蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ファクトフルネス

2020年01月28日 | 本の感想
ファクトフルネス(ハンス・ロスリング 日経BP)

著者はスウェーデン出身の医師で、公衆衛生学を修めてアフリカで伝染病の治療や予防に長年従事した。そうした経験から先進国以外の地域でも生活や公衆衛生のレベルは着実にあがってきているのに、そうした情報が共有されていないことを指摘し、その原因と対策について述べた本。

著者が提示するクイズ(世界は思ったより悪くなっていない、といった内容)は、プレーンに答えたとすれば確かに多くの人が誤答しそうな内容だった。
まこと、人を動かすのは事実ではなく印象である。
まあ、貧困国とみなされている国自身やそうした国を支援しようとしている人は「この国の状況は着実に改善されています」なんて(ホントはそれを知っていても)言わなさそうで、そうした国や組織に属する人にとってはけっこうトンデモな内容なのかもしれない。

福島原発事故による影響はそれほど深刻ではない、とか
急激に経済や生活レベルが発展した国は独裁国が多い、とか
他にも物議をかもしそうな内容も多いのだけど、ベストセラーといえるような売れ行きらしいので、どの国でも案外抵抗なく受け入れられているようだ。
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青白く輝く月を見たか?

2020年01月27日 | 本の感想
青白く輝く月を見たか?(森博嗣 講談社文庫タイガ)

Wシリーズ第6弾。
北極の深海に係留された潜水艦に搭載されていた人工知能:オーロラ。
数十年も深海に沈められたままだが、オーロラは稼働していた。
潜水艦には核ミサイルが搭載されており、オーロラが障害をおこしたりすれば、人類の脅威となることが予想された。
ハギリは、オーロラとの対話を依頼されてウグイと北極に向かうが・・・という話。

トランスファ(電子生命体?)という魅力的なキャラ?が登場した第4作「デボラ、眠っているのか?」や、重めの哲学的テーマを考察した第5作「私たちは生きているのか?」に比べると、結末が平凡すぎるし、シリーズの進展も感じられなくて物足りなかった。

科学者ハギリとボディガードのウグイのかみ合わない会話が、本作のウリの一つだと思うが、本作のラストでウグイがボディガードの任を離れることが示唆されていて残念。
ただ、きっと、結局はウグイが戻ってくるという筋になるはず?で、そういう意味ではシリーズのうまい繋ぎになるのかもしれない。
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ある一生

2020年01月27日 | 本の感想
ある一生(ローベルト・ゼーターラー 新潮社)

エッガーは両親と死に別れ、農場主の伯父の下で暮らすが、体罰を受けたりして足が少し不自由になる。
成長し、山奥の一軒家を手に入れて暮らすうち、行きつけの食堂で働いていたマリーと知り合い、結婚して幸せを掴むが雪崩でマリーは死んでしまう。
やがて徴兵されて東部戦線に送られるが、そこで捕虜になってしまい・・・という話。

旧軍時代、貧しい農家の三男坊とかが徴兵されて軍隊に入ると、三度三度欠かさず食事ができ、清潔な衣服が支給され、手足を伸ばせる寝床を見て、厳しい訓練や古参兵のしごきなども苦にせず、軍隊は天国のようだと感激したという。そういうハングリーな?男たちが精強な日本軍を底辺で支えていたのだろう。

同じような話をもう一つ。
ロシアの田舎の農民出身のソ連軍兵士は、人間離れした粘り強さで寒さや飢えに耐え抜いて自分の持ち場を守り抜き、(相対的に)都会育ちといえるドイツ兵は脅威を感じたという。例えが悪いが、殺害してもすぐに生き返るゾンビを相手にしているような気分だったらしい。

本作とあまり関係ない話なのだが、エッガーってそういう類の人だったのかなあ、と思った。

相次ぐ不幸やひどい巡り合わせにあっても、エッガーはそうした人生を嘆いたり、後悔したりせず、山間の美しい風景や自然に慰められて淡々と人生を送る。
本作はドイツ他で何十万部も売れたベストセラーだそうで、こうした、シンプルだけどレジリアンスな?生き方にあこがれる人が多いようだ。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
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続横道世之介

2020年01月25日 | 本の感想
続横道世之介(吉田修一 中央公論新社)

吉田修一さんというと、現時点で日本を代表する小説家の一人といえると思うが、なぜだか私は縁遠くて、「横道世之介」しか読んだことがない。それも映画の「横道世之介」がたいそうよかったので原作を読んでみたというのが経緯だ。

ところが、最近たまたま吉田さんの作品の「国宝」を読んだのだけれど、歌舞伎界の裏話という地味な素材なのに恐ろしく面白かったので、他の作品も読んでみよう、ということで続編を読んでみた。

前作はバブル時代の大学生のなんでもない日常を描いたもので、私もそれに近い時代に学生だったのでとても共感できたのだが、本作は、世之介が大学卒業後も就職できず(そのことは前作でも暗示されてはいた)プータローとして過ごす一年を描いている。私はそういう経験はないのだけれど、前作と同じように世之介と一緒に居酒屋で飲んで話を聞いているような気分になれた。そしてやはり前作と同様、世之介のカノジョ(本作では桜子)がとてもとてもチャーミングなのだった。

こんなつまらない(失礼)材料や背景で、これだけ面白い小説が書けるというのは、やはり、著者の力量は並々ならぬものがあるのだろう。
「国宝」の次は「怒り」か「悪人」を読んでみようかな。(蛇足だが、こうして代表作を並べてみると、タイトルがイマイチかなあ)
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黄金列車

2020年01月18日 | 本の感想
黄金列車(佐藤亜紀 角川書店)

第二次世界大戦末期、ソ連軍が国境に迫ってきてハンガリー政府はユダヤ人から没収した資産を列車でスイス国境まで退避させようとする。その任を命じられた国家公務員たちの苦闘を描く。

没収資産を移動させた「黄金列車」の存在は実話だそうで、歴史の結果を知る者からすると、なんとも無駄なあがきをしたものだなあ、という感想しか抱けない。
そんな過酷な状況にあっても(出所が怪しい、というかアブない)国家資産をなんとか守ろうとする公務員の姿が描かれる。
彼らの最大の敵は国家資産をくすねようとする上司なのだが、そういう場面にあっても領収証を取ろうとするなど、公務としての整合性を保とうと努力するところが妙にいとおしい。

公務員の一人で主人公のバログとその妻や友人のユダヤ人:ヴァイスラーの家族との交流場面がカットバックされる。
こちらの部分の方を本筋にした方がよかったかも、と思えるほど感動的だった。
特に、ヴァイスラーの息子:エルヴィンが切手収集の話をする場面(分量としては数ページにすぎない)がいい。エルヴィンと切手収集を通じて交流していた人が貴重なコレクションの切手を無償でエルヴィンへ送ってきたのはなぜなのか?という謎解きが泣かせた。
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