練かどうかは明らかにしていない。「手の内を見せないようにしている」(木原稔防衛相)として、2022年にハワイ沖で行われた多国間演習を除き、どの訓練が安保法に関連したものかを非公表としている。
毎年刊行される防衛白書も、2024年版から安保法関連の自衛隊活動の掲載を取りやめており、同法で新たに付与された自衛隊の任務や活動の変遷は、より見えづらくなっている。
中京大の佐道明広教授(安全保障論)は「これだけ多くの国の軍隊が日本周辺で訓練していれば、対中国や北朝鮮で集団的自衛権の行使を想定しているとみるのが自然だ」と指摘。「抑止力に頼りすぎると、歯止めなく軍拡が進み、地域のリスクはかえって高まる。周辺国を刺激するだけではなく、有事には同盟国・同志国から訓練と同等の任務を求められ、他国の戦争に参加させられる懸念も強まる」と語る。
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◆基地周辺の住民の不安「標的になるのでは」
安全保障関連法の成立から9年がたち、自衛隊は国内外で他国軍との共同訓練を増やしている。「有事には標的になるのでは」。訓練の実施は、会場となっている基地周辺の住民を不安にもさせている。
6月中旬、青森や東京など9都道県で、台湾有事などを想定し、日米の戦闘機が共同対処をする大規模訓練が展開された。訓練名は「バリアント・シールド(勇敢な盾)」。太平洋で2年に1度行われてきたが、米国が領域を広げた共同訓練を日本に提案し、今回初めて約4000人の陸海空自隊員が参加した。
訓練拠点の一つとなった海自八戸航空基地(青森県八戸市)にも、米軍のF16戦闘機が飛来。同基地から8キロ南に住む元学校職員の中屋敷泰一さん(68)は「米軍三沢基地が攻撃を受けて使えなくなったら、米軍は八戸航空基地を使うはず。地域一帯が攻撃対象になるのではないかと不安だ」と気をもむ。
宮城県の王城寺原(おうじょうじはら)演習場=色麻(しかま)町など3町村=では、陸自とフランス軍による国内初の共同訓練が9月8日に始まった。仙台市の自営業立石美穂さん(64)は「事故が起こるリスクもあり、暮らしと実戦訓練が隣り合わせとなっている状況は放置できない」と、陸自に訓練を取りやめるよう要請した。
同県では空自松島基地(東松島市)も6月のバリアント・シールドの会場になっており、立石さんは「国民的な合意なく、日本の北大西洋条約機構(NATO)化が進んでいるようだ」と疑念を示す。「こうした訓練は周辺国との軍事的緊張を高めるだけだ」と訴える。
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