蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

火山のふもとで

2025年02月11日 | 本の感想
火山のふもとで(松家仁之 新潮文庫)

坂西徹は、有名な建築家が主宰する村井設計事務所に就職する。村井事務所は青山にあるが、夏期は軽井沢の「夏の家」に主要スタッフが移って仕事をする習慣になっていた。「夏の家」での1年を描く。

主人公の坂西は、大学を出たばかりでほとんど採用をしない有名事務所に職を得て、すぐに有名建築家の村井に気に入られ、周囲にいる女性には常にモテモテ、設計者としての才能も十分・・・と、まるで若い頃の島耕作みたいな人。周囲の環境も村上春樹の小説みたいにオシャレで洗練されていて、「こんな奴いるわけねえだろ」と言いたくなるところだが、読んでいてあまりイヤミな感じはしない(少なくとも島耕作や村上作品の登場人物よりは)。

若い建築家(坂西)とか軽井沢の風土を描くことが主題なのかと思わせるが、終盤の転機から、別のテーマが浮かび上がってきて、それまでの坂西や村井事務所スタッフ中心の描写や展開もその補助線に過ぎなかったことがわかる。小説の最後に向かって感動が盛り上がっていく構成がとても効果的に思えた。
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スカウト目線の現代サッカー事情

2025年02月11日 | 本の感想
スカウト目線の現代サッカー事情(田丸雄己 光文社新書)

著者は、日本の高校卒業後、Jリークのクラブで働いた後、イギリスの大学でフットボールの分析学?を学び、SNSなどを通じて就職活動?をしてイギリス2部リーグのチームのスカウトになった。フットボール選手としての実績はなく、自力で異国のチームのスカウトにまでなったのはたくましい。今どきの日本の若者?とは思えない。
内容は整理されていて読みやすいので、行動力のみならずアタマもいい人なのかもしれない。
本の中では競技名をずっとフットボールと記しているのに、タイトルだけ「サッカー」になっているのが、なんというか、主張が感じられて?微笑ましい。

イギリスのフットボールリーグはプレミアを筆頭に8部まであって、5部くらいまでがプロの領域らしい。グラウンドは国中そこらかしこにあり、下部リーグでもそれなりにサポーターや観客があり、それぞれに育成機関(アカデミー)もあるという。

育成機関はU8からあり、U14の段階で、世代最高クラスは早くもクラブと19歳までの契約を結ぶという(プロになって報酬をもらうのは19歳から。ただ、その前にもいろいろ余録(用具店の商品券とか)はあるらしい)から、才能をもれなく見出すネットワークも万全だ。

そして、無給のボランティアを含めるとスカウトも無数といえるほどいるらしい。
まさにフットボールネイションと呼ぶにふさわしいかも。
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死の貝

2025年02月05日 | 本の感想
死の貝(小林照幸 新潮文庫)

山梨、岡山、福岡の一部地域には昔からその地域だけに見られる奇妙な病気があった。子供が罹患すると成長がとまってしまい、病状が進むと腹水がたまり、動くこともできなくなって市に至ることもある、というものだった。明治時代中期から西洋医学を学んだ医者たちが原因をさぐり、寄生虫によるものと見当をつけるが感染経路がなかなか判明せず・・・という内容のノンフィクション。初出は1999年。2024年に新潮文庫にはいった。

原因となる日本住血吸虫は、ミヤイリ貝(発見者の苗字から命名)を中間宿主として、水田などの流れが少ない水たまりから人間の足などにとりついて経皮感染する。
当初は飲料水から経口感染するという説が有力で、飲用の前に煮沸を徹底させたが効果なく、研究者たちの牛などをつかった対照実験で経皮感染すること判明する。
このプロセスにおいてある研究者は自ら実験台になって水田にはいったりする。この例が典型だが、研究に参加した医師たちは「なぜ、そこまでする?」と傍目には思えるほど熱心に原因追求と対策に取り組む。叙述は淡々としていて事実を並べているように見えて、その情熱が本からひしひしと伝わってきて、よくできたミステリのように、どんどん先が読みたくなる。
初出から25年近く経過した本を見出して、文庫に入れた編集者および出版社がすごいなあ、と思えた。

明治・大正期の話かと思っていたら、この病気の(日本での)終結が宣言されたのは、平成8年で、まだほんのちょっと前。ところが、中間宿主(であるが故に各地で絶滅をめざした)のミヤイリ貝は、今ではなんと絶滅危惧種とされているそうである。なぜ、ミヤイリ貝が山梨などのごく一部の地域にしか繁殖できなかったのは今でも解明されていない、というのも不思議な話だ。
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三井大坂両替店

2025年02月02日 | 本の感想
三井大坂両替店(萬代悠 中公新書)

江戸時代から明治初期まで大坂で貸金業で栄えた両替店の組織や信用調査についての研究成果を記した本。

三井大坂両替店は、大坂と江戸の為替業務(例:大名が大坂で換金した年貢米を江戸に送金する)を担っていたが、幕府の年貢米については、大坂から江戸に送金するまでに90日の猶予が認められており、これを資金源として貸金業を行っていた。本当は禁止行為なのだが、貸金は架空の為替手形を買い取る形式で行うことで黙認されていたという。
元が幕府のカネなので、不良債権になっても訴訟上等で優遇されているというのがミソ。
なんとなく、「おぬしもワルじゃのう〜」っぽい手口なのだが、幕府がなくなるまで咎められることはなかったようだ。

三井に限ったことではないだろうが、当時の昇進は厳格な年功序列で、少年のころに就職?するとずっと住み込みで、独居して結婚が認められるのは中年にさしかかった頃だったそう。もちろん、入社?した全員が勤め上げられるわけではなく、辛くてやめたり、自身の店を興したり、それなりの地位まで昇進すれば暖簾分けのような仕組みもあったらしい。重役クラスになるまでには数人に絞られており、このあたりはちょっと前までに日本企業や役人の出世レースそのものという感じ。

信用調査では、担保価値(主に店舗や居宅の不動産評価)が重視されたが、聞き合わせによる評判(ギャンブル狂だとか遊所通いがひどいとか)も重視されたそう。融資の申し込みのうち、実行されたのはせいぜい2割程度だったらしい。新規の申込みは厳選して得意客を見極め、優良客との継続性を重視していた。このあたりも現代の日本の銀行の姿勢に似たものを感じる。

数百年たっても一商人の信用調査の記録が膨大に残されており解読可能なのだから、やはり紙による記録保存は優れているなあ、と思う。電子データだとそもそも(数百年レベルになると)保存性が怪しいし、それが本物なのかどうかから疑わないといけなくなる。
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死ぬということ

2025年01月29日 | 本の感想
死ぬということ(黒木登志夫 中公新書)

中公新書でこのタイトルなので、哲学的考察なのかな?と思ったが、実際には人間の死へのプロセス(事故死は除く癌などの病気)や死への準備といったトピックをコンパクトに解説した内容。

びっくりするようなことは書かれていないが、病気の原因と予防や対処法が科学的根拠に基づいて素人にもわかりやすく紹介されている。実用書としてみても一級品だが、さらに紹介されている詩歌も印象的なものが多い。

著者は医学者で一般向け含めて多数の著書があるようだが、1936年生まれで現在88歳か89歳。しかし、記述は明晰そのもので非常に読みやすく、多数のエビデンスが引用されており、掲載されている図表も多くてわかりやすい。巻末にすべての引用元が記載されており、ご丁寧に索引までついている。
最後の方で著者自身が否定しているが、もしかしてAIに書かせたのでは?と疑いたくなるほどだった。

ところどころ、「こんなこと書いて大丈夫か?」と心配になるほど、かなり辛辣なコメントもあって楽しめる。
少子化対策として有効と思われるのは婚外子を社会的に認めることだが、夫婦別姓すら導入できない日本では望めそうもない。
ある大手飲料メーカー(どの会社かすぐ推測できるように書いてある)は多数のサプリメントを販売しているが、ヒトでのテストが必要な(経費が高い)トクホは1品のみ。ほとんどがテストを経ずに(効能の裏付けなく)製品化されている。
有名な社会学者が書いたベストセラー本の内容は(医学的には)デタラメばかり。などなど

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