中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

クローン犬(2)

2008-03-04 08:50:42 | 身辺雑記
 挿し木によって増やされた個体は遺伝子的には同一であると言っても、それらが育つ環境によってはまったく同一なものになることはない。生物の特性は何もかも遺伝的に決定されるものではなく環境の影響を多く受ける。それに高等な動物になるほど大脳を中心にした神経系の働きが大きい。

 例えば私の大脳は母の体内にいた時は空っぽの箱のようなものだったが、それが環境の刺激を受けて複雑な回路が出来上がってきて、その過程で絶えず外界に働きかけながら複雑さを増大させてきた。その結果として「私]が創られたのだ。この私は唯一無二の存在だ。仮に今、私の体細胞からクローンを創ったとしても、すぐに私と同じものができることはない。そのクローンはもちろん胎児状態からスタートして育っていくのだから、今の私と同じになるには74年かかる。その私のクローンがたどる過程は、何から何まで私のものとはまったく違うものだ。

 確かめようもないが、74年後の私のクローンは姿かたちこそ似通っているかも知れないが、いや、それもかなり違っていて、今の私とは別人のようになっているかも知れない。私の母は一卵性双生児だったようで、幼い頃に伯母と写した写真を見るとまったく区別がつかない、まさにクローンのようだった。私が幼い頃もまだ似ていて、よく間違えてばつの悪い思いをしたものだ。それが戦後に2人の環境が変わり、伯母は恵まれた生活をしたが、母は貧しさに苦労した。そのせいもあり、2人は外見も性格も変わっていった。

 私の成長期の頃は食糧事情が良くなくてあまり食べられなかったが、私のクローンが私よりも良い食環境で育つならば体格もかなり違うだろう。環境が違えば性格も変わるだろう。やはり私とは違う存在なのだ。私が「私」と意識するのは私の大脳の働きだから、クローンが意識する「私」はクローンの「私」だ。当たり前のことだが私とクローンは別人なのだ。

 愛犬をなくした米国の婦人は、おそらく死んだ犬とそっくりの犬を手に入れるだろうし、名前も前のものと同じにするだろう。しかし所詮は別物だ。米国産テリアというから、それなら同じ品種のものを買ったほうがいいのではないか。私の知っている卒業生の女性は、代々ビーグル犬を飼っていて、どれにも同じ名前をつけている。その程度でいいと思うが、そこは感情の問題で、死んだ犬の体細胞から創られたクローン犬は元の犬そのものという気がするのだろう。それにしても540万円とは高い買いものだ。今のところクローン動物は、原因にはよく分からないが欠陥があって短命だと言われている。羊のドリーも7年足らずで死んだから、米国の婦人もまた愛犬を失う悲しみを味わうことにならなければいいが。