蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

『撃墜』

2009年09月28日 | 本の感想
『撃墜』(豊田穣 光人社NF文庫)

第二次世界大戦中の日本陸海軍の航空隊の活躍を描く短編集。

「これホント?」と思えるようなエピソードもあるが、著者自身が航空兵で、登場人物も(著者が)実際に見聞きしたことがある人が多いので、多くは実話なのだろう。

特に「若桜最後の撃墜王」の斜銃(大型爆撃機の腹部にもぐりこんで、操縦席の後方に固定された上向きの銃で撃つという兵器)を使いこなす技術とか、「われ特攻に参加せず」で九州南部の「秘密基地」から飛び立った夜間飛行隊が最後の最後(最後の作戦はなんと8月16日だったらしい)まで沖縄の米軍を攻撃し続けた事実には、驚いた。

戦記ものは、実際の戦争現場を体験していない人が書くと、大変陰惨で救いがないものが多いのだけれど、自分の体験に基づいて書いたものは、最悪の戦場を描いていても、どこか、のんびりしたところ、からっとした雰囲気、場合によってはユーモアすら感じられる。
体験した人は生き残ったわけだから、そうなるのかもしれないし、辛い体験も年月が経てば修飾されてきて美しい思い出になるのかもしれない。

本書の中でも、終戦間際の本土防空戦を描いたもの(「若桜最後の撃墜王」、「われ特攻に参加せず」)などでも、絶望感とかせっぱつまった感じはあまりなく、最後の最後まであきらめずに合理的な戦闘を続けた人達の行動はどこか爽やかでもあった。
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あるキング

2009年09月26日 | 本の感想
あるキング(伊坂幸太郎 徳間書店)

地方球団の熱心な(というよりファナティックな)ファンである両親の子、山田王求は両親の熱心(すぎる)な導きで野球の技術向上一筋に生き、打撃の天才となる。しかし父親が(王求をいじめた子を)殺したことが露見して高校を中退し、テストで地方球団になんとかもぐりこみ、驚異的な成績をあげるが・・・

オビの紹介文で本書を「ファンタジー」と紹介している。
それなりにリアリティをもって少年野球からプロまでの過程が描かれるが、王求がプロでも打つたびホームランだったりするのは夢物語のような感じだ。
また、マクベス風の3人の魔女が頻出したり、王求が(事実上)殺した、友人の父親が怪物となって現れたりと、ところどころ現実世界が綻んでいる。
だからスポーツ小説でもないし、殺人は起こるけどミステリでもないし、まあ、ファンタジー、幻想小説くらいしかいいようがないのかも知れない。

そんな(ある意味)わけのわからない小説でも、著者の手にかかると読み終わるのが惜しいほどの出来栄えとなるのは、そういう先入観のせいなのか、著者の力量なのか。

ちょっとヘンテコなキャラクター設定(偉人伝が好きな同級生とか、バッティングセンターの管理人のおじさんの暇つぶしはシェイクスピアを読むこととアニメ雑誌とか、王求が野球以外に唯一興味を持つのがセックスだとか、地方球団のオーナーのドラ息子がやたらギャンブルが強いとか)とか、誰でも知っているわけではないけど、知っていてもおかしくなさそうな名言の引用(本書ではシェイクスピア作品の一節を言い換えしている)とか、が、うまいと思う。

こういうのは著者の作品のパターンではあって、ファンとしてはそういう十八番が現れるのを期待しているから良く見えるのかもしれない。
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マリアナ機動戦-1

2009年09月24日 | 本の感想
マリアナ機動戦-1(谷甲州 中公Cノベル)

「覇者の戦塵」シリーズはここのところ1年に1冊のペースなので、いつも「もう打ち切りか?」なんて心配をさせられるが、やっと新刊がでた。しかも久しぶりに派手な艦隊か航空決戦を期待させるタイトルでさっそく読んだ。

斜めに張り出した航空甲板を持つ(ソ連海軍のミンスクみたいな感じ)防空巡洋艦「大峰」が登場して、「おお、やっぱり派手なストーリーか」と思わせたが、やっぱ相当に地味な話だった。一番盛り上がるのは大峰への着陸シーンなんだから、推して知るべし。

しかし、一方で蓮美大佐が本当に久々に登場(本シリーズでほぼ唯一といってもいいキャラが立った登場人物なのに長らく出番がなく、もう出てこないかと思ってた)したし、艦隊戦が発生しそうな流れではあるので、「2」に期待したい。(また1年後かもしれないけど)
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少年譜

2009年09月23日 | 本の感想
少年譜(伊集院静 文藝春秋)

タイトルの通り、少年を主人公とした短編7本を集めた本。

著者の作品によく現れるモチーフ、鮨屋の修行(「古備前」)、弟の死(「トンネル」)を主題としたものもあって、いずれもなかなか読み応えがあるが、著者の作品をたくさん読んでいるので、既視感がないわけでもない。

一番よかったのは、表題作「少年譜 笛の音」だろうか。孤児の出世物語なのだけれど、先生役の寺の和尚さんのキャラクターが魅力的だった。
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映画篇

2009年09月22日 | 本の感想
映画篇(金城一紀 集英社)

装丁や中身のデザインがシンプルで、そっけなくも見えるけれど、こういうのが好みの人(私もそうだけど、実際には図書館で借りた)はこれだけで買ってしまいそう。

映画にまつわる人間模様みたいなものを描いた短編集。5つの短編のタイトルもすべて映画の題名そのまま。どの短編にも、映画が好きでたまらない、という著者の思いがあふれているようだった。

5つの短編に共通した設定もあって、読者の興味をかきたてるようなちょっと凝った構成になっているが、最後の短編が露骨な種あかしみたいになってしまっているのは、ちょっと残念だった。

冒頭の朝鮮学校時代の同級生の消息を描いた「太陽がいっぱい」が一番よくて、次にいいのが、夫に自殺された妻の回復をテーマにした「ドラゴン怒りの鉄拳」。3番目の「恋のためらい・・・」は、ちょっといかれた高校生カップルの破綻した行動の話。このあたりまでは、「ちょっと重松清風かも」と思いつつも楽しく読みすすめた。
4話の「ペイルライダー」の結末は、それまでの3話とあまりに隔絶していて違和感があり、最後の「愛の泉」は登場人物が皆とてもいい人ばかりで、読んでいてむず痒くなるというか、歯が浮くというか、サザエさんみたいというのか、とにかく、読み続けるのが恥ずかしいような気分になってしまった。
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