蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

大江戸釣客伝

2014年05月31日 | 本の感想
大江戸釣客伝(夢枕獏 講談社)

江戸時代、綱吉の治世下、(現在の)東京湾での釣りに魅入られた人々(宝井其角、英一蝶、津田釆女)の消息を群像劇的に描いた作品。

芭蕉の高弟で芭蕉亡き後、江戸の俳諧の第一人者である其角、天才的絵師の一蝶、あるいは彼らのパトロンである紀伊国屋文左衛門にとって、釣りは数ある趣味・趣向の一つにすぎません。(中毒度:1)

一方、将軍の側近衆をクビになって出世の道を断たれ、血縁にも不幸が相次いだ津田釆女にとっては釣りは唯一の気持ちのよりどころで、日常のふとした余暇にも釣りのことを考えてしまうほどでしたが、生類憐みの令で釣りが禁止された後は(こっそり海釣りをする人はたくさんいたけれど)、決して釣りには手を出しませんでした。(中毒度:2)

もう一人の登場人物、“なまこの新造”は釣りに熱中するあまり、大工の仕事も妻子も投げ捨ててしまって釣りや釣り道具作りに文字通り人生を捧げてしまいます。(中毒度:3)

このように、実生活にはあまり役立たない、嗜好性の強い行動(趣味)にハマってしまった経験は多かれ少なかれ誰にでもあると思います。ハマっている最中は、何をしていてもソノことしか考えられなくなります。恋愛もそうしたことの一つかもしれません。

私個人の経験で「あれはまさに中毒症状だったなあ」と思えるのは、大学1年の時に近所のゲームセンターで「ボスコニアン」というシューティングゲームに夢中になってしまい、相当な数の100円玉をゲーム機に投入していたことです。
もう、寝てもさめても、緑色の敵基地をどういう順番で攻略するかを考えていて、ヒマ(とお金)さえあればゲームセンターへ行っていました。
結局、いつまでたってもゲームが終わらないほど習熟したことで、この熱病から醒めたのですが、以来、こうした状態になるのが怖くてビデオゲームを熱心にはやらなくなりました。
いまどきのゲームは作る方のレベルも上がっているでしょうから、「ネトゲ廃人」になる人の気持ちもわかるような気がします。

「こんな(何の役にもたたないことに)入れ揚げていてはダメだ」と本人が一番わかっているのに、身体が言うことをきかない、というのは中毒の典型的症状でしょうが、そこを何とか気持ちで抑えられている程度(上記の例で言うと(中毒度:1)の人のように、一つのモノにのめりこまない、気散じの手段を他に持つ、というのがいいかもしれません。

でも、其角も一蝶も津田釆女も、実は、釣りに身を滅ぼした“なまこの新造”に憧れがあるんですよね。「あなたと堕ちていきたい、どこまでも」というのも、人間として自然な欲望の一つなんでしょうね。
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

2014年05月31日 | 本の感想
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹 文芸春秋)

主人公は、高校までを名古屋ですごし、東京の工科大学へ入学する。高校時代には主人公を含む5人の仲良しグループ(主人公以外の4人には名字にアカ、アオ、シロ、クロという色がふくまれていた)ができていて、主人公だけが東京にいたが、交際は続いた。しかし、大学2年の夏に主人公は突然他の4人から絶交されてしまう。打ちひしがれて自殺まで考えるがなんとか踏みとどまる。主人公はやがて子供の頃からの夢だった鉄道駅の設計者になる。30代なかばになって親しい女性の薦めもあって、4人の友人から絶交された理由を解明するため(シロはすでに死んでいたので)アオ、アカ、クロを訪ねる・・・という話。

きれい好き、整理整頓された部屋に住み、定期的に肉体的なトレーニングをして、食事は自分で作り、孤独を愛するが親密な交際を続けている友人がいて、というあたりが著者の作品でよく見られる主人公像(そして多分それは著者本人の生活を反映しているような気がする)だと思うが、本作もそういう感じ。
著者の作品に人気の一つの要因として、こういう(ちょっとライトな)ハードボイルド的だけどその気があれば誰でもできそうなカッコいい生活への憧れがあると思う。

前作の「1Q84」では、著者の作品としては珍しく、謎解きがクリアカットで、一点の曇りもないハッピーエンディングだったのだけれど、本作では従前の作品のように「なぜ主人公は友人たち(実質的にはシロに)絶交されたのか」は謎のまま(手がかりもほとんど提示されない)だし、謎解きの旅に出るきっかけになった女性との関係がどうなりそうなのかもよくわからないまま終わる。
もっとも、こうした含みを持たせた終わり方、どうとでもとれそうな結末の方が個人的には好みだし、これだけ本が売れるのだから、そう思っている人が多いにちがいない。
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愛、アムール

2014年05月29日 | 映画の感想
愛、アムール

主人公と妻はともに引退した音楽家で、二人だけで広壮なアパートに暮している。
妻は病気で麻痺が残ってしまい介助なしに生活できなくなるが、入院を嫌い、自宅で主人公が介護にあたる。次第に妻の病状は悪化し・・・という話。

この話の展開や結末は、ある意味ありきたりです。
しかし、衰えていく妻を目の当たりにする主人公の苦しみや実の娘をはじめとする周囲の人々から次第に孤立していく様が、時間をかけて丁寧に描かれているので、主人公の行動は必然であったのかもしれない、と考え込まざるをえなくなりました。

そういう本筋のシリアスな面をちょっと脇にのけると、夫妻の自宅のセットや普段の生活ぶりが、質素でありながらそこはかとない優雅さや豊かさが感じられるように描かれていて、「こんな環境での生活(老後に限らず)っていいな」なんて、ちょっとだけ、思いました。

あと、外国の人って自宅でのリラックスタイムでも靴履いてるんだな(冒頭のシーンで、主人公がコンサートから帰ってきて上着をぬいで靴を履き替えるのですが、ここで私は、革靴からサンダル・スリッパ系の履物にするのかなと思っていたら、スニーカー的な靴をしっかりと履いていた)、なんて当たり前のことにいまさらながら感心?しました。(私は靴の圧迫感がとても苦手で、すぐにぬぎたくなるため)
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終戦のエンペラー

2014年05月27日 | 映画の感想
終戦のエンペラー

主人公のフェラーズ准将は、マッカーサーから、天皇の戦争責任回避のための証拠を集めるように指示される。准将は天皇周辺の人物に事情を聞きまわるが、決定的なものは出てこない。しかし、マッカーサーは政治的な判断から天皇の責任を問うことはしない、と決め、天皇と面会する・・・という話。

上記の主筋に准将の(日本人女性との)恋愛話を絡めようとしているのだけれど、准将の恋愛感情と戦争責任に関する調査活動との関係性があまりうまくかみ合ってなくて、ストーリーを盛り上げる役にはたっていない感じだった。

宮城事件がクライマックス(の一つ)になっているのだけれど、アメリカの人にとっては(終戦直前にクーデター未遂があったというのは)意外感があるのかもしれないが、日本人的には周知の事実なので、謎解き的な興趣もイマイチだったかなあ。

と、いうことでちょっと退屈な映画でした。

あと、日本での上映を意識するなら、陛下のキャストはもう少し(日本で)高名な俳優にした方がよかったんじゃないかな。
申し訳ないけれど、陛下役の俳優さんから“majesty”は全く感じられなかった。それともわざとそういうキャスティングにしたのだろうか??
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ジェノサイド

2014年05月27日 | 本の感想
ジェノサイド(高野和明 角川文庫)

アフリカの奥地のピグミーの村で、人類の知性レベルをはるかに超えた新人類の出現を察知したアメリカ大統領は、その抹殺を計画して傭兵部隊を派遣する。
傭兵部隊の長、イェーガーは現地の任務終了後は自分たちも始末されることを知り、さらに新人類を助けることで難病に苦しむ息子を救えることがわかり、新人類を救出することにする・・・という話。
(脇筋(というにはかなりのボリュームだが)でイェーガーの息子の難病を日本の学生が(新人類のヘルプで)創薬するというストーリーもあるが、主筋との絡みがイマイチだった)

各種ランキングで上位を占めただけあって、ページターナー的な作品で、特にアフリカからの脱出行はとても楽しく読めた。
しかし、メインなストーリーとはあんまり関係なさそうな時事・歴史解説みたいな部分も多くて、そのあたりはかなりステレオタイプな見方がされていることもあって退屈だった。
(「こんな書き方したら炎上ものだよな~」と誰でも思うような内容もあるので、作者の確信犯なのだとは思うが)

最終盤で、新人類はアメリカのインフラシステムへ侵入してそれを狂わせることでアメリカ側を脅迫するのだけど、
「そんなことが出来るのなら、最初からそうすればいいのに・・・」と思ってしまった。

この例のように、物語の中で新人類は目的のために手段を選ばない。傭兵部隊を自分に都合のよい人物で編制するために他の候補者をテロリストに殺させたり、イェーガーたちを追いかけるゲリラや兵士たちもいとも簡単に殺させる。

人類存続の脅威として抹殺を計画したアメリカ大統領は、実は正しかったのでは・・?なんてね。
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